幕間③

 全身の魔力を集中させる。

 掌に集まり可視化できるほどに濃くなった魔力が形を成し、蒼白の雷へと変化し、紫電へと移りゆく。


 幾度となく繰り返したこの工程に淀みはなく、師からも満点のお墨付きを得ている。

 かつて目にした雷魔法における最上級魔法──今の私には問題なく放てる難易度であり、切り札とも呼べる一手。


「…………だめだなぁ」


 手に宿った紫電が霧散し、僅かな魔力が身体の内へと戻っていく。

 魔法が使えないわけではないし寧ろ好調と言っていいのに、胸の真ん中に穴が開いたような虚無感と焦りがずっとこびり付いている。


 至れない。

 師匠、ルーナさん、バルトロメウスくん────みんなと同じ領域に、立てない。


 ただそれだけの事実がどうしようもないほどに締め付けてくる。

 ルーチェちゃんのように格闘技術があるわけでもなく、アイリスさんのようにロアと同じ世界を見れているわけでもない。


 私は、どこまで行っても、師匠の下位互換でしかない。


「なんでダメなんだろう」


 テオドールさんは狂気にも似た覚悟が必要、なんて言っていた。

 私にそんな大層な精神がないことも、わかっている。だけど、それ以上に、座する者ヴァーテクスになりたいという感情が強かった。


 ならなきゃいけない。

 私は期待されてるんだから。

 期待してくれているんだから、その想いに応えなきゃ、私に価値がなくなってしまう。


 ロアは何があっても私は私と言ってくれた。


 本当にそうだろうか。

 ルーチェちゃんも出会って間も無い頃は優しく柔らかな態度だったけど、ある日を境に私にだけ態度が変わってしまった。けど、よく考えてみれば、周りもずっと似たような態度で──気がついていなかったのは、私だけだった。


 今もそうじゃないのかと思い悩むことすらある。


「……なんで、ダメなんだろう」


 私のこの想いはダメなのだろうか。

 人の心を思いやるのが下手でどうしようもない私には、そんな資格はないとでも言うのか。


 それは嫌だ。

 私に才能がなければ、ロアは見てくれないかもしれない。

 そんなことはないって頭の片隅で思っている傲慢さが、これまでの私の無意識な悪意の塊のようで、余計に気持ち悪く感じる。


「…………何が、足りないのかなっ……!」


 才能という要素に頼ってきた私にとって、今この状況がとにかく辛かった。


 成りたいのに成れない。

 ロアが常日頃から言っていた重みが、今更になって本当の意味で理解できた。

 だからこそ自分の振る舞いが如何に無情で最低な行為だったのか、ロアがどんな思いを込めて言葉を口にしていたのか、こんなにも辛い現実を直視してもなお私に構ってくれるロアが、どれだけ優しいか。


 自分の惨めさが際立つようで、でもその優しさこそが私は大好きだった。


 こうやって弱音を吐いて自分を守ろうとする自分自身も、醜くて嫌いだ。


「……………………成らなきゃ」


 至らなきゃいけない。

 私は魔祖十二使徒第二席・紫電ヴァイオレットの名を継いでいるのだ。

 休んでいる暇なんてない。失望されたくない。見捨てられたくない。人の心が変わっていくのが怖くて、周りの人からの評価を下げたくない。


 強さこそが私を私足らしめているのに、それが不足するなんてあり得ない。


 泣いている暇もない。

 テオドールさんは強い。

 師匠曰く、今の私が本気で戦ってどうなるか判断できないくらいには。


 負けるなんてことがないように。

 絶対に勝つためには、人を越えなくちゃいけない。


 ロアが期待してくれているのだから、越えて見せる。

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