第六十二話①

 大技同士の衝突によって生まれた衝撃と風が全身を打ち付ける。

 身体強化も何もない、ただの生身でただ速く動いているだけの俺にとっては余波すら無視できるものではない。


 あ゛〜〜〜、痛えよ痛えよ響いてるよ骨にさぁ! 


 烈風を耐えるために跪くような形を取っているが、依然として構えは解いていない。


 別に霞構えじゃなくても使えないことはない。

 でも、俺はどうしてもこれを使いたい。真っ直ぐ正面に構えるのでもなく、上段に構えるのでもなく、下段に構えるのでもなく。


 どこまでも一点を目指すような、この構えこそが──俺に一番合ってると思うから。


 大地を踏みしめ力一杯に蹴り上げて、空に躍り出る。

 風を掻き分け目を細め、ぶつかり合った魔力の剣跡にて魔力を高め続けるテリオスさんに対して突撃する。


 アイリスさんの時に初めて試合で使用し、ソフィアさんの時に多少の柔軟性は見せたものの師匠に授かった紫電迅雷を完全にコントロール出来ている訳じゃない。


 寧ろ振り回されていると言った方がいい。

 機嫌を損ねないように自分の身体を痛めつけながら無理矢理使わせてもらってるだけだ。


 だから、余計な遠回りはできない。


 振りかざした光芒一閃がテリオスさんの掲げる月光剣と衝突する。

 魔力で足場を形成しているわけでもないのに浮遊を容易に行っているあたり、本当に優れた才を持ち磨いてきた怪物だということを実感する。


 ステルラですら、至る前は魔力による足場形成に頼っていたのに。


 顔を見合わせるような距離感で鍔迫り合い、挑発的で闘志をむき出しにするテリオスさんと一言交わす。


「空中じゃ踏ん張りが効かないんじゃないかな?」

「そうでもない。俺はオールマイティな男だからな」


 一度大きく押し込み剣を引かせてから、テリオスさんのを足場に魔力障壁に高速で移動する。


 着地の衝撃で脚がめっちゃ痛くなったけどこの際構わない。

 痛みで嘆きたくなる心に蓋をして、空中で静止して待ち受けるテリオスさんに対し再度突撃をする。


 現状ヒットアンドアウェイ、当てて移動してを繰り返す他に手札がない。


 恐らくまだ読み合いの段階。

 俺の剣筋を直接対峙しても追い詰められない盤面に移動し、対策を立てられずとも癖を少なからず把握した上で本格的な戦闘に移る。


 合理的だ。

 俺は勝負を急がなければいけないから攻める以外に手段がなく、向こうは最悪時間稼ぎで構わない。

 嫌になる程合理的で効率的で現実的。なんで俺のような一芸しか務まらない二流にそこまでガチガチにやってしまうのか、テリオスさんの方が圧倒的に上位者なのを忘れたのか? 


 言い訳と愚痴を繰り返す思考とは裏腹に戦闘は移り行く。

 障壁をリングロープのように扱っていた俺だが、着地して再度突撃を行おうとした時にテリオスさんの姿が見えないことに気がついた。


 まずい。

 全く追えてないのがまずい。


 一撃喰らえばアウト、この状況で警戒するべきは──死角からの攻撃。


 障壁を足場に、掴んでいるわけでもないから当然滑り落ちるのだが、その前に上へと剣を振る。


「────流石だ!」

「速すぎだろうが……!」


 俺の勘通り、テリオスさんは俺の上から障壁を駆け堕ちるように落下攻撃を仕掛けてきた。

 こんな不安定な場所じゃあ受け止めきれない。受け流すにも身体が変な方向へ回転してしまうし、かなり状況は苦しいが────この程度ならば! 


 上段から振り下ろされた一撃を受け止めて、テリオスさんの剣を伝ってエネルギーを返す。

 無論全部完璧にとはいかないが、俺が最低限の形を整えるために身体を空中で操作するくらいなら支障ない。やや驚いた表情をしたのちに、更に口を食いしばって粒子を零れ落としながら追撃を仕掛けてくる。


 自由落下という形を取るのが俺。

 空中で加速しながら落ちれるのがテリオスさん。


 どちらが速く、強力なのかは明白だ。


「これは受け切れるかい!?」


 剣が鈍く光り輝き、俺が最初に放った軌跡と似たような剣筋を描きながら魔力刃を飛ばしてくる。


 属性を纏った攻撃じゃないだけマシだ。

 怨嗟を心で告げながら、光芒一閃を二刀流に分離させて対応する。

 ルーチェとの戦い以来使わなかったがこの状況なら活かせる。相手は威力を重視せず、こちらもまた、攻撃を捌くことだけできればイイからだ。


 一撃、二撃三撃と繰り出される魔力刃を両手で捌きながら背面へと気を配る。


 俺たちがいた場所はそれなりに高いが坩堝の会場を飛び出るほどではない。

 落ちる時にテリオスさんに勢いを投げ渡したとはいえ、自由落下の速度は計算できん。そこまで戦闘中に頭を回せるならば俺はこんなに苦労してないさ。


 だから、俺が頼るのは勘。


 山暮らしで師匠に投げ飛ばされ、大きく弧を描きながら地面に墜落した際の経験だけだ。


「────こなくそっ!!」


 未だ迫りくる追撃を致命傷にならない程度に受け止める覚悟をして、二刀流を一刀流に戻し地面へと向き合う。


 俺が考えるよりずっと地面に近く、既に手遅れとすら思える距離。

 絶対的に訪れる死の警笛が脳に鳴り響くのを無視して、左肩を犠牲にすることを選択した。


 着地後に転がって衝撃を逸らす。


 地面が近づく。

 テリオスさんから放たれた追撃によって僅かに勢いを増してしまった俺の落下速度は速く、断頭台に首を並べた囚人の気持ちが僅かにわかった。


 死ぬ。

 少しでも間違えたら死ぬ。


 心臓が高鳴る。

 動悸が激しくなる。

 荒くなりそうな呼吸を、唾を飲み込むことで抑制して思考を回す。


 肩から激突する。

 衝撃が響くが、まだなんとかなる。

 鈍い骨がぶつかる音が聞こえてくるが、それを聴かないように意識を逸らした。


 そのまま身体を丸めて回転するように動く。足を伸ばしてはダメだ。足も丸めて、球体同然にならなくては行けない。


 転がることでいつかは止まる。

 それまでのダメージをとにかく抜く。


 背中が大地と接触する。

 頭部を守るために光芒一閃を手放して、後頭部を抱く。


 二度、三度回転したのちに両手を地面について飛び跳ねる。

 勢いは問題なく殺せた。不恰好なことこの上ないが仕方ない、俺には恵まれた身体能力は存在しないのだから。


 僅かに視界が回っているが、これもそのうち治る。

 死を目前にして沸いた脳内物質の影響もあるが、身体に痛みはない。

 細部を動かすのに不快感も存在しないし、なんとかなったと言えるだろう。

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