第五十話

 爆発と閃光。

 白焔と化した恒星に対し、愚直な軌跡を描いて邁進する漆黒。

 白と黒、矛盾する二つがぶつかり合うその刹那────色鮮やかで煌びやか、籠められた魔力と感情が噴出するように、空に魔力の幕が彩られる。


「…………コワ……」


 恐怖しか抱かないが……

 耐えれないから。常識的に考えろよ、座する者ヴァーテクスなんて人の道から外れた奴ですら死にかけたと明言してるのに基本スペックが人間の俺が生き残れるわけないだろ。


 ルナさんには申し訳ないが、テリオスさんが勝ってよかったと心底思った。


「…………あれが、十二使徒基準なわけ?」

「俺を見てもそう言えるか? あれは規格外同士の異次元バトルだよ」


 打ちひしがれるように声を絞り出したルーチェに返答する。

 あれに巻き込まれたら死ねる。なんすかあの爆発、誰があれに耐えれるって? 命がいくつあっても足りないぞ。


「ヤバすぎだろ……」

「剣一本で挑むの、男らしくていいと思うよ」

「バカにしてますか? こういうのは無謀って言うんだよ」


 アイリスさんが茶化してくる。

 自分は優勝を狙ってないからって好き勝手言いやがって……! 腹立たしいので頬をツンツン突いて黙らせる。


 しかもテリオスさんバチバチに意識してくるじゃん。

 ルナさんの無遠慮殺害炎が飛んでこない事は救われたが、テリオスさんの激重感情が魔法に込められたら俺は普通に死ねる。なんか勘違いしてないか、こいつら。


「根本的に俺は周回遅れ。他の連中は皆才能があってスタートラインに立つのが早い。俺はスタートラインに立つのが遅くて成長も遅い、その差を借り物でどうにかこうにかやりくりしてるだけだ」

「……どうにかこうにかやりくり出来るのは紛れもなくアンタの努力でしょ」

「俺は努力が嫌いだからな。出来る事ならば神に授けられた才能でぬるま湯に浸かっていたい」


 堕落こそ至高。

 昼飯を食べた後に襲いかかってくる眠気に身を任せる幸せこそが俺が最も追い求めるものであって、決して昼飯すら確保できず泥と不廃物に塗れて森を駆け巡り木の根を齧る生き方がしたかったわけじゃない。


「ルーチェが飯を作り、ステルラが俺を養い、ルナさんと本を読む。アイリスさんは俺がぶくぶく太るのを防ぐために運動に定期的に誘う。おや、完璧な護身が完成したな」

「本当に最低ね」

「俺はお前の作る飯は美味いから食べたいが」

「…………たまにはアンタも作りなさい」


 いいデレをするようになったな。

 少しだけ頬が赤いのがポイント高い。ここにルナさんがいれば「あざといですね……」くらいは言うだろう。


「ステルラ、なんか頼む」

「私!?」

「私はツッコミに回れないからさ、よろしくっ」


 明るく笑顔でステルラに威圧をするアイリスさん。

 実際友人同士であるのは確かだが、そんな軽口を言い合うような関係性を構築できているのは俺だけ。その中で無遠慮にルーチェに言葉を吐ける人がいるだろうか? 


 …………いるな。アルベルトとか。


「え、え〜と…………ロアは渡さないから!」

「おっと、唐突な宣戦布告が来たな」


 まず俺がお前のモノになっているという認識に驚いた。

 どちらかと言えば師匠の所有物と成り果てつつあるんだが、そこら辺あの人はノーカンなのか。生きる上で必要な物全て師匠の金で養われてるんだぞ、今の俺は。


「と言うわけだ。すまんなルーチェ、俺はステルラのものらしい」

「なんで私が敗者認定されなくちゃいけないのか納得いかないわね」


 ステルラの首から手を通して胸の前で両手を合わせる。

 ピクリと動いたルーチェの眉が僅かに苛立ちを示していて、ステルラはギリギリ服に触らないくらいの距離感で胸の前にある俺の手を見て固まっている。触ってるわけじゃないしセーフだろ。


 内側、つまりステルラの身体に近付くように力を込めると身体を僅かに跳ねさせた。


「なんだ、触って欲しいのか」

「そんな訳無いでしょ!」


 パリパリ紫電を響かせて威嚇してくる。

 その程度の電撃が俺に通用するか、毎日師匠の紫電をくらいまくった俺にとってはマッサージのようなものさ。


「さて、バカ騒ぎはここまでにするか」

「どこ行くの?」


 肩に手を置いてそれを軸に立ち上がった俺にステルラがそのまま話しかけてくる。


「今一番労うべき人物のトコロだ」

「……ロア君、本当にそういうトコだよ?」

「あまり褒めるなよ。照れるだろ」

「君が照れるのはステルラちゃんに──」


 最近舐められているとは感じていたんだ。

 そろそろ俺との立場を理解わからせる必要があった。

 それは今訪れてしまったという訳だな。アイリスさんの口を人差し指で無理矢理塞いで黙らせて、そのまま他の誰にも聞こえないように耳元で呟く。


「アイリス。あまり俺を困らせないでくれ」

「……………………う、ん」


 よし、予想通りの効果だ。

 少し驚いた顔のまま俺の顔を見詰めてくる。


 ルナさんにやった時はとても淑女が出していい声では無かったが、アイリスさんのこの純粋無垢な瞳。少し見開かれた目が驚きと困惑、そして現実の情報の処理を必死に脳内で行なっていることを示している。


