第五十七話②

 …………どうしよう。

 戦う順番が入れ替わったのは仕方ない。戦闘に対する気持ちが整っていなかった訳じゃないし寧ろ早めに戦えるのはいいけど、緊張する。


 数日休んで全て修行に当てたとはいえ、当然のことながら座する者ヴァーテクスに至る筈もなく。

 ただのステルラ・エールライトとしてこの戦いに臨むことになった。


 負けたらどうしよう。

 ロアは私のことを、どうするのかな。

 慰めてくれるだろうか。それとも叱責するだろうか。失望、されるよね。


 無関心かもしれない。

 別に私は強くない、なんて思われて見捨てられるかな。勝ってこその私なのに、負けたら意味ないし。勝たなきゃいけないのに、なんとしてでも、勝ちを願わなきゃいけないのに。


 自分を守る為に言い訳と後悔ばかり重ねている。


 ロアはそんな酷い人じゃ無い。

 そうわかっていても、私の弱い心は悪い方向ばかり考えてしまう。


『俺はステルラの全てを肯定する。これまで通りじゃなくたって、ステルラはステルラだ』。


 そう言ってくれたロアを、大好きな男の子を、私は信じきれない。


 言葉の裏に意味があるのか。

 その意味を私は理解できているのか。

 他人の事を思いやるという誰でも出来る優しさを持たずに成長してしまった私は、何が正しいのかがわからない。


「…………だめだな、私」


 もうすぐ戦いが始まると言うのにこの体たらく。


 ロアは私のことを強くて凄い奴って言ってくれた。

 でも、本当はそんなことないんだ。コミュニケーションが下手くそで、緊張に弱くて、ネガティブ思考に偏っちゃうような女。ルーチェちゃんみたいに何度でも立ち上がれる強さはないし、ルーナさんのようにどこまでも上に走り続けられるわけでもない。


 たまたまロアの幼馴染みで、たまたまロアに出会えただけで…………大した人間じゃない。


「自己嫌悪か? エールライト」


 その声に引き戻されるように俯いていた顔を上げると、対戦相手であるテオドールさんが佇んでいた。

 これまでの戦いでも使用していた剣を腰に下げ、自信に満ち溢れた勝気のある表情。


「そんな顔をするな。折角こんないい舞台での戦いなのに、辛気臭くて敵わん」

「……すみません」

「…………重症だな」


 これから戦う人に咎められて、ため息まで吐かれてる。


「戦うのが怖いか?」


 全てを見通すような問いかけ。

 どうしてそんなに核心を突くような答えをさらりと出せるんだろう。

 訓練すれば、練習すればわかるようになるのかな。人の考えてることが、わかるように……なるのかな。


 そんな風に考え込む私に対して、口元を軽く歪めて笑みを浮かべた。


「戦うことに恐怖する人間には、いくつかの種類がある」


 戦う気配はなく、まるで教鞭を振るうようにテオドールさんが語り始める。

 動揺させるための作戦かもしれないけど、どうしてか私は耳を傾けた。自分でも追いきれない心を、紐解くヒントになるかもしれないと。


「一つは、傷つけ合うことに恐怖を抱いている者。命を奪い合う野蛮な行動を忌避し、血を見るのも嫌いだ、と言う人種」


 頷いて同意する。

 子供の頃、師匠のもとに本格的に弟子入りする切っ掛けとなった事件。

 封印されていた筈の石がひび割れて中から怪物が現れた時のことだ。私は反応なんて出来ずに、何が起きたのかの把握も遅かった。ロアに助けられて、目の前で吹き飛んでいくロアを眺めることしかできなかった。


 二度と、そんな風にならないためにと。

 最初はそんな想いだった筈だ。


「もう一つは、戦いの結果を恐れる者。勝つことで起きる影響、負けることで起きる影響を考える──要するに、リスクを考慮する者だ」


 今の私は、まさにそうだ。

 自分が戦える力を身につけることで、ロアを傷つかせない。私よりも弱いロアを守る、なんて傲慢な考えを持っていた頃に比べて今の私は────弱い。


「お前は天才だ。

 才能がある。

 魔祖十二使徒第二席という偉大な人物の下で学び、これまでに当たった壁など数えるほどもないだろう。ゆえに、超えられない壁を目前にし足を止めている」


 全くもってその通りだ。

 魔法や戦闘、勉強に関する才能だけはあったから困ることはなかった。

 だから駄目だったのだろうか。過程を理解するのが浅くて悩むことがなく、一度は経験するような苦しみを味合わなかったから? 


「あと一つ。きっとエールライトは、一つ自覚するだけでいい」


 …………自覚、するだけ。

 これから戦う相手、いうなれば敵の言葉だというのに──すとんと、胸の内に言葉が落ちる。


「…………どうして、ですか?」


 言葉が足りない。

 聞きたいことはたくさんある。

 なんでそこまで人のことを考えられるの、とか。

 私の何を知っているの、とか。

 自覚するって何を、とか。


 それら全ての意味を含ませた疑問を聞いたテオドールさんは、またも薄く笑った。


「そういう奴がいたのさ。勝てない奴に勝ちたいと足掻いて結局届かなかった、哀れな男がな」


 懐かしむ表情で呟く。

 その瞬間、なんとなくわかった。

 きっとテオドールさんもそうだったんだ。立場は違うけど、同じ壁に当たって────私より先に、諦めてしまった人。


「お前は、そうなりたくないだろう」

「…………はいっ!」


 負けない。

 負けたくない。

 ロアと約束したのだから、負けるわけにはいかないから! 


 敵に塩を送ったと言うのに、テオドールさんは楽しそうに笑いながら剣を手に取る。

 滲み出る紅の炎が戦闘開始の合図のように揺らぎ、その身に宿る魔力が増幅していく。


「その意気だ! いいか、エールライト!」


 バチバチと、私の身体から漏れた魔力が紫電となって宙に浮く。

 全身に満ちる魔力を紫電へと変換し、身体強化だけでは辿り着けない速度へ至るために準備をする。


「戦う前に負ける心配などするな! 

 戦いに臨むのは勝つつもりだからだ! 

 誰だって負けるために戦いには挑まない、挑むつもりはない!」


 吠える声に呼応して、魔力障壁に莫大な余波が叩きつけられる。

 魔力で身体を覆った私にすら熱を感じられるのだから、生身で直撃してはひとたまりもないだろう一撃。


「負けてたまるかと言う精神こそが、勝利に導くのだ!」


 剣を掲げ、天まで伸びる炎剣が聳える。

 テオドールさんの大技──ならば、私もそれに対抗する。

 かつて師匠が見せてくれた、雷魔法における最上級魔法を。


 両手に魔力を集め、可視化できるほどまでに高まった魔力を全て紫電へと変換。空高くから堕ちる雷撃ではなく、地を這い空へと駆け抜ける稲妻となれ! 


「────紅炎王剣イグニス・ラ・テオドール!!」


 燃え上がる爆炎が収縮し、熱線と表現しても問題ないほどに高まった剣が振られる。


 鋭く、速く、圧倒的な火力。 

 意気消沈し、へたれた私では避けることを選択しただろう奥義にも似た技に対し──真っ正面から、待ち構える。


「────紫閃しせん


 両手を叩きつけ混ぜ合わせるように紫電を融合。 

 閃光が弾け、不規則なうねりを伴って広がり続けたその稲妻を制御する。これまでに賭けたことのないような魔力量を消費しているため、わずかに眩暈のような感覚がするが──問題ない。


 できる。

 私には、できる。


 私は、私には────魔法の才能だけは、あるから! 


「────震霆しんてい!!」


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