七章 栄光を掲げし者たち
第五十七話①
結局、休みの間にステルラと顔を合わせる事も無く。
数日が経過した後に訪れた準決勝当日────緊張はしてないが、特に安堵もしていない。戦うのに最適な緊張感を維持しているだろう。
魔力も師匠に補充して貰ったし準備万端では、あるのだが……
「────ん。美味いな」
「備え付けの奴ですけどね」
「淹れ方が上手いのさ」
男に褒められてもうれしくない。
言外に表情に出ていたのか、突如俺の控え室に現れたテオドールさんは楽し気な表情で笑っていた。
「なぜ俺の所へ? テリオスさんの場所に行けばいいでしょうに」
「なに、少し用事があってな。お前にも関係がある話だ」
今更なんだろう。
テリオスさんに関する忠告ならば喜んで聞き入れるが、そういうつもりでも無さそうだ。
いやらしい(性的な意味ではない)笑顔をニコリと携えて、優雅に気品に溢れる所作で茶を口に含んだ。
喉を潤し喋るのに十分な水滴を喉に這わせた後に、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「俺の我儘で、先に戦わせてもらう事になった」
「…………はい?」
どういうことだ。
意図を理解できず、思わず疑問形で聞き返してしまった。
別に戦う順番が前後するのは構わない。だが、テオドールさんの我儘という点が納得できない。
俺の戸惑いを理解しているのか、これまた楽しげに喉を鳴らして話す。
「そっちの方が楽しめそうだからな。学生時代最後と言っていいイベント──最上級生を優先してくれても構わんだろう?」
学生を終えた先は終わりなき労働の社会である。
俺が絶対に迎えたくない地獄の日々であり、何としてでもヒモとしてぶら下がって行かなければならない最低ライン。それに正面から向き合っている強さは尊敬するが、俺とテリオスさんの前に戦う事で何か得られるものがあるのだろうか。
「まあな。お前の戦いを先に見てしまえば
「そっちの方が楽しめるんじゃないんですか」
「違うな、メグナカルト」
チッチッチ、なんて音と共に指を振ってわざとらしく肩を竦める。
なんて表現豊かなんだ、惚れ惚れするぜ。
うぜぇ~~~。
「まだ覚醒してない少女をいたぶる最後のチャンスだ」
「その言い方はまあまあ最悪ですね」
それはそうとも言える。
(師匠の入れ知恵ではあるが)勝ちの目を見れるギリギリの領域であり、テオドールさんの実力ならば拮抗していると表現しても差し支えないだろう。
ていうか、テオドールさんはステルラが至れると思っているのか。
「後は背中を押すだけ。それは近しい者でも俺でもなく、きっと彼女自身だ」
「……まあ、同意しますが」
俺も少しは反省した。
ステルラへの絶対的な感情は揺らがないが、過大評価気味だと言外に伝えられたのだから考えもする。自分が間違っている場合他人にマウントを取る時に揚げ足取りされる可能性があるので出来る限り芽を摘んでおきたい。
ステルラは才能が優れているが、精神的な根幹は細く一般的な少女だと言える、と。
「俺がその役目を奪うのも悪くはないな」
「そんな安い女じゃないさ」
「それは承知の上だ。お前たちは間違いなく繋がっている」
嬉しいのか嬉しくないのか、反応に困るコメントばかりだ。
俺を煽ろうとしてるのかそうではないのかすらも判断付かない。もう少し迂遠な言い回しをやめて直球で意志を伝えて欲しい所存であります。
「そう邪険にするな。俺には許嫁が居るんだぞ」
「本命が居ても周りに手を出す前例がおりますゆえ」
「ハッハッハ、それもそうだな!」
なに笑ってんだよ。
こっちは笑い事じゃねぇんだよ。
将来を賭けて一世一代の大勝負に出てんだ。何時だって大博打勝率惨敗劣等上等、本気で挑んでる(ヒモ人生を賭けて)。
「ま、そう深刻に捉えるな。逆に言えば少年少女のボーイ・ミーツ・ガールを手伝ってやろうと言う善意だ」
「有難迷惑って言うんですよね」
「無論その過程で発生する苦しみなんかは仕方のない事だから受け入れてもらう」
クソが。
今すぐコイツを叩きのめしたい気持ちが湧いて来たが、ぐっと堪えて会話を続ける。
多分本心からステルラに対し女性的な魅力は抱いていないが、それはそれとしてその過程で発生する甘酸っぱいナニカを糧にしようとしているのだ。
「周りをかき乱すのは君だけの特権じゃあないって事だ。先達の忠告は聞いておいた方が良いぞ?」
「そもそも俺は何時も振り回されてるんだが……」
「台風の目は君だ。それは否定できんだろう?」
それは……そうなのですが……
何も言えなくなった。
口を閉じて歯軋りするが、その無様な俺を見てテオドールさんは愉快に笑う。
「お前にも弱点があって安心した。どうにもお前はそういう部分を曝け出しているつもりで、肝心な部分は隠し通そうとする節がある」
バレバレなんだが?
鋭すぎるだろこの人、そこまで親睦を深めた訳でもないのにここまで理解されてるとちょっと気持ち悪いかもしれない。
そんな俺の感情が伝わったのか、くつくつと笑いを噛み殺している。
この兄弟は本当によォ〜〜〜!
「ステルラ・エールライトは間違いなく天才だ。だが、その才が際立つが故に────弱みがある」
「だからといって、易々と崩せる奴じゃない。それは俺が保証しますよ」
「期待しているよ」
言いたいことを言い尽くしたのか、気分よさげに部屋を出ていくテオドールさん。
自由奔放な人ではあるが、アルベルト程滅茶苦茶ではない。
今の問答に意味はあったのか、なかったのか。テオドールさんのみぞ知ることだ。
戦う前だと認識していた脳を休ませるために、
僅かに目が冴えたような感覚がして、目元を揉んで解した。
モニターに映る幼馴染みの姿を見て、ここから見るのもなんだと思い足を動かし始めた。
向かう先は観客席。
こればっかりは目の前で見届けないと気が済まない。
勝つにしろ、負けるにしろ────ステルラのことだけは、見逃したくない。
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