「一つ言うのならば、俺は攻められるのもある程度は許容するが──根本的に攻める方が好きだ」


 俺が打たれ強い(非常に不服な評価)のは理解しているだろう。

 何時だって甘える構え、誰かに全てを支えられて生きて行きたいのが俺のモットー。が、それはそれとして揶揄って恥じらう異性の姿を見て己の欲望を満たしたいという感情もある。


 師匠にもステルラにもルーチェにもルナさんにも相応に突っ込んではいたが、アイリスさんにはあまりやっていなかったからな。


ってのは、互いを理解して成り立つものでしょう?」

「………………うん」


 納得して貰えたみたいだな。

 ステルラ関係で弄られるのはいいんだが、こう……あんまり本人が居る所でやられたらその、アレだろ。露骨にバレるだろ。ステルラは鈍感だしコミュ障だから大丈夫だとは思うし他の連中にバレる分にはどうでもいいが、それはそれとして悔しいだろうが。


 ていうかあんだけお前に置いていかれたくないから努力してるって言ってるのに未だに俺に対して引け腰なステルラサイドにも問題がある。


「はぁ…………やっぱステルラはステルラだな」

「なんで私が駄目みたいに言われてるんだろう……」

「お前らしくて俺は好きだって事だ」

「……そ、そうなんだ。ありがとう?」


 ちょっと照れてるな。

 俺は(遺憾ながら)成長を続ける男。

 以前ならば一対一、または面と向かって言えない恥じらいを持ち合わせていたのに今はこれだけの胆力がある。


 ステルラに愛を囁くのだって吝かではない。


「じゃ、俺はルナさんの所に行ってくるから。探さないでくれ」

「好きにやってきなさい」


 ひらひら手を振って興味無さそうに送り出してくれるルーチェに後で悪戯を仕掛ける事を心の中で誓いながら、観客席から離れる。


 いるとすれば医務室だろうが、どうかな。

 座する者ヴァーテクスなんてトンチキな生命体を治す技術が発展したとは思えない。現存する数すら両手両足の指があれば数えられるくらいだし、自己修復をローコストで行えるから他人の手にかかることがほぼないのだ。


 ゆえに、彼ら彼女ら関係はほぼ進歩してないと踏む。


 だからまあ、要するにだ。

 俺が一人で探知魔法も使わずに足を使うのは恐ろしく非効率的である。

 それを理解するには少しばかり遅すぎて、少しばかり愚かであった。認めようじゃないか。


 自分の過ちを認めるのは早ければ早いほど良いからな。


「…………しかし、どうするか」


 事実を認識した所で現実が変わる訳ではない。

 俺に天賦の才が備わらないように、この状況を打開する手段は持ち合わせていないのだ。師匠の魔力はぼんやりと感じるが会場内であることから別行動しているだろうと推測、ルナさんやエミーリアさん単体の魔力を覚えるほど身近ではないので完全に無駄。


 と、そんな風に一人で悩んでいる時の事だった。


「──何か困り事かな?」

「探している人がいるんですが、探す手段がなくて困っています」

「かなり根本的な問題だね……」


 苦笑と共に話しかけてきたのは、先程の戦いでかなりこう、自分の感情を吐露した件の人物。より具体的にいうならば、英雄という単語そのものに囚われている人。


「僕でよければ手伝うよ」

「疲労が残っているでしょう。大丈夫ですよ」

「そう言わないでくれ。君と話したいことがあるんだ」


 …………それが本題か。

 どのみち俺一人だと時間がかかるのは確実、魔力探知が出来るテリオスさんに手伝って貰うのは正解だ。


 仕方ないな。


「ならお願いします。ルナさんの場所がわからなくて」

「ああ…………探知できないのか」


 速攻で把握された。

 次戦う相手なのに俺の弱点が露呈するの最悪じゃないか? 

 魔法がほぼ使えないって理解されてる時点でもう弱点もクソもないな。最初から不利は変わらず、格上に対して無謀を通しているだけだ。


「テリオスさんはもう着替えたんですね」


 テリオスさんが着替えたってことはルナさんも着替えたってこと。

 つまり同じくどこかに移動しているのではないか? そう思ったが……


「うん。ていうか魔力で無理やり補強しただけだよ」

「ズルじゃん……」


 言われてみれば俺が斬った服を弁償しろとか言われてないし、ルーチェもすぐに直していたな。もしかして俺以外の全員がそういうこと出来たりする? もしそうだったら憤りを隠せない。


「多分彼女も着替えているだろうけど……ただ、第三席と一緒にいるみたいだね」


 それはちょっと……近寄り難いな。

 俺の雰囲気からなんとなく感じ取ったのか、苦笑いしながら話を続ける。


「それじゃあ、程よく時間が経つまでどうかな。僕と話してくれないか?」

「構いませんよ。面白い事は言えませんが」


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