第六十二話③

「俺の勝利への意志について、言いましたね」


 勝ちへの執念。

 死んでも勝ってやるという、俺の中での一番の歪み。

 色々詰め込まれすぎて狂った俺の中で、絶対的な芯として君臨するくせに歪みきっているこの渇望。


「勝ちへの渇望が途切れることはない。

 勝ち続けることで俺の生涯が保証される。

 勝ち続けなければ俺の人生は証明されない。

 勝って、勝って勝って勝って勝ち上がって上り詰めた頂に────俺の望みがある」


 だから勝つ。

 俺は負けず嫌いだからな。

 そしてまた、勝てる戦いしか挑まない・・・・・・・・・・・


 俺は最初から最期まで、負けることなんざ考えてない! 


「やがて星光に並び立つその刹那に、駆け上がってやるのさ!」


 紫電が全身を駆け巡る。

 今の問答で時間は消費したが、幸い戦闘継続に問題はない。

 脳内麻薬がドパドパ排出されて軽い興奮状態にある。ああ、きっとそうだ。


 足に力を込めて、筋肉の連動だけで骨が軋んでいるのではないかと錯覚するほどに、力を込めて。


 全速力で駆け抜ける。

 紫電と同等────否。

 紫電の速度すら超えた雷速に至り、移動の衝撃で全身が痛む。風圧を受け止めている顔なんか最悪なことになっているが、その痛みを食いしばって耐え抜いた。


「速────」


 俺の耳に入る言葉。

 テリオスさんが言葉を発するより先に一手差し込んだ。


 恐らく身体強化をしていても、紫の残光しか見えなかっただろう。


 テリオスさんが見えてないのだから、当然俺も見えてない。

 俺にとっては慣れ親しんだ世界だ。敵の姿が見えないのなんて当たり前で、それをどうにかこうにか補うために培った経験がある。


 勘を頼りに、光芒一閃を振り抜いた。


 僅かに接触した抵抗感とスムーズに刃を通した感覚。

 本当にごく僅かな間であったが手に感じたそれを、信じる。


「────まだだ!」


 これじゃ足りない。

 こんなんじゃ、足りてないんだ。


 一太刀通した程度じゃ到底敵いやしない。

 全身に刃を通し魔力を消耗させ、極限まで削り切らねば座する者ヴァーテクスという上位者に勝ち目はない。


 足に力を込めて無理やり軌道を修正する。 

 紫電の生み出した勢いが止まるはずもなく、俺の体は急激な負荷に襲われるだろう。三半規管がぐちゃぐちゃに歪み、視界も音も何もかもが混ざり合った吐き気のする世界。


 喉元までこみ上げて来た液体を飲み込んで、歯が砕ける程に噛み締めて、足の損傷など気にも止めずに駆け出す。


「本当に、無茶をするッ!!」


 身を犠牲に捧げてでも追撃を放ったのに、テリオスさんは正面から受け止めた。


 勘弁してくれよ本当になぁ〜〜! 

 方向変えるのにすらダメージ負ってんのに簡単に適応するなよ! 俺は文字通り身を削って肉を削ぎ骨が折れてでも突き進んでるのに、そっちだけデメリットなさすぎだろ! 


 いい加減にしろよ、本当に────!! 


 左、右、右斜めから振り下ろす袈裟斬りに急所を狙う斬撃ではなく細かく傷を入れて魔力をロスらせるために剣を振る。

 その全てを対等に受け止め、テリオスさんは俺に反撃を繰り出してくる。


「剣も魔法も何もかも────ふざけんなよ、この超人!」

「君みたいな化け物に言われたくないな!」

「俺はこれしか無かっただけだ、なんでも出来るアンタと一緒にすんな!」


 ギラギラ目を輝かせながら鍔迫り合う。

 身体強化を施しているだろうが、接近戦で同じ剣使いならばまだ俺に分がある──と、言いたいところだが。


 生憎この超人はなんでも出来るらしい。

 僅かに勝る程度の剣技では、魔法と剣技の重ねがけには届かない。


 ニィ、と笑みを深めて。

 テリオスさんは銘を口にする。


模倣・剣乱卑陋ミセス・スパーダ!!」


 ────冗談だろ? 

 解き放たれた斬撃は弧を描き、僅かなズレを伴って同時に襲いかかってくる。


 冷静に考えれば、わかることだ。

 テリオスさんは俺より早く、俺よりずっと順位戦に力を入れている。 

 挑戦を受け続け、強者と戦い続け、向上心を忘れずに励み続けた超人。当然のことながら、アイリスさんと戦ったのも一度や二度ではない。


 迫りくる死の予感を目前にしながら、まだバレてない前提で切り札を切る。


 祝福として右腕に刻まれた紋章が光輝き熱を齎して、俺の腕に魔法を付与する。

 これで戦闘時間が短くなった。

 だが、こうする他なかった。


全属性複合魔法カタストロフが使えて、他人の剣技が使えない道理がないだろ!?」

「全くだ、涙が出るくらいに正しいよ!」


 右腕に身体強化と紫電によるブーストが付与される。

 これまで俺が解き放ってきた全ての攻撃を上回り、師匠にだって見せたことのない重ね技を土壇場で披露する。


「でもなぁ!」


 これは、かつての英雄の再現。

 紫電靡かせたかつての英雄、その光の剣技を俺は知っている。魔祖十二使徒しか知らないような奇跡を俺はいま、体現した。


他人の模倣で・・・・・・、俺が負けるわけないだろうがッッ!!」


 アイリスさんの剣を打ち破り、テリオスさんの剣を貫いて、座する者ヴァーテクスとして覚醒した怪物に袈裟斬りを浴びせる。 


 アイリスさんの剣を模倣したことに憤っているわけじゃない。

 他人の剣に頼ったテリオスさんに憤っているわけでもない。


 じゃあ俺は何に憤って吠えたのか。


 そんなの決まってる。


 英雄の模倣で塗り固めた俺が・・・・・・・・・・・・・、模倣に人生を捧げた俺が────負けるわけないだろう! 


「星縋、閃光────!」


 いまだ倒れないその身に対し、トドメの一撃を放った。

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