第六十二話②

 空からゆっくりと降りてきたテリオスさんは、少しバツの悪い表情をしたのちに、小さく口を開く。


「…………対峙することで、実感することがある」


 どうやら俺の疲労を利用するつもりはないらしい。

 呼吸を整え冷静になれるからそれはそれで有難いが、温情か? 


「君はどうしようもないくらいに普通だ。ああいや、違う。普通ってのはそういう意味じゃなくて、『肉体的に平凡』なんだ」

「そりゃあそうですよ。魔力はカス程しか存在しないから身体強化も使えないし、空を飛ぶ相手に対抗できる飛び道具は殆どない。俺に残されたのは肉体と与えてくれた祝福これだけだ」

「そう、その通りだ。そして君は、そのハンデを背負いながらも格上と言われる相手に勝利を収めてきた」


 初戦のヴォルフガング。

 アイツは学年次席で超がつくほどに優秀で、本来ならば俺が逆立ちしたって勝てない相手だった。相手の経験の薄さと戦いを楽しむという点を利用して拾い上げた勝利で、俺は完全初見での戦闘だったから優位に立てた。


 次はルーチェ。

 互いに手の内がそれなりに割れた状態ではあったが、インファイトがメイン距離なのが幸いした。手数では押し負けるもののそこばっかりは俺の経験が上を行って、ルーチェもまた、俺相手に正面から攻撃することを選択したから勝てた。


 アイリスさんもソフィアさんも、これまで戦ってきた全員が『正面から戦ってくれなかったら』勝つことはなかった。


「勝利への執着、とでも言えばいいのか…………君からは尋常じゃない意地を感じるんだ」

意地汚くて・・・・・申し訳ない」

「褒めてるのさ。僕も勝ちを望んできたが、それは勝利が前提にあるが故だ」


 あー…………


「勝って当然、みたいな?」

「……恥ずかしい話だけどね」


 頬を掻きながら少しだけ頬を赤に染め、テリオスさんは恥じらいながら笑った。


 男の照れ顔とか誰が得するんだよ。

 魔祖は得してるかもしれないな。テリオスさんが胸の内に抱いてた感情を聞かされた反応が気になるぜ。


 俺の予想だと、魔祖は想像以上に愛を持って接してる筈だ。


「僕はあの・・魔祖の息子だ。血は繋がっていないけれど、魔導の開祖とすら謳われる生ける伝説に育てられた。真実が違っていたとしても、世間はこう見るだろう。『魔祖様の息子なんだから、魔法技能に長けている』ってね」


 否定はできない。

 如何に色眼鏡を通さないように見たとしても、絶対に先入観に囚われないようにするのは不可能に等しい。


 ヴォルフガングも、ルーチェも、テオドールさんだってそうだ。

 生まれた瞬間に立場を手に入れてしまった人々は、生涯その先入観に囚われて生きていく。

 自分自身が気にしないように努めても周囲は気にするし、周囲が気にしなくても自分は気にする。レッテルや評価というのはそういうものだ。


「多分、僕の思いはここから生まれた。勘違い、いや、思い込みと言った方が正しいだろうね」

「そうでならなければならないって?」

「その通り。『偉大なる母親に育てられたのだから、相応にならなければいけない』」


 目を細めて、何かを思い返しながら言葉を続ける。


「…………僕のスタート地点は、きっとここだ」


 …………どちらにとっても、辛い話だ。


 以前聞いた通り、僅かな擦れ違いからテリオスさんはここまで来た。


 来てしまった。

 魔祖が望まない、英雄などという者に固執しながら──テリオスさんは登り詰めたのだ。


「悔いはないよ。嫉妬や羨望こそあっても、そこに後悔はない。僕は僕の歩んできた道を、絶対に否定したくない」

「同意したいところですが、俺は後悔ばかりです。あの時師匠に少しでも弱音を吐いていればここまで苦しまなくて済んだんじゃないかって、夢にまで見る程だ」

「でも否定はしないだろ?」

「そりゃまあ」


 否定なんてしてたまるか。

 俺の苦しみや嘆きは偽物じゃない。

 本当に辛くて苦しくて涙を流して血反吐を吐きながら、前に歩き続けた憎い努力の日々は嘘じゃないからな。


 それをわかっているから、誰しもが後悔を抱きながらも自分を否定しない。


「俺は常に口にしている。感謝も文句も垂れ流し、周囲の人間に勘違いなどさせないように努力を続けているんだ。なのにどいつもこいつも余計な口を挟んで変な感情を向けてくるから、俺としてはそれに応えてやろうと奮起しているに過ぎない」

「………僕はさ。君の、そういう所も羨ましいんだ」

「プライドがないだけです。プライドなんざとっくの昔に捨ててきたからな」


 ステルラに蹂躙されたあの瞬間から、俺は根本から折れてしまっている。

 折れた場所をとにかく無理やり繋ぎ直しているに過ぎない。


「人の言葉に嘘はない。意図的に嘘を吐こうとしているため犯罪者や無関係な人はともかく、自身に親しい人の言葉には耳を傾けておくほうが得だ」


 師匠は言葉とは裏腹に面倒な感情を抱えている。

 初めの頃のかつての英雄を見る目がすぐに自己嫌悪に変わる瞬間とかな。

 言葉だけならいくらでも嘘をつけるが話している時の仕草や目線は嘘をつかないものだ。それが善人であればあるほどに。


「イ〜イじゃないですか。擦れ違いが悪い方向に進んだのならともかく、テリオスさんの選択肢は間違いばかりだったとは言えないと思いますよ」

「……そうかな」

「ええ。前にも言いましたが……」


 公衆の面前で言うのはあまり好ましくないが、まあいいだろう。

 騒がしくなったらその時はその時。未来の俺がどうにかしてくれるといつも通り放り投げて、以前言葉に込める事すらなかった言葉を吐き出す。


「俺はその領域に至れない。人を超えることが出来ない。先の戦いで一歩先に行ったステルラを、生涯追いかけ追いついたとしても────必ず、置いていくことになる」


 自覚してない奴がいるのなら自覚させてやる。

 魔祖十二使徒は百年以上生きている。人間の寿命はせいぜい八十歳くらいが長生きと言える領域で、しかも若かりし姿を保ったまま生きていくことなど普通は不可能なのだ。


 それを成しているのは、この大地に生まれた人類の中でも一握り。

 文字通り両手で数える程度、と表記するのが正しいだろう。


「だから、俺は貴方が羨ましい。別れそのものと訣別できた貴方達が、どうしようもないくらいに……!」


 死にたくない。

 死にたくないに決まってる。


 アンタは俺に嫉妬していて、それが愚かだって蔑んでいるだろ。


 俺だって同じだ。


 俺は永遠が欲しい。

 師匠ともステルラともルーチェともアイリスさんとも、俺を産んで育ててくれた両親とも、俺に関わる全ての人と、死って形で迎える訣別なんざゴメンだね。


 だが、俺に永遠は訪れない。

 英雄から借りたメッキを貼り付けた俺じゃあ、本当の黄金永遠には届かないんだ。


 なぜなら、魔力に嫌われているから。

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