第二十七話②

 痙攣の治った顎あたりを摩りつつ、言葉を慎重に選ぶ。

 メンタルが平凡よりちょっと弱いステルラなので、ルーチェにバシバシ行ったりアルに辛辣に行くようにしてはいけない。人それぞれに対応せねばいけないのだ。


「やれやれ。そこまで言うならこれからは徹底的に触りに行ってやろう。具体的には足とか手とか」

「そうじゃない! それじゃただの変態だから!」

「なんだ煩いやつだな……俺はお前を触る。お前は満たされる。win-winじゃないか」

「うぐっ……た、確かにそれはそれでいいけど……」


 いいんだ…………

 判定がよくわからんな。もっと気安くして欲しいって話か? 


「もうちょっと自然体で接して欲しいな!」

「…………何をバカな。俺はいつだって」

「いーや、そうじゃない。私に話す時だけ違和感あるもん」


 そんな筈はない。

 俺はいつだって変わったことはない。

 ステルラと話すときも師匠と話すときもルーチェと話すときも、誰と話すときも俺は俺であると自覚している。そこからブレたことはない。


「少しだけ考えてから話してるよね。私の時だけ」


 あ~~~~…………


 否めない。

 否定できない。


 それを言われちゃおしまいなんだよ。

 だってお前、それはホラ……あれだよ。あんまり失礼すぎる事言わないように心掛けているからであって、ルーチェとかルナさんは結構適当に失礼なこと言っても謝れば許してくれる。ちょっと嫌われてもまあ、見捨てられないだろうと思ってるわけだ。


 お前には嫌われたくない。

 師匠みたいに全肯定するわけでもないから言葉を選んでるだけだ。


 と、真正面から言うのも嫌なのでどうにかこうにかして誤魔化す・・・・


「それは思い込みだな。俺は平等に接しているつもりだ」

「そんな気はしないけどなぁ……」


 くそっ、こんな所で勘の良さを発揮しなくていいんだよ。

 素直に言ってもいいが……それは嫌だ。なんとなく負けた気がする。俺とステルラがぶつかりあうのは未来で確定しているがこれは言わば前哨戦、既に『そう』だと認識した瞬間戦いの鐘は鳴っているんだ。


「……私の事、嫌いになった?」

「ちょっと気恥ずかしいだけだ。深く考えるな」


 クソったれが。

 俺の負けだ。何でいつもこうなるのだろうか。

 ニッコリと笑いながら俺の顔を覗き込んでくるステルラにデコピンして追い払う。あ~あ、恥ずかしいわホント。告白みたいなもんだろバカにしやがって。


 お前の事を意識している、それ以外にどう受け取るってんだ。


「あだっ」


 ズズズズと音を立てて珈琲を飲み切る。

 苦い。甘みを何一つとして入れずに嗜むのが礼儀だと思っているから普段からブラックだったが、今日ばかりは甘味が欲しかった。


「……そっか。嬉しいな」

「……………………前も言ったが、俺はお前を嫌ったりすることはない。自信を持て。絶対に追いついてやる」


 人の心を読み解くのが苦手なんだろう。

 俺だって得意ではない。ただ自分を当てはめて客観的に冷静に考える事が出来るから少しは寄り添えるだけだ。

 ステルラはそこに自信が無い。対人関係がボロボロだったんだ、魔法や身体能力を活かすのは感覚的に行えてもそこは難しい。


 ……しかし、そうか。

 俺は嫌われたくなかったんだな。

 他の人達に嫌われてもいい、そういう風に考えている訳でもない。でも、ステルラにだけはどうしても嫌われたくなかった。


 言葉にすればそれだけだ。


「私もロアのことを嫌いになることはないよ」

「……ならいい」


 これで嫌われてたら流石に凹むが? 

