幕間⑤

『企画倒れじゃあないですか。折角私が夜しか眠れなくなるくらい精神を擦り減らして問題を作り上げたと言うのに』

『健康体だし、そもそもなんでこの企画を思いついたのか知りたいわね』

『そんなのお二人がロア君をどう思ってるのか把握して後で密告するためですが』


 ルーチェがルナさんの顔を掴んだ。

 ルナさんがルーチェの顔を掴んだ。


 頬を引っ張り合う泥沼の戦いが唐突に展開された。

 これ間違いなくルナさんが悪いんだけど、ルーチェを煽るためなら正しいとか間違いとかそんなのはどうでもいいんだ。いまこの状況を利用する手段を俺のあまりにも完璧すぎる頭脳をフル稼働して導き出した。


「何やってんだあいつら…………」


 なんの躊躇いもなく互いの顔を掴んだあたりがアホすぎる。

 結論としては俺が手を加えるまでもなく醜態を晒してくれるだろうと至ったが、次の瞬間にはやり合い始めるのは予想外である。


「で、お前は俺のことどう思ってるんだ」

「ウ゛ェ゛!?」

「どこから声出てんだよ」


 ステルラがボケみたいな声を出した所為でプロレスが終わってしまった。

 残念だな、このままいけば体格差の関係でルナさんがボコボコにされる場面が見れたと言うのに。


「はぁ、はぁ…………きょ、今日はここまでにしておいてあげましょう」

「あら残念。私は延長戦でも構わないわよ」


 煽りよる。

 ルナさんは成長が止まってる感あるので、多分座する者ヴァーテクスになった影響だろうな。ステルラはもう少し育ってからならないか? もうなってる可能性もあるから安心できねぇや。


「ふっ……どいつもこいつも師匠以下。やはり駄目だな」

「ステルラ、ルナさん。休戦してコイツをボコるわよ」

「合点承知です」


 おい待て。

 三対一は卑怯だろうが。

 ステルラが羽交い締めしてきて無駄に感触が伝わってくる。


「それ以上俺に近づいてみろ。あることないこと言いまくるぜ」

「言えば言うほど死期が近づくだけよ」

「ヒェッ…………」


 なんて冷徹な瞳なんだ……

 あれは人をなんとも思ってない。処刑を繰り返し過ぎて精神を病んだ処刑人。


「ステルラ! お前しか頼れないんだ。頼む」

「う゛っ」


 チョロいぜ。


 振り返って(首が変な音を出した)耳元で囁けば俺の勝ち。

 目は死んでるし覇気はないとか散々言われる俺ではあるが、普段出さない声をうまいこと利用すればギャップを発生させられることは理解している。特にステルラに頼ることはあまりないからな、こう言う場面で役に立つ。


「これで二対二。諦めろルーチェ」

「どっちかと言うとダウンしてるように見えますが」


 ステルラは俺の横で崩れ落ちている。

 役に立たねぇなコイツ。


「ルナさん! 俺の方についておけば後でサービスしてあげますよ」

「申し訳ありません、ルーチェさん。こればかりは譲れないので」


 最初からこれが狙いだったのか、この女。

 相変わらずの無表情ではあるが少し嬉しそうである。策略がうまく行ったとか思ってそうだな。


「孤軍奮闘もいいが、ここは素直に従ったほうがいい。お前はもう包囲されている」

「包囲されているー」


 気の抜ける声だ。

 あの、拳に氷が発生してるように見えるのは俺だけですかね。

 なんか殴る気満々なのは気のせいか? 


「…………全員まとめて、ぶっ飛ばしてあげる。まずはアンタからよ」

「落ち着けルーチェ。お前はいま調理中だろう」

「……………………あ゛っ!?」


 先ほどからカタカタ鍋の蓋が音を立てているので、これは少々まずいのではないだろうか。


 一瞬で台所へと戻ったルーチェは一言呻いた後にその場で動かなくなってしまった。


「………………焦げ、た……」


 別に焦げた程度じゃ気にしないが……

 生きてる虫を食べてた男が今更文明の発展した料理を否定する訳ないだろ。


 と、以前料理失敗した師匠に言ったら『私の気持ちが納得しない!』ってめちゃくちゃ激しく抵抗されたので今回は別の手段を取るとしよう。


 鍋の中身を確認して、そのまま味見をする。

 熱いけど俺の(良い意味で)死んだ舌なら問題ない。ほんのり焦げ臭さは香ってくるがその程度。


「美味いな」

「…………………………食べなくて良い。私が全部食べるから」

「それは残念だ。折角だから俺にも分けて欲しいんだが、ルーチェは俺のことが嫌い・・だから食べさせたくないらしい」

「そんな訳っ…………あー、もう」


 半分くらい俺の責任もあるからな。

 強制的にでも全員に食わせるさ。当たり前だろ。


「寝起きで腹が減った」

「…………わかった、わかったわよ」


 ため息を吐きながら俺の手から器具を取ってそのまま火を入れ直す。


「でも、最低限整えさせて。じゃないと納得できないから」

「俺はお前の作る飯なら何でも良い。それくらい気に入ってる」

「…………………………バカ舌」


 かわいい奴だ。


 口元が緩んでいるのを隠せてないぞ。

 だが、ここで指摘するのは無粋の極み。俺は気配りと気遣いのできる男、ヒモとして生きていく上でなくてはならない大切な要素だ。


「──とか思ってますよ、この男」

「おい。余計なことを言うんじゃないよ」

「うええぇぇ〜〜」


 頬をぐにぐに引っ張りながら黙らせる。


 今日は一日中ぐうたらさせてもらうか。

 最近ずっと張り詰めてたしな。息抜きしないとコンディションの維持も難しい。


「ルーチェ。俺の分は肉多くしてくれ」

「野菜も食べなさいよね」


 お前は母親か? 

 俺も料理は出来るが、そこそこの出来でしか作れない。家庭的な料理というより野生のサバイバル食になりがちな故、誰かに作ってもらうご飯というものを強く切望しているのだ。師匠の料理も別に悪くはないのだが……こう、ね。


「後ステルラの肉も多めで」

「ちょっとちょっと。私のお肉がなくなるじゃあないですか」

「良いでしょもう成長しないし」


 俺の身体は雷には強いのだが炎に慣れてない。

 半袖を着ていたからよかったものの、右腕が半分も一気に炭化したら恐ろしいだろ? 


「私にも堪忍袋という概念が存在しています。ロア君はいまその袋に穴を空けました」

「まあ小さいでしょうね……(ルナさんに視線を向けながら)」


 追撃の炎は左手を焼き払った。

 やれやれ、これで俺は腕が使えない人間に変身してしまったな。もう神経丸ごと消えたから幻痛しか感じないからほぼ無傷みたいなもんだよ。


「ステルラ、頼む」

「…………抑えるとかそういう概念はないんだね」

「俺が我慢する訳ないだろ」


 ジュクジュク音を立てて肌の色を取り戻していく。相変わらず不快な感覚ではあるがもう慣れ切ってしまった。


 最悪だよ。


 この後、調整にわずかに時間をかけてから四人で食卓を囲んだ。

 どうやら俺を引き連れて街に買い物に行きたかったらしい。なのに俺が爆睡(英雄の記憶を閲覧)してるので起こせず、仕方なく食材だけ買って戻ってきたそうだ。俺のプライバシーはだいぶ失われてるな。


 服をプレゼントすると言われたので夜まで遊び歩いた。

 ルナさんが変なパジャマのペアルックを押し付けてきたことは一生根に持つことにする。何だよこの着ぐるみ。


 確実に俺が着ていい類の服じゃ無いだろ。


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