第三十七話②

「ルーナ、あんまり失礼なこというもんじゃ無いぞ?」

「エミーリアさん! 女神か何かか?」

「なんだ突然……まあ、そう言われて悪い気はしないけどな」


 照れてる。

 かわいい。


「今日は実況席じゃないんですか?」

「中の会話聞こえるし正直要らなくないか? って言って出てきた」


 確かに……

 あくまで状況が理解できてない人たちのために実況解説は必要なのであって、最低限のラインが高いこの学園ならあんまり必要ないだろう。


「後ろに失礼するぞ。で、恋話か? アタシも混ぜろよ」

「断固として拒否する。俺は誰のものでもない」

「また大胆な奴だな……」


 意味をしっかりと受け取りエミーリアさんは苦笑している。


「ルーナ、苦労するぞ」

「覚悟の上です。でも爆発する前に気付いてくれるから大丈夫です」

「気苦労の絶えない俺の身にもなってくれないか? 頼むから」


 ルーチェという溜め込むタイプの爆弾、ステルラとかいうシンプルな爆弾、アイリスさんとかいう狂人爆弾、ルーナさんは不思議系爆弾、師匠は勝手にどっか行こうとする爆弾。

 俺の身の回り爆弾ばっかじゃねぇか! 


「お、ベルナールが入場してきた」

「露骨に話を逸らしましたね……」

「逸らしたな……」

「逸らしたね……」


 これ以上俺が追い詰められるわけにはいかない。

 俺の爆弾だってあるんだぞ! ちょっと英雄の記憶があるっていう爆弾が。


「顔つきは相変わらず薄い笑みだが……」

「実力差は本人も痛感してるだろ。そこをどう引っ繰り返せるかが見所だけど」


 下馬評は完全にテオドールさんの勝ちで決まり、か。


「一つしか極められてない奴と、ほぼ全て極めてる奴。差は歴然だよ」

「それを言われると耳が痛いですね」

「ロアくんはあれだ、ルーナと一緒。対策を極めないと勝負にすらならず速攻でやられるタイプさ」


 なんだそれ。


「そのくせ相手の本気に真っ向から立ち向かうんだからタチが悪い。まあ、だからこそかなって思うよ」

「……そうですか」


 俺は才能がないからな。

 相手の全力に俺の全力をぶつける以外に勝ちの目がない。


「お、テオドールくんも入ってきたな」


 ようやく本番といった空気だ。

 正直あのままだったら俺の噂がさらに悪化しそうだったので助かる。


『さて。俺たちの会話も客席に筒抜けだが、何を語る?』

皇子レグルスなんて呼ばれているのに随分と庶民的な人だ』

『民の心がわかるのは人気になるからな。我が家の教訓だ』


 ああ……

 うん。アルベルトの兄だな。血縁者って感じするわ。


『お前と戦るのは久しぶりだな。一年振りか』

『そうですね。去年は色々学ばせてもらいました』


 上の世代はやはり戦ったことがあるのか。

 まあそうだよな。俺達より長い間順位戦をやってるなら何度か激突したことはあるだろう。


『まあ、先日の試合を見る限り……あまり成長は見られないが』

『一度の敗北が全てを決める訳ではないでしょう。それに────僕としても油断して貰っていた方が助かる』


 ベルナールの両手に氷の剣が生成される。


『出し惜しみはしないのか?』

『当然。前哨戦は既に終わっている』


 パキ、と何かが割れるような音と共に周囲に白い霧が漂い始める。

 ルーチェと戦った時もこうなったが、その時とは規模も速度も違いすぎる。長い時間戦って白銀の世界に変化したのに対して速攻で包まれ始めている。


 氷の剣を空に浮かせながら、ベルナールは右手を前に出す。


 演者のような仕草を見せながらゆっくりと指を鳴らした。


『────串刺しだ』


 瞬間、テオドールさんの頭上から氷柱が降り注ぐ。

 一本や二本では無く、もっと大量に──数え切れないほどの量。以前ルーチェとの戦いで放っていた氷柱とは異次元。形状は殺傷性が増し、鋭く堅く密度を圧縮した完成形。


「あれじゃあ足りないね」

「……あれで?」

「うん。見てたらわかるさ」


 ギリギリ目で追えるくらいの速度で落ちてくる氷柱を────表情一つ変えず、同じ数の炎の剣を展開して迎え撃つ。


 それに動揺する事も無く、足元から氷山とすら呼べるほどの氷を生成しながら空へと飛んだ。


『お前の魔法は性格とは裏腹に教科書通りの優等生だ。教えられたことを忠実に守り、鍛錬を積み上げ、満足することもなく磨き上げたのは理解している』


