第二十五話②

 瞬間湯沸かし器の如く茹った俺の脳裏を支配したのは大いなる怒りだった。


 しかし、今はルーチェの話なので飲み込むことにする。

 俺は何時だって冷静沈着清廉潔白質実剛健を地で行く男なのだ。一度煽られた程度で青筋を立てるほど若くはない。


「順を追って説明しよう。まずは前提、『彼にとって負けた場合の損得』だ」

「……トーナメントの出場権とか?」

「いいや。彼は魔祖十二使徒門下だから、初めから出場は決まってるのさ」

「受けて戦うことに意味がある……?」


 ルーチェ曰く、確実に挑戦は受ける。

 そういう奴ではあったらしい。本人たちの間にどんな確執があるのかは知らないが、約束でもしていたのだろうか。

 手を抜いて戦うってことは、対戦相手を舐めているという事。


「ベストは尽くした。そう言っていたんだね」

「…………ええ」

「本気を出したとは言っていない」

「だからと言って手を抜いた、という考えにするのは早計が過ぎる」

「勿論わかってるさ。だからこれは前提──彼は、負けても損をあまりしない。名誉が傷つくくらいさ」


 十分デメリットがあるんだが……

 アルベルトの性格の悪さとベルナールの性格の悪さ、何か共通点があるのだろうか。


「煽った相手に負けるという屈辱はあるけれど、それを引っくり返せる舞台があるとしたら?」

「…………理屈は理解した。だがそこまでして負けて一体なんの意味が──」

「ルーチェへの嫌がらせ」


 嫌がらせ。

 パッと思いつく内容はない。

 わざと負けた後に勝っても、「でもお前負けたじゃん」で論破できるからなんの得があるのだろうか。


「君みたいな図太い人間ならともかく、負けてもいい・・・・・・と考えながら手を抜かれた勝利で喜べる女だと思う?」

「……少なくとも俺がやったら絶交されてたのは間違いない」

「よくわかってるじゃない。死ぬだけじゃ済まさなかったわ」


 ルーチェの機嫌が少しずつ悪くなっている。

 冷気が滲んでいないだけマシか。


「それだけじゃない。ルーチェの手札を晒しつつ、自身の手札は隠す。そういう目的もあっただろうね」

「そこまで計算して負けてたら本当にタチが悪いな」


 考えすぎだとは思う。

 俺はベルナールの本性を知らない。本当にそこまでする悪辣さを持ち合わせているのか、過去にルーチェと何があったのか。


 それを知らない限りは勝手に想像で話すわけにはいかないのだ。


「とまあ確定的に喋らせてもらった訳だけど、これは僕の推測に過ぎない。手を抜いていたという事実はあってもその理由までは定かじゃないよ」

「…………フン、どうでもいいわ。今度は本戦でボコればいいだけよ」


 楽しそうな顔で笑うルーチェ。

 自信がついたようで何よりだ。


「……それに、今は一人じゃないもの」


 …………デレた。

 少し目線を下に逸らして恥じらいながら呟いた。

 お前、何時の間にそんな高等テクニックを身につけたんだ……!? 


