第四十九話③

 爆発と閃光。

 白焔と化した恒星に対し、愚直な軌跡を描いて邁進する漆黒。

 白と黒、矛盾する二つがぶつかり合うその刹那────色鮮やかで煌びやか、籠められた魔力と感情が噴出するように、空に魔力の幕が彩られる。


 それも僅かな間ではあったが、まるで超質量の隕石が何かに衝突したような。

 可視化できるほどの空間の歪みを引き起こして、二つの魔法は混じり合う。互いを喰らい尽くすように、互いを打ち破るために、己の法則を押し付けて。


 終末を予期させるような眩い光を放ちながら、誰も彼もが目を背ける中で爆発を引き起こす。

 大爆発、なんて陳腐な言葉で言い表すことが出来ないほどの規模。仮にこれを守る術がなかった場合、首都は跡形もなく吹き飛んでいただろう威力。


 直後、衝撃が空に伝播する。


 空間が歪み、砕け、揺れ動く。

 十二使徒が補強した障壁を叩き割った二つの魔法は遥か彼方の空にて相打ち、その行方を晦ませる。街に被害が出ないように一瞬で張り直された魔力障壁が物理的な影響を全て防ぎ、障壁の内部は地獄とも呼べる環境へと変化した。


 音、衝撃、風、熱、魔力────どれもこれもが、普通の人体には毒となる領域。


 内部に閉じ込められた二人を救助しよう、と動かないのは一重に人を辞めているから。

 座する者ヴァーテクスと言う異次元の場所に若くして辿り着いた二人を心配するよりも、会場外への影響と観客を保護するのを優先した。


 だが、決して安否を気にしていない訳ではない。

 さっさと中に入って解析し安全地帯へと戻したいと内心渦巻いている魔祖が、苛立ちを隠そうともせずにエミーリアに聞く。


「エミーリア! どっちじゃ?」

「ウ〜〜ン…………わからん。贔屓目で見るならルーナ」

「話にならん!!」


 かなり適当なことを言ったエミーリアに怒鳴るが、慣れた様子で肩を竦めて受け流した。

 それを見てまた一つ青筋を浮かべた魔祖が自分の目で見てやろう、と魔力を練り始めたとき──肩に手を置いて止められる。


「……なんじゃ。儂は今から見にいくのだ、邪魔をするな」

「アタシらが審判じゃちょっと良くないだろ。都合よく、手が空いてる奴がいるじゃないか」


 そう言いながら指を差す。

 不満を前面に押し出していた魔祖はその人物を見て、納得の表情を見せた後に唇を尖らせてそっぽを向いた。


「…………フン。その方が間違いはない」

「だろ? おーい、エイリアスー!」


 呼ばれたことに気が付いたらしい。

 魔祖十二使徒第二席、エイリアス・ガーベラ。

 弟子の試合も終わり、念のために最前列にいたのが役に立った。まさかここまでバカみたいな火力を出すとは誰も思っていなかったのか、内心冷や汗をかいていた大人達三人である。


「何かな、エミーリア」

「悪いんだけど審判やってくれるか? アタシらじゃ公平にならんだろうし」

「……ああ、そう言うことか。構わないよ」


 師である二人が審判を務めるのは、『公正ではない』。

 どちらが嘘をつくとか、つかないとか、そういった次元の話ではなく単純にその肩書きの問題である。


 この中で最も公正な立場で判断出来るのは魔祖でもエミーリアでもなく、第二席というこの戦いに何も関与してない人物である。


 その意図を正確に理解したエイリアスは視力を強化し、上を見上げる。

 熱や風で空間が歪んで見えるが、そう言ったものに見慣れているというのも十二使徒の経験が豊富な部分。この時代において正確にそう言った現象を飲み込めるのは数少なく、それこそテリオスやロア(少し事情が違うが)等の上位者との戦闘経験が多い面々。


 故に、観客は何が起きたのかを正確に理解し切れていないのが大半だ。


「…………ふむ」


 目を凝らした先に見えたのは、光の翼をはためかせるテリオス。

 左腕と左足が吹き飛び、僅かに粒子がこぼれ落ちている満身創痍な姿だが────その手にはしっかりと剣が握られている。


『…………私の、負けですね』


 剣先を首筋に添えられているルーナの言葉が聞こえてくる。

 実際の状況と照らし合わせても、互いに残る魔力は少ない──故に、完全に後一手で命を取れるテリオスの勝ちであった。


「と、まあ。聞いた通りだ」

「あー、そうか。負けちゃったか」


 苦笑いと共に、僅かに安堵したような様子を見せるエミーリア。


「わーはっは! どうじゃエミーリア、エイリアス! テリオスの勝ちじゃ! ガハハ!」

「ちゃんと正面から褒めろよ?」

「……………………う、うむ」


 めっちゃ勝ち誇った威張り方をしたのに息子とのコミュニケーションを指摘された途端これである。

 エイリアスは私のところって上手く行ってる方なんだなぁ、と思った。

 エミーリアは大人側が拗らせてもしょうがないよな、と思った。

 魔祖はあんまり変な事言って嫌われたくない、なんて怯えていた。


 そんな大人達の思考は露知らず、剣を納めてゆっくり地上に下っていく二人は話を続けていた。


 維持ができず、片方しか残らなかった翼でなんとか速度を調節するテリオスとその横でふわふわ漂いながら降りるルナ。魔法の性質の差ではあるが、勝者の方が余裕が無いのは最早恒例行事である。


「……正直いいかな」


 明らかに疲労困憊と言った様子で口を開く。

 声は枯れていないが、どちらにせよすぐにでも休憩を取ったほうがいい。素人目にもそう判断できるほどだった。 


「なんでしょうか。私も魔力が底を尽きかけてるので治せませんよ」

「そんなことじゃないさ。ただ純粋に、感想として──死ぬかと思った」


 酷く焦燥した表情で呟いたテリオスの顔を見て、ルーナは自らが放った魔法について考える。

 確かに人一人殺すには十分な威力だっただろう。紅月スカーレットとして放てる最大の火力を何も考えずに放ったのは確かだった。ただ、個人的には、テリオスは座する者ヴァーテクスに至っているのだし、多分他にも耐える人はいるから大丈夫だろう──なんて、簡単に結論を出した。


「多分ロア君も耐えますよ」

「…………それ、絶対に試さないでね。本当に」


 仮にそれが試されるのであれば、焼死体が一つ増えるよ。


 内心そこまで思ったが口に出すことはなかった。

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