 チリ、と。

 炎の剣が輝きを増す。


『だが…………その直向きさが時に弱点になることもある』


 どす黒い炎が噴出し、剣を振るう。

 氷山をそのまま飲み込むように暴れ回る黒炎が空まで広がり、徐々にその勢いを強める。


 おい、あの炎。俺見たことあるんだけどさ。

 大戦の頃に使われてた奴だよな。しかもどっちかというと『あまり良くないタイプ』の魔法。


 初見の魔法だが、ベルナールは氷で包み込むことで対処している。

 こればっかりは交戦経験がモノを言うが────あの魔法に対してそれは悪手だ。


 氷を打ち破り黒炎が喰らいつかんとしている。


『時には邪道に手を染めるのもいい勉強になる。この際だ、しっかりと味わうといい』

『何を勝ち誇っている!』


 それでも諦めずに魔法を展開する。

 小さな氷が収束し、上空に巨大な氷塊となって顕現した。


氷壁絶界アデュ・ラリア!』


 自分を巻き込んでも構わないと言わんばかりの怪物級の氷塊──降り注ぐソレ見て、テオドールさんは笑みを深めた。


『やれば出来るじゃないか!』


 再度黒が収束した剣を上空に向け、振るう。


永久焦土アーテルム・イグニス!』


 かつて、堅牢な守りを突破するためだけに開発された災厄の魔法。

 ただひたすらに焼き尽くし、どこまでも灰の大地へと変えてしまう戦争を体現する魔法だったはずだ。


 それをどうにかこうにか危険性を減らして運用できるようにしたのだろう。


『────足りないか……!』


 僅かに緊張感を孕んだ声色だ。

 その言葉に呼応するように、もう一つ大きな氷塊が現れる。


『────まだだ、まだッ! こんなもんじゃない!』


 衝撃を後押しするように氷塊────否。

 もうアレは山そのものだ。剛氷アイスバーグではない、あれは氷山そのもの。


「巧い」


 その影に潜ませた氷柱一つ一つが精巧な形を保たれている。

 並行していくつの魔法を使用しているんだ? 十や二十どころではないだろう。


『貴方に敗北を叩きつけられてから一年! 片時も忘れたことはない!』

『そうか! お前は随分と強くなったな!』


 迫りくる巨大な氷山に対し、テオドールさんは不敵に笑いながら剣を構える。


 マジで? 

 あれ斬るつもりか? 


 俺でも感知出来る程度には高まった魔力が焔へと変わりゆく。

 テリオスさんとテオドールさんの戦い方が瓜二つだと、先ほどルナさんは語った。互いに完成された魔法剣士であるが故にそうなのだと俺は解釈していた。


 だが、違う。


 この二人は『王者』だ。

 一位と二位という絶対的な差がありながら、二人ともが王者として君臨している。


 だから似る。

 全てを受け止めて、なおかつ弾き返してやろうという気迫がある。


『勝つのは僕だ! ────氷壁絶界アデュ・ラリア!!』


 上空も、周囲も、どこを見ても氷が埋め尽くす白銀の世界。

 氷で閉ざされた世界の中で、ただ一人だけ焔の剣を携えている。瞳に揺れはなく、真っ直ぐに氷の先へと向かっていた。


『謝罪をする、ベルナール・ド・ブランシュ。お前は勝負を舐めているわけじゃあなく……ただひたすらに、目標のみを見ていたんだな』


 この呟きが届くことはないだろうが、それでも俺にはその意味が理解できた。

 ルーチェに負けたあの戦い。手抜きをしていたのは事実だろうが、それはルーチェに対しての嫌がらせなどではなくて──ただただ爪を隠すため。


 磨き上げた自身の切り札を温存するためだった。


『受けて立つ! ────紅炎王剣イグニス・ラ・テオドール!!』


 放たれた焔の斬撃が氷と激突し、その恐ろしく硬いであろう質量をいとも容易く斬り裂いていく。その身を焼かれながらも必死に氷を放ち続けるベルナールだが──足りない。


 一閃であったならば、まだ対処できたかもしれない。

 しかし振られた斬撃は幾重にも連なる無数の炎舞、一度、二度、三度四度──空に打ち上げられるようにその身に浴びたベルナールは、地上へと落下していく。


 既に氷は溶け、場内を支配するのは紅炎の皇子。


『勝負あり! 勝者、テオドール・A・グラン!』


 落下するベルナールを受け止めて、その勝利を完全なるものとした。

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