「わ、わあ……聞いたロア! ルーチェちゃんがデレたよ!」

「ああ。こんなテンプレート的なスタイルに変貌するとは思ってもいなかった」

「うるさいわね!」


 やけくそ気味にアルの手作り料理を口の中に放り込んでいる。


「あ〜あ、子供の頃のルーチェはあんなに」

「それ以上口を開いてみなさい。二度と立ち上がれない体にしてやる」


 本気の脅しだった。

 アルが珍しく笑みをなくして冷や汗を流しているのだからその本気度合いが理解できる。

 子供の頃のルーチェ、普通に気になるんだが誰に聞けばいいだろうか。後でこっそりアルに聞いておこう。


「参った参った。それで子供の頃のルーチェはね」


 そこまで話を続けて、アルは音もなく崩れ落ちた。

 一撃で意識を刈り取ったらしい。インファイトを仕掛けたり正面突破的な部分もあるが、やはり本質的な部分は暗殺者ではないのだろうか。


 一応回復魔法をかけているステルラを尻目に話を続ける。


「子供の頃のルーチェ、俺は気になるな」

「聞くな。絶対聞くな」

「そう言われても気になる。大切な友人の幼い頃、独占されているのもなんだかモヤモヤする」


 具体的には俺も弄りに参加したい。

 幼少期ネタは鉄板だろ。ステルラはガキの頃、インドア派だと宣言している俺を強制的に外に連れ出す悪魔の子だった。魔法で俺を一方的に打ちのめしてきた事実も忘れてはならない。


 何? 

 俺が無駄に挑発するからだと? 


 …………フン。今日はここまでにしておいてやる。


「……そんなに知りたいの?」

「ああ。お前のことは(ネタに出来るから)なんでも聞いておきたい」

「………………あ、そ。勝手にすれば」


 耳がわずかに赤くなっている。


 今気がついたが、この言い方では俺が猛烈にルーチェに興味を持っているように聞こえてしまう。

 興味があるのは間違いない。だがそれは性的な意味ではなく、良き隣人としていい関係を継続したいがためなのだ。だから何時の間にか隣に立ち若干くすんだ瞳を向けてきている我が幼馴染みへと弁解せねばならない。


「落ち着けステルラ。確かにルーチェの全てを知りたいと発言したがそれは言葉の綾だ」

「……いーもんいーもん。どうせ私はスタイル抜群でもないし芋娘だもん」


 め、めんどくせぇ〜〜〜! 


 ネガティブモードへと突入しもそもそ料理を口にするステルラからは陰鬱なオーラが漂っている。

 今更お前の何を聞けというんだ。世界で一番か二番目か三番目くらいにはお前のことを知ってるぞ。もう聞く必要がないから聞かないだけであり、俺は別にステルラを軽視している訳じゃない。


 などと、俺の内心を並び立てるわけにもいかないのだ。

 これは俺に残ったチンケなプライドが邪魔するからである。師匠にもステルラにも素直に愛情を示すのはなかなか恥ずかしいのだ。ルーチェとかルナさんには気楽に巫山戯られるのになんでだろうな。


「スタイルでいえば一番残念なのはルナさんだぞ」

「最低」


 選択肢をミスったらしい。

 ルーチェとステルラから飛んでくる視線が絶対零度になった。

 冷ややかな視線だ。俺じゃなきゃ身震いしちまうね。


「いや違うそうじゃない。俺は外見で判断してないと伝えたかったんだ」

「……まあ確かに、師匠と一緒にいれば普通じゃ満足しないよね」


 師匠はスタイル抜群だからな。

 ついでに言えばとても美人である。なお中身は伴わないものとする。


「だから違うと言っている。俺は俺を甘やかしてくれる人間全員好いているだけだ」

「一ミリも好感を持てる発言じゃないね……」

「堂々と宣言するあたり潔いよ」


 呆れつつも否定しないあたり、そういう俺の部分を認めているのだろう。

 護身完成、すでに俺を守る砦は築かれた。


「フン。あーだこーだ言う暇があったら俺の事をもっと甘やかして欲しいね」

「…………なんでこんなのを……」

「ルーチェちゃん。もう遅いよ……」


 女子二人がもそもそ飯を食べ始めた。

 復活したアルベルトが俺の肩に手を置いてキザな顔をしている。殴るぞ。


「君、刺された時用に遺書用意しておきな?」

「いやに決まってんだろ。俺は寿命以外で死なないと決めている」

「刺さないよ! ちょっと痛い目にはあってもらうかもしれないけど」


 それは死刑宣告か? 


「ルーチェ。お前は俺を守ってくれるよな」

「……たまには痛い目見た方がいいんじゃないかしら」


 なぜか急に裏切りの目にあった。


 酷く悲しい気持ちになった。

 俺はこんなにもみんなを平