第二十八話②

「う、うぅ……ごめん、ごめんね……」


 ボロボロ涙を流しながら串刺しになった動物晩飯へと謝るステルラ。

 あの後無事に一家族分まとめて捕獲し、命を繋いでくれることに感謝をしながら手を血に染めた。流石の俺でも泣き始めたステルラの目の前で締めたり毛皮を剥ぐとかそういう行動はしないぞ。


 最初は楽しかったが徐々に心が痛くなってきた。


「…………まあ、水は生み出せるし良いか」


 あの頃山籠り────一年目は学びを得るための日々だった。

 木々の間を駆け回り、枝や葉で出来た小さな切り傷や擦り傷から菌が身体の中に入り病気になる。言葉ではわかっていたつもりで、いざ自分がそうなると不安で仕方がなかった。

 ゆえに服の重要性というものに気がついたし、動物がなぜ毛皮なんてものを身に纏っているのかも漠然と理解できた。


 水も食料も自分でとってこい。

 そういうスタンスで放り込まれた上に定期的に襲撃してくる師匠に怯えながら生きる毎日。

 正直生きた心地はしなかった。目が覚めなかったらどうしよう、そんな考えが頭を過ぎった夜はもう寝れなかった。獣の唸り声が真横で聞こえた時は流石に死んだと思ったし。


 このままじゃ駄目だ。

 そうやって思考を切り替えてから、ようやく前に進めた。

 大体そこまでたどり着くまで一年はかかった。生き残るのに必死だったから。


 焚火に焼べた木が弾ける。

 独特の甲高い音だ。俺はこの音が好きだ。

 火が付いている、明かりがついている、熱を確保できる。いろんな理由はあれど、自分の身を滅ぼす危険性もある炎でも──扱い方さえ学べば利用できるから。


「もう焼けるぞ」

「……………………うん」


 食事をするとはこういう事だ。

 いくらなんでも齢一桁に押し付ける事じゃねぇよな。美談にしようと思ったけど無理だろこれ。


「味付けはない。これが肉を焼いただけの味だ」


 俺にとってはどこか懐かしい味付け。

 母親の手料理よりも食べた年月が長いと聞くと思い入れがあるように聞こえるだろう。そんなわけはない。これは俺の苦しみの体現である。

 愛情たっぷりの誰かが作ったご飯を俺も毎日食べたい……食べ……あれ、俺食べてるな。昼飯ルーチェに食わせてもらってるじゃん。なんて事だ……


 俺は無意識に求めていたのか。


「美味くはない。だが、生きる上では重要なんだ」


 幻滅しないで欲しい。

 これが現実だから。


「お前が学び舎に行っている頃、俺は師匠にひたすら扱かれていた。その中で培った知識も経験も苦痛も何もかもが今の俺を構成する大切なピースになっている」


 肉を喰らい、余す事なく胃袋の中に収めた後に骨を集める。

 ステルラの方を見ると、もそもそ食べ進めている。年頃の女子には少し厳しいかもしれないがこれも必要な事だろう。


「……悪いな。俺には才能がないから、こうやって生きていくほか無かった」


 もっと華麗に煌びやかに。

 華のある生き方に憧れたのも束の間、鮮烈な光に目を焼かれてしまった。

 俺には出来ない。俺には無理だ。俺じゃあ役者不足。諦観が俺の根底にはこびり付いている。


「…………うん。ちょっとだけショックだったけど、わかってる。見てなかっただけだって」

「世の中には見なくて良いこともある。情報は有り過ぎても困るだけだ」

「知らないままで終わりたくない。ロアと同じ景色を見たい」


 …………そうか。

 涙で赤くなった目元を指で拭いつつ、ステルラは真っ直ぐ視線を向けてきた。


並ぶ・・なら、知っておきたいんだ」


 ……は~あ。

 これだから才能ある連中は困る。

 人が飲み込むのに長い月日を費やした価値観に一瞬でたどり着く。


「…………生意気なやつだ。風呂覗くぞ」

「……ふふん、一緒に入る?」

「言ったな? 情け容赦なく侵入するからな覚悟しとけよ」

「ごめんなさい嘘です冗談です」


 ここは押した奴が勝つ。

 ルーチェとの戦闘経験レスバトルが身を結んだ。わかるんだよな、今しかないって攻め時が。

 アルベルト……お前の畜生さはやはり正しかった。人は煽る際に畜生にまで落ちねばならないのだ。


「ま、まだそこまで心の準備が……」

「やれやれ。俺は後片付けするから、風呂の準備してそのまま入ってしまえ。小屋なのに室内に風呂場あるからな」


 そこの微妙な気遣いはなんなんだ。

 設備もそれなりにちゃんとしてるのが腹立つ。魔法で水張って魔道具に魔力を通すだけ。ふざけおって。


 俺一人じゃ何もできないじゃねぇか。


「…………いや」


 一人で熟す必要はない。

 そう伝えたいのか? 


 わからん。

 急にそんな風にやられてもな……


 俺は何時だって誰かを頼っているし自分一人だけでどうにかしようと思う事は無い。


 自己犠牲なんて尊い物を全面に押し出すときは、きっとそれは取り返しのつかない時だけ。


「なんてな」


 痛々しいモノローグはここまでにしておこう。

 ステルラが入った後は俺が風呂に入らねばならない。細かい切り傷や擦り傷は治ってないので百パーセント痛い。

 あの地味な痛み嫌なんだよな。じんわりと石鹸が傷口に触れた瞬間とか叫びそうになる。


 だが汗臭い血の匂いが滲んでるとか、そういう状況じゃないのが幸いだ。


「……………………懐かしいな」


 夜の山特有の空気感。

 嫌いでしょうがなかったこの匂いに懐古を抱くようになるとは思っても居なかった。


 星の明かりだけが俺を照らしている。


 焦る必要はない。

 これまでの積み重ねた物をどうにかこうにかやり繰りするだけなのだから。

 師匠に育てられたんだ。無様な姿は見せる訳にはいかない。


「ワ゛ーーーーッ!! ロアーっ! 虫が一杯!?」


 やかましい奴だな。

 珍しく感傷に浸ってるんだから少しは時間くれよ。


 溜息を吐いて小屋へと足を向け、歩き出した。

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