第二十五話①

「えー、ルーチェの勝利を祝いまして~」

「祝いまして~~」

「……やめてよ恥ずかしい」


 アルが乾杯の音頭をとり、ステルラが続き、ルーチェが恥じらう。

 なんと素晴らしい青春風景、なんと素晴らしい我が交友。この場が俺の家で、リビングで、死ぬほど持ち込まれたゴミの処理を俺がしなければいけないと言う欠点がなければ完璧だったのに。


「おい待て。なんで俺の部屋になったんだ」

「君が唯一お金を持っていなくて差し出せるものがなかったから」


 正論は時として暴力になるってことを知らないのか? 

 これだから人とレスバしたことのない貴族様は困るぜ、相手の事情も加味してどうにかこうにか受け止めてやるのが貴族の務めじゃないのだろうか。


「ステルラ、援護」

「もー、そんなこと言うならお肉あげないよっ」

「ルーチェ……」

「いい薬になりそうね」


 クソが。

 今日に限って師匠は遠くに出かけてるし、なんで俺はこんなに不遇なんだ。

 いや確かにルーチェが主役だし、アルが俺を気遣う理由も特にないし、ステルラも主賓を立てるのは正しいし……あれ、俺を庇える要素一ミリもなく無いか。


「……はぁ、そんな顔しなくてもお肉くらい食べればいいでしょ。辛気臭い顔しないでよね」

「やっぱお前しかいないわ」


 この圧倒的甘やかし力! 

 普段との差が激しすぎて風邪を引きそうだが、それこそがルーチェの真骨頂。俺が出会った人間の中で一番チョロくていい奴だと思う。


「見たかステルラ。やはりこれくらいの包容力が俺は欲しい」

「ぐ、ぐぬぬ……たまには厳しくしないとロアはダラけるからダメ!」

「ほーう? 嫌だと拒絶する俺を身体強化で無理やり連れ出したことを忘れたとは言わせないぞ。あ〜あ、そのせいでインドア派になったからナ〜」

「嘘つき!」


 頬を膨らませてプリプリ怒るステルラを宥めながら、早速料理に手をつける。

 俺は今回携わってないからよくわかってないが、もしかしてこれステルラが作ったのだろうか。できるとは思っているが、まさかこんな形で幼なじみの手作り料理を食べることになるとは……


「……美味いな」

「本当? それ僕が作ったんだよね」

「クソボケが失せろよホントに」


 気分が絶不調になった。

 お前今度こそゆるさねぇからな。俺の淡い期待を粉々に砕いた上にスプーンに料理を乗っけて「あ〜ん♡」とか言ってきた。今日ここがお前の命日に変身するとは誰もが思わなかっただろう。


「このアホ! 実家に言うぞ」

「はーはっはっ! 好きにするといい、僕は家から見放されてるからね!」

「胸を張るところじゃないんだが……」

「実家のことは兄さんがどうにかするからいいのさ。僕は僕、アルベルトとして見て欲しいね?」

「んぐんぐ……実家?」


 ステルラが首を傾げて聞いてくる。


「そんなに仲良しなの? ロアとアルくんのお家」

「いや、単に脅し文句にしてるだけだ。……なんだステルラ、知らないのか」

「私もロアも一般家庭出身だからねー、ルーチェちゃんのお家がとんでもなく大きいことは知ってるよ」


 その情報は初めて聞いたが、十二使徒ならばまあそれくらいはできるだろう。

 むしろあんな辺境で隠居気味な暮らしをしていたうちのおばあちゃんがおかしいのだ。エミーリアさんとか豪邸に住んでるしな。


「アルベルトの家はこの中なら一番デカい。権力的にも物理的にも」

「一応元公爵家だからね、その程度の影響力は持ってるよ」

「…………公爵家?」

「統一前、グラン公国に於ける最高権力者一族だとでも解釈すればいい」


 本当はもっと複雑だが、今の時代ならこの程度の認識でも十分だろう。


「公爵家って呼ばれてたのは何代も前の話、今は軍部と政界両面に関係者がいる程度の血族だよ」

「グラン家の異端児、なんて呼ばれ方してる男は言うことが違うわね」

「正しい認識さ。別に僕の家や血が優秀なのではなく、受け継いだ人たちがそれぞれ優秀だっただけ。勝手に期待される方が困るけどねぇ」


 チクチク価値観で戦うのやめてくれないかな。

 ルーチェが気にしてないから問題ないのだが、アルは狙って言ってそうだ。


「大体、今の在校生は突然変異の変わり種が多いからね。正統派はバルトロメウス君ぐらいじゃないか?」

「否定はしない。俺もステルラも、ルナさんもそうだ」


 純粋に強い人から、強い人間が誕生する。

 かつての大戦以前ならば幾度となく繰り返された悲劇ではあるが、今の時代となってはそうそう起こり得ない話だ。


「アンタの場合は勝手に変わり種になっただけでしょ」

「ハハ、そこを突かれると痛い。堅苦しい文化を兄が引き受けてくれたんだ、その分楽しまなきゃ損だ」


 兄────順位戦第二位だったか。

 きっとトーナメントが組まれなければ興味を持つこともなかっただろう。最高学年時に一位を取ればいいとしか思っていなかった故に、ほぼほぼノーマークである。


「どんな人だ」

「厳格で荘厳で潔白──を心がけている人」

「本当にお前の兄か?」

「血の繋がりは確かにあるよ」


 なかったら一大事だよ。


「さ、僕の話はここらへんにしておこう。今日の主役はルーチェだからね」

「それもそうだな。よく頑張ったな」

「……ん。ありがとう」


 素直なルーチェは扱いやすいが、それはそれとして茶化してやらないとなんか雰囲気違くてむず痒いので難しいところだ。


「次回が怖い内容だったよ」


 雰囲気が変わった。

 お前空気ぶち壊してるんだけど自覚あるかな。こういうちょっとした祝いの席でしなくてもいいだろ。


 そんな俺の懐疑的な視線は無視してアルは続けた。


「勝ちは勝ち。それは揺らぎない事実だけど────底を全く見せていなかった。これは一考の余地があると思うね」

「……ベスト・・・は尽くした。そう言っていたわ」


 真剣な反省会になりつつある。

 まあ、祝われている本人がいいならそれでいいが……


「ほほう! それはそれは、ふーん……?」

「ふーん?」


 アホアルアホルーチェが並んで顎に手を当てて思案している。


「……ははあ、そういう事か。中々悪趣味だな」

「わざと負けた。そう言いたいの?」

「いいや。わざと・・・じゃない、負けても良かったのさ」


 どういう事だ。


「要は最終的に君の邪魔に繋がればいい。そう考えたんだろうね」


 戦い、敗北する事でルーチェの邪魔になる。

 ……………………それより負ける方がムカつくよな。俺だったらそんな手は取らない。


 負けて煽られる方が圧倒的にムカつかないか? 


「それは君だけだね。煽り耐性も低いし沸点も低いのに自分を冷静沈着だと思い込んでいる異常者だから」

「お前マジで許さないからな。後で覚えとけよホント」


 ロア・メグナカルトは激怒以下略。

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