 嫌われてたとしても全く考慮しないが。ステルラがなんと言おうが絶対に死なせるつもりはないし先に死ぬのは俺と決めている。そのうち師匠側超越者に成るのはわかりきってる事だから、どちらかと言えば俺が置いていく側である。


 寿命ならば納得できる。

 無惨な死は認めない。


「しかしまあ、くじ運の無さは酷かった。特に俺とお前」

「あはは、決勝以外じゃ戦えないね」

「あれだけいる強豪を全員倒さなくちゃいけないってのが最悪な部分だ。なんで俺にそう言う役回りが来るんだよ」


 最低でも三人倒さねばステルラに挑戦することすら許されない。

 向こうは向こうで強い人がいるが負けることはないと思ってる。だってステルラだし。自分の価値観に於ける『最強』が負けて欲しくないと願うのは悪いことじゃないだろ? 


「でも負ける気はないんでしょ」

「当然だろ。俺が一番上に立つ」


 ……なんだお前その目は。

 なんか腹立つな。こう、微笑ましい目付きって言うか。


「ロアらしいなって思っただけ」

「やかましい。お前も倒してやるから覚悟しておけよ」

「どんとこい! ……で、でさ。一つ相談なんだけど」


 先程までの視線とは百八十度回転し目を泳がせながら呟く。


「その〜、私と一緒に特訓しませんか……? ホラ、私とロアって反対ブロックでしょ、だから二人で協力し合うのがいいと思うんだ。別に他の人たちの情報をスパイしようとかそう言う意味じゃなくてもうちょっと二人きりで作業とかしてみたいなとか一緒にご飯食べて談笑したいなって思っただけで」

「わかったわかった。それ以上自爆するのをやめろ」


 聞いてもいないのに本音を撒き散らしまくったアホが顔を赤くして俯いている。

 さっきまでグイグイ押してきたくせにどうした急に。まあ俺はステルラと二人きりでも全く構わないが……


「そのパターンで行くと師匠が来ないか?」

「……………………たし、かに……」


 俺とステルラはそもそも同じ師を持つ。

 その二人が協力しているのだから師匠が間に挟まっても何も問題ないのだ。故にあの人の感じだと「放って置いていかれて寂しいから混ざりにきたよ」って感じに乱入してくる可能性がある。


「ぐ、ぐぎぎぎ……!」

「俺は二人まとめてでも構わないが」

「ロアはね!!」


 何をムキになってるんだか。

 ここまで可能性を勝手に語っておいてアレだが、師匠も暇じゃないのでそんな毎日参加することはないだろう。あの人立場ある人だから俺たちと違ってやんなきゃいけないことが多いんだよな。


 あくまで可能性。

 実際はほとんどステルラと二人になるだろう。


 …………が、面白いので放っておく。


「あ〜あ、師匠が来ちゃうだろうな」

「私に一時間頂戴。完璧な作戦を考えるから」

「なんでそこまで真剣なんだよ……」

「折角のチャンスなの! ルーチェちゃんもいない、ルナさんもこない、アルくんも近寄らない! ロアと二人になるには今が絶好のチャ……ンス……」


 立ち上がって力説する程度にはやる気に満ち溢れていたのに唐突に静かになって座る。

 

 忘れてしまったかもしれないが、ここは喫茶店である。

 勿論他のお客さんは居るし店員のお姉さんも居るわけだ。


 そんな中大声を出せばどうなるだろうか。


「……ふーん。そんなに俺と一緒に居たかったのか」

「う゛っ」

「クラスも違うしな。飯も一緒に食べたかったのか」

「あ゛う゛っ!」


 机に突っ伏した顔を隠したステルラに勝利宣言をした。

 また一つ勝ちを重ねてしまったな。もちろん俺にも『あのカップル騒がしいな』的な視線は飛んできているが今更その程度気にする筈もない。甘いんだよ、最後の詰めまで計算してこその策略だ。


「あざとい野郎だ。まあ素で晒してる間抜けだから許してやろう」

「…………もうお嫁に行けない」


 どこに行くってんだ。

 逃すつもりはないぞ馬鹿野郎。


「準決勝まで勝ち抜く。そこから一ヶ月の猶予期間があるんだ、確実に勝てるようになるぞ」

「……うん!」

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