幕間④

「あ、起きた」

「おはようございます」


 ……………………最悪だ。


 知らなくていいことを知ってしまった。

 夢見が悪いとか言う次元じゃない。悪夢に近いだろ、こんなの。


 あの後エミーリアさんとも別れて故郷に戻り、実家の整理とか色々身の回りのことを片付けてたら親友が遊びにきて……あの最期に至る。


「…………どうしたの?」

「なんでもない。いい夢を見れなかったから落胆してるだけだ」


 なぜか俺の部屋に普通に居るステルラとルナさんはさておき、誰か料理してるなこれ。

 流石に匂いで断定できるほど異性の香りを嗅ぎ回る変態ではないので仕方なく確かめに行く。少し気怠い身体を起こし、もう昼頃だろう陽の光を浴びながら。


「賭けに勝ったルーチェさんがご飯を作っています」

「何してるんですか? 本当に」

「『ドキドキ☆ロア君の胃袋を掴む作戦』の実行権を得る賭け事です。ロア君について私が独断と偏見に塗れた知識で作ったクイズで優勝した人に与えられます」

「わざわざそんなことをしなくてもアイツの飯は食い慣れてるが」

「…………おのれルーチェさん。小癪な手を使いますね」


 昼飯は大体アイツの手作りだぞ。

 読んでいた本を閉じて怒りを露わにする(無表情のまま)ルナさんは台所へと駆け抜けていった。ポテポテ歩いてるので躍動感は一ミリもない。


 ていうか俺のクイズってなんだよ。

 どういう出題傾向だったんだ、そしてなんでステルラが負けてんだよ。コイツあんまり俺に興味ないのか? もしかして。あ、これダメな方向に思考が偏るな。やめておこう。


「師匠は?」

「学園長に呼び出された〜って飛んでったよ」


 ふーん。


 トーナメント一回戦が完全に終わり、二日のインターバルを挟んでから準々決勝を行う段取りになった。

 当初の予定だと続投だったが流石に疲労が溜まる上に想定より精神的に辛い戦いが行われてることもあり、教師側から生徒たちへのケアも含めて必要だと判断されたのだ。


 俺としては休めるから都合がいい。


「右手になんかちょちょいってやってたけど」

「ん…………ああ、あれか」


 約束の奴だな。

 右手に俺の魔力を掻き集める、ただそれだけのモノ。魔法と呼ぶのも烏滸がましいレベルだが、師匠は快く返事をしてくれた。


 後は俺がどれだけ弄れるか。


「ステルラ。お前俺の魔力感知できるか?」

「無理」


 バッテンを腕で形作る程度には無理なんだな。

 わかった。わかってても結構心にくるモノがある。

 で、でもそのおかげで色々伏兵として仕込めるから俺には好都合だね。ルナさん並みの魔力があったら俺が無双できるのにな〜! あーあ! 


 自虐はそこまでにして、試しに起動する。


 …………じんわりと右手に集まっていく感覚はある。

 若干のタイムラグがあるな。総量がゴミカスなのに全身に行き渡るようになってるから余計感知不可能なのか。何かを形作るのも無理なほど小さな光だが、魔力が掌に浮かび上がる。


月光ムーンライトだっけか」


 魔力球を混ぜ合わせ、その球から光線を出したり軌跡を刻んだり様々な応用の利く魔法。

 参考にするべきはそれかもしれない。天才が作り上げた魔法を俺如きが解析できるとは微塵も思っていないが、イメージを形作るだけなら自由だ。魔力を剣にしたりするのは諦めて、破壊の効果を付与する。


 それが限界だな。


「ザ・初心者だ。自分が情けないぜ」

「十年近く剣だけを磨いてたならしょうがない気もするけど……」

「お前は自分の身体が成長してない理由を他人に語られても許せるのか?」


 成長してるもん、なんて慟哭と共に飛んできた紫の稲妻が俺の身体を貫いた。

 俺の魔法自虐は俺がするから許せるのであって、他人にされるとそれはそれでムカつくのだ。同情していいのも慰めていいのも憤っていいのも俺だけなんだよ。プスプス焦げ臭い匂いが部屋中に充満してしまった。


「べ……別にお前の身体が成長してないなんて言ってない。女性らしい膨らみはあるし、男の俺に比べて柔らかいのは事実だ」

「…………なんか嬉しくない」

「それと同じだ。お前のことを許せるのはお前だけで、俺のことを許せるのは俺だけ。ただそれだけなんだ」

「そうかなぁ…………?」


 よし、うまく誤魔化せたな。


『ルーチェさん。よくも私のことを騙しましたね』

『なんのことかしら。皆目見当もつかないわ』


 それよりも何故か勃発した女同士の戦いを眺めるべきだろう。

 こういう時“下手“な奴は自分から間に入って収めようとするが、それは不正解だ。火種が火の中に飛び込んでもなんの意味もないだろう? 


 この場合はな────裏で静観して後でイジるのが正解なんだよ。


「という訳だステルラ。盗み聞きするぞ」

「いっそ清々しいね……」


 二人揃ってひっそりと息を潜めつつ、リビングへと移動した。

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