第六十四話②

「────待ってくれないか」


 話を終わらせ立ち去ろうとするマギアをテリオスが引き止める。


「前もそうだった。母さんは一方的にやめろと言うだけで、その理由を決して教えてくれなかった」

「……言う必要もないからだが」

「そんな事はないさ。言葉は案外、口にしないと伝わらないんだ」


 英雄を模倣した笑顔──ではなくて。

 テリオス・マグナスとして、話を続けた。


は、母さんに泣いて欲しくない」


 知っている。

 自分のために英雄に成ろうとしているのだと、マギアは理解している。

 だからこそ止めたかった。自分なんかのために人生を使わず、テリオスはテリオスの人生を歩んで欲しかったから。


「『英雄』。彼こそが、母さんを泣かせる人であり、母さんを喜ばせられる唯一の人だ」


 そう見られている事自体恥ずべきことで、隠すべき事。

 大人として、子を育てる親として、あまりにも愚かなことをした。


「だから俺は、どうしても諦められなかった」


 違う。

 諦めろ。

 お前はお前のままでいい。順調に大きくなって、幸せな家庭を築いてくれれば良かった。魔法なんてモノに手を出す必要もなくて、こんなに苦しい永遠を味合わなくてもいいのだと。


「どれだけ否定されても、どれだけ無駄な行為だと言われても────それで母さんが喜ぶなら……」

「喜ぶわけがあるか!!」


 エミーリアに揶揄される程度には言葉足らずだったと自覚のあるマギアは、声を荒げて遮った。


 これを言ってしまったらどうなるのだろうか。

 下手なこと言って将来に影響を与えたくない、子供には人生を好きに謳歌してほしい。だから出来る限り不干渉を貫いて過ごしてきたが、ついにそれではやり過ごせない段階まで来てしまった。


 口にする恐怖を抑え込んで、感じたこともない動悸が喧しいと思考の中で文句を言いながら、叫んだ。 


「…………子供に、気遣われて。人生を賭ける理由が、儂が泣くからと言われて。嬉しい訳が、ないだろう!」


 そんな事考える必要はないのに。

 親の事なんか考えなくていい。自分の人生なんだから、自分が生きたいように生きるべきだ。人生を賭けて他人に成り代わろうなんて──それこそまるで、かつての英雄・・・・・・のようで。


 無惨に最期を迎えた、彼の後を追いかけているように見えた。


「お前は英雄にはなれん」


 これまでの努力の否定。

 なんでも覚えるからと調子に乗って教え続けた自分が招いた最悪の言葉。


 それでも、言わなければいけないと悟って──言葉を続けた。


「お前は、アルスにはなれん。

 お前は、お前だ。テリオス・マグナスという一人の人間だ!」


 言ってしまった。

 血が繋がっていないとはいえ、大事に育てた息子の人生を、否定してしまった。

 それがどれだけ重たいのか、わからないマギアではない。百年の間に人生経験をそれなりに積んだ彼女は人の痛みを知った。


 言葉に掛かる責任というものをわかっている。


「無駄な気を遣うな! お前はお前らしく生きていればいい! 他の目など気にするな、儂のことなど気にするな! 親は親、子は子だ!」


 嫌われないように気を付ける事なんて、初めてだった。

 大戦時代に出会った者達は自身の人格を知っているが故に器の広い人間か、始めから己の性格に期待などしていない実力主義者のみであったから。誰かに気を遣う事も無く、誰かに嫌われたくない等と思う事なんて、初めてだった。


「お前は────……好きな様に生きてくれれば、儂はそれで……」


 言葉は、続かなかった。

 流石にこれだけ騒いだ影響で目を覚ましたロアは、なんとなく自分が出てきていい場面ではないような気がして、都合がいいと二度寝した。


「…………それが、母さんの本音?」


 テリオスは静かに呟いた。

 落ち着いた冷静な声で、焦りや動揺は見られない。

 そう言われることは予想していたと言わんばかりの自信すら感じられるような声色だった。


「……やっと、言ってくれたね」


 今更無責任だ、と罵られると思っていたマギアは思わず顔を上げた。


「正直、そんな所じゃないかとは思ってたんだ。『もう、魔法を覚えるのをやめろ』────いくら何でも遠回しすぎるんじゃないかってさ」

「ぐ…………」

「しかも俺の事なんて見向きもしないでロア・・の事を英雄なんて名付けるし。酷い当てつけだって、正直泣きたかったよ」

「ぐぎっ…………」


 文句を言う口とは裏腹にテリオスは苦笑を浮かべているのだが、マギアは顔を逸らしているのでそれを見ることができない。

 自分でも思ってるような事をぐさぐさ言われ続けているので自責の念が押し寄せて来た。


「…………長かったなぁ」


 ふぅ、と一息吐いて。

 憑き物が落ちたように、晴れた笑顔を浮かべながら言った。


「もっと早く、聞きたかったな……」


 自分が考えているより、ずっと自分の事を想ってくれていて。

 自分が英雄の代わりになる必要なんて最初から無かったのだと、歩んで来た道が間違っていたという事を再認識して、テリオスは目を瞑る。


 わかっていた。

 ロア・メグナカルトが現れた時点でわかっていたんだ。


 が英雄になろうとどれだけ尽力しても振り向いてくれなかったのは、俺に諦めさせたかったからで。


 母さんが見てくれなかったんじゃない。

 僕が、俺が、思い込みで突っ走っていただけなんだ。わかっていた筈なのに、自分の努力が無駄だったと認めたくないから──正面から見ている振りをしていた。

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