第二十八話①

「うんしょ、うんしょ……」


 準備体操で身をほぐすステルラを尻目に、俺は空を見上げていた。

 雲一つない空、澄み切った青い色。こんなにも雄大な景色をまさか連続して見ることになるとは思ってもいなかったのだ。


「どうしたのロア、そんな黄昏て」

「ありがた迷惑という言葉について考えていた」


 ありがたい話ではあるがそれは時として迷惑となる。

 お節介と似たようなものだ。


「こんな山奥にわざわざ小屋まで用意しやがって……」

「でもここなら邪魔は入らない。私とロア、二人っきりになれる」


 ギラついた視線を俺に向けるな。

 勝ちたいと願う気持ちは俺もステルラも同じだが、一週間戦いっぱなしは流石に堪えるぞ。一日はゆっくりとサボらせてもらうからな。


 そんな俺の考えを気にもせず、パリパリ指先から紫電を滲ませつつステルラが構える。


「ここで雌雄を決した所で意味はない。……が」

「負けるつもりもない、でしょ?」


 よくわかってるじゃないか。

 本番で勝てばいい、そういう話だが────模擬戦で負けるつもりも全くない。


「条件は」

「本気は出さなくていい。でも全力、試したいことを優先」

「理解した。……時間はある。ゆっくり楽しんで行こうか」






 俺には俺の課題があって、ステルラにはステルラの課題がある。

 それぞれ我武者羅に戦闘を繰り返すのではなく頭を使い弱点を克服、もしくは長所を伸ばす。そういう方向性で固まったのだ。


 まあ、都合の良いことに場所を師匠が用意してくれた。

 俺の少年期が封印された山である。


 場所をどうしかしたいとステルラが師匠におねだりしたら快諾してくれたとかなんとか。

 そのついでに互いのやるべき課題を渡してきた。そういうところは師匠らしい事してくれるんだよな。自分では気がつかない領域もあるからありがたい話だが。


「────負けた!!」

「わ、びっくりした……」


 普通にボコボコにされたが? 

 は~~~~~~……俺の成長を無に帰す理不尽さだった。

 涙が出るぜ。接近できなければ詰むってのは俺の課題だったが、まさかステルラが『徹底的に近づかせない戦法』取ってくるとは思わないだろ。


 踏み込めば炎魔法、離れれば紫電、回り込もうとすればそれ以上の速度で後ろに回ってくる。


 トラウマになりそうだ。


「はァ~~~~~……凹む」


 凹んだ。

 心が落ち込んでいる。本気で勝ちたいと思っていた訳では無いがもう少しいい勝負にしたかった。特訓だから勝敗は関係ないだと? その通りだ。


「なんだ、どうでもいいな。少しでも弱点克服したからいいじゃん」

「切り替え早いなぁ」

「現実を受け止めて後に砕けば無問題だ。俺はそうやってメンタルを維持している」


 そういう訳でやる気を取り戻した俺は取り敢えず今日の訓練を終える事にした。

 一応酷い出血と大きな負傷は回復してもらったが疲労感は抜け出せない。氷と炎で包むのは反則だろ。天変地異って言うんだよそう言うの、単独でするなよな。


「飯だ飯。……そこら辺、師匠なんか言ってたか?」

「……いや、特に何も言ってなかったけど」


 お前これ自分で取ってこいスタイルじゃねーか! 


 弟子二人を山に放り込んで放置である。

 俺がいるからいいとでも思ったのか、まったく。大体同い年の男女を同じ屋根の下に二人きりにするとか一体何考えて……あっ、俺が勝てる訳無いと思われてんのか。


 怒りのボルテージが上昇した。


「いつか理解わからせてやる……あの妖怪……」

「多分そういうところじゃないかな」


 まあいい。

 幸か不幸か(おそらく不幸にも)、俺は野生動物を狩るのになれている。食べていいラインの植物も身体で覚えたしその中でも美味い調理法もマスターしているのだ。


 最近は料理ができる家庭的な男性が人気らしいからな。

 俺もそれにあやかって……ああ、そうだ。あやかって……そんなわけはない。できなきゃ死ぬからできるようになっただけである。


 山籠り初日、俺が食べた飯はそこらへんの雑草と生のキノコだった。


「あの時は大変だったな……」

「あ、見て見てロア! 美味しそうなキノコあるよ」


 そう言ってステルラが指差すのは明らかに毒々しい色をした青色のキノコだった。


「やめとけ。腹壊すぞ」

「こんなに綺麗な色なのに〜」

「綺麗だから食える訳じゃない。俺はこの手のキノコで幾度となく死にかけた、コイツらは死神だ」

「そこまで言う?」


 川の向こう側で手を振る二人組に定期的に呆れられていた気がする。


「ていうか何個も挑戦したんだね」

「毒に負けるはずがないと思って口にしたのがダメだったな」

「どうしよう。幼馴染みが狂っちゃったよ……」


 元々狂っとるわ、色々と。


 そんな話はさておき、今日の晩飯を確保せねばならない。

 主食が存在しない今栄養バランスもそこそこ考えた食事など用意できるはずもなく、俺にできるのは男飯のみ。


 この場合の男飯というのは動物の皮を剥き火を起こし丸焼きにした姿を指す。


「よしステルラ。リスだ、リスを探せ」

「リス?」

「ああ。あいつらは木の実を主食とする生き物だ。ゆえにそいつらを見つけることができれば俺たちも木の実にありつけるという訳だな」


 嘘だが。

 これは俺のささやかな反抗心からなる悪戯である。

 本当はリスが主食になるんだぞ。目の前で可愛い生物を見つけさせて俺がそこで捌いてやる。


 見せつけてやるんだよ、俺の本当の怖さってモンをな。


 そんな俺の邪悪な思考は全く気にせず、ステルラは気合を入れて森へと侵入していった。


 ……今更だが、風呂はどうするのだろうか。

 魔法で水作って魔法で火沸かしてってやるのか? 持ち込んでる服は学生服とジャージのみである。

 それはそれで楽でいい。問題は俺が一切魔法を扱えないという部分だが、そこに関してはステルラの存在で解決できる。


 俺とステルラ、二人いればそれなりに山暮らしも楽しそうだ。


 …………気持ち悪い考えしやがって、殺すぞ俺。


「ロアー! 動物の足跡あったー!」

「今行く、その場所で待ってろ」


 さてさて、今日一日ボコボコにされた仕返しをしてやるか。

 ステルラが見つけたのは小動物、木の身を主食とするリスとは違った生物だった。


『可愛いね!』なんて楽しそうに笑うステルラを尻目に俺は首元を掴んで捕獲した。

 この時点で嫌な予感はしていたのだろう。笑顔を凍りつかせてステルラは声を絞り出した。


「……ロア、なんで捕まえるの?」

「そりゃお前コイツを食うんだよ」


 木の実が主食になるか? 

 数を集めて調理法を工夫すればパンのように楽しむことができるが、これはサバイバルでありサバイバルではない。俺にとって食事という娯楽は堕落をするという次の次の次の次程度の優先順位だ。


「…………か、可愛いよね? ほら、瞳とかが特にクリクリしてて」

「ああ、そうだな。動物一匹分のカロリーは無駄にはならない」


 あ、目が濁った。

 諦めたみたいだな。よかったよかった。

 この世の儚さ、栄えある文明すら滅ぶこの無常さをその齢にして理解できたのだ。俺に感謝して欲しいね。


「安心しろ。尻尾の先まで身が詰まってるタイプだ」

「そんなこと聞いてないから!!」

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