幕間③

『なあ。お前、奥さんってどうするんだ?』


 唐突に投げかけられた言葉。

 なんだなんだと一瞬慌てたが、特有の感覚に気が付いたので胸を撫で下ろす。これは夢、それもかつての英雄の見た記憶──要するに追体験だ。


『どうって……何も?』

『……お前な。あれだけアプローチ来てるんだから誰も選ばない、なんて事はないだろ』


 呆れるようなエミーリアさんの声。

 時系列的にはアレだな。戦争が終結して各々の陣営に戻り、平穏を取り戻すための復興作業へと移行し始めている時期。


 だから今は故郷に帰っている最中だ。


 英雄の視点で事が進むから初めの頃は少し戸惑ったが今となっては慣れたもの。


『不誠実だとは思うさ。でも僕には勿体なくてね』

『ま、貴族だのなんだの沢山居たからなぁ…………良い機会じゃないか。あの子の事はどうするんだよ』

『エイリアス、かい?』


 ここで師匠の名前が出てくるとは。

 この時点であの人は魔祖の元に弟子入りしてた筈だから、完全にバレバレだったんだな? 


 腕を組んで頷きながらエミーリアさんは続ける。


『恋と憧れは違う、なんて昔は言って断ってたが────正直もう言い逃れできないだろ』

『…………否定はしない。彼女の好意は認識してるよ』


 英雄の事が好きだったのは知られてたのか……

 そりゃまあ引き摺るよな。いや、俺への態度の時点で完全に理解してたけど。


『応えてやれよ。それがどんな形であれ、さ』

『……………………そう、だね』


 ────ん。

 ん〜〜…………今少しモヤッとしたな。

 たまに強い感情を抱いたときに俺自身にも伝播するときがあるんだが、今は珍しく不快感が伝わってきた。訓練時代とか、親友にボコられてる時とかはめっちゃ伝わってきたんだけど……二人きりで話してるときに来るのか。


 どういう感情なんだ。


 パチパチと焚火が音を立てる。

 結婚とかそういう概念に対しての忌避感だろうか。英雄になると志して人生を棒に振って、一人の人間としての幸福は捨て去った。そう解釈してるのか? 


 こういう時に読み取れないからこそ、俺はかつての英雄ではないと断言できる。

 本人じゃないんだから気持ちとか完璧に理解できる訳ないじゃん。俺にできるのは英雄のことを知り、その軌跡をなぞり、偉大すぎる功績を利用することだけ。なんともちっぽけな男だ。


『…………好きな人、か……』


 心が痛い。

 俺がここまで明確に感じ取るって事は、相当重たい感情だぞ。

 えぇえぇぇえ、もしかして失恋したとか。でも別に故郷の村を焼き払われたとか暗いニュースはなかったし、そもそも幼少期を拷問に漬け込んでいた所為で異性との出会いが異常なまでに薄い。


 だって、旅に出て初めに出会った女性って────……ムムッ。


 あれ、これ、もしかして…………そういうことか? 


『…………実は、男が好きだったりするのか? いや、もしそうならすまん。アタシが浅慮だった』

『違うよ。全く…………』


 あ、あぁ〜〜〜〜〜! 

 うわ、うわわ…………そういうことか。

 これマズいな。あんまりこの場面を見ないほうがいいかもしれん。


 滅茶苦茶感情伝わってくる。


『でも、そうだな。いつかは決めないといけない』

『気になる奴でもいるのか。アタシには言えないのかよ〜』


 言える訳ないだろ! 

 これ、うわ〜〜〜…………知りたかったけど知りたくなかったよ、マジで。

 かつての英雄の思い人って……ウゲ……エミーリアさんはさぁ……………………


『…………うん、秘密。僕の気持ちの整理が終わったら、改めて言おうかな』

『…………そっか。ま、なんだ。どんな形であれアタシは応援してるぞ』


 応援してる、ね。


 …………だから、最期の最期で……

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