第五十一話①
「飲むかい?」
「お言葉に甘えて」
廊下で話し続けるのもあまり好ましくないので、わざわざ控え室までやってきた。
無駄に用意し過ぎなのはある。何人は入れるようにしてるのかは知らんが、最低でも全選手一人ずつ割り振っても空きが出る位には作られている。なんでそんなに増やしたんだよ。
わざわざ飲み物まで淹れてくれるのは有難いのだが、少し申し訳ないな。
「テオドールさんと同じですね」
「テオと?」
愛称で呼ぶ程度には仲が良いらしい。
僅かに驚いた表情のままカップを俺に差し出してきたのを受け取って、一言感謝を述べてから口に運ぶ。まあただのお茶なんだが──中々美味い。
「前に話した時に飲み物を奢ってもらいました」
「ブレないな君は……いや、君らしいよ」
苦笑しながら椅子に座る。
もう俺がヒモ気質なのは周知の事実、誰もその点に関して疑問を抱いたりしない。
完璧だな。
「さて……何から聞こうか。聞きたいことは沢山あるんだけどね」
「別に今度時間取っても構いませんが」
「出来るだけ本番で語り合いたいんだ。僕の我儘だけどね」
試合中に問答したいって事か。
嫌だな〜〜〜!
すごい嫌だ。
坩堝の会場内なんて声筒抜けだし変なこと言えないもん。
魔祖とか師匠とかエミーリアさんとか十二使徒勢ぞろいしてる中で英雄について語るとか拷問か?
俺が微妙な顔をしていたのを察したのか、また苦笑いで流されてしまった。
本当に少ない言葉しか交わしてないが……この人、とんでもない位自分を押し殺すな。普通の人間がそんなことしてたら潰れるぞ。
俺はそれを自覚しているし自分の精神の強さと比べても余りにも損をするからやらないと決めている。極限まで自我をすり減らしてまで成し遂げたいことがあると言えば聞こえはいいが……
そこまで考えて、自身の状況を見つめ直すと思わずため息が出た。
今更だな。
俺に言えたことじゃない。
「“英雄”──そう呼ばれることに不満はある?」
「ありまくりですね」
「そうなんだ……」
「俺は常々言っていますが、仮に英雄と呼ばれることがあっても“かつての英雄”には程遠い。彼が成し遂げた事は俺には出来ないし追いつく事も出来ないのになぜ同一視しようとするのか甚だ疑問ですね」
割と好き勝手言ったが表情に変化はない。
俺の持ち合わせる意識に不平不満をぶつける為に話したかった訳ではないみたいだな。あくまでもテリオスさんの中で渦巻く感情を咀嚼するのに使いたかったのか?
ゆっくりと飲み物を口に含み、少し考えたのちに言葉を放つ。
「君は…………どうして強くなろうと思った?」
俺の原点の話か。
……まあいいだろう。
テリオスさんとステルラが会話するとは思わないし、言ったところで損はない。
「ステルラに置いていかれたくないから」
「僕から見れば十分才能があるように見えるけど」
英雄の技を再現するのに人生捧げてきたからな。
遺憾なことに俺の努力が報われていることが認識できて複雑な気分だ。世界で一番才能が無いとは言わないが、この世を引っ張る天才に比べれば劣るのは確実。
そんな俺よりも才能が遥かにある
「俺は努力が嫌いだが、ただ生きているだけでは置いていかれる。それが嫌だったんですよ」
「痛いのも苦しいのも嫌い。そう言っていたね」
「ええ。苦痛は嫌いだが、非常に不服だが、誠に遺憾だが、飲み込めなくはない」
「本当に嫌なんだね……」
誰が好んで拷問を受けるんだ。
師匠に毎日電撃浴びせられた所為でもう俺の耐久力はバカみたいな値になった。足が折れても走れるし腕が折れても剣は振れる。言うなれば俺はこの十年間で『バッドコンディション』の下限値をとにかく下げて下げて下げまくったのだ。
攻撃を受けるのが前提、受けても問題ない事が出来るように修練を積んだ。
……皮肉な事に、かつての英雄と似た戦い方になったが。
あっちは回復可能でこっちは回復不能。完全な下位互換だよ俺は。
「どうしてそこまで彼女に固執するのかは、聞いても大丈夫かな」
「…………ノーコメントは許されますかね」
「うん。言いたくない事を無理矢理聞く程ではないし、あくまで言える事だけで構わない」
少しだけ微笑んでいるが……勘違いしてないか。
いやまあ、ステルラが死ぬところを見たくないからそれは防ぎたい、だから頑張っているという点ではあってるんだが。
それは“かつての英雄”の記憶がある俺だからこそ通じる言い訳であり理由である。
他人から見た俺が努力する理由は明らかに『ステルラ・エールライトに惚れているから追いつくため』だろうな。その位客観的に理解出来てるさ。
そしてそれもまた否定する必要はない。
俺がステルラに惚れていようが惚れていなかろうが、俺が『肯定』しなければ真実にはならない。英雄と同一視されるくらいなら純情な感情を抱いた青少年と考えてくれた方がマシ。
そこまで心の中で言い訳をしてから、お茶で喉を潤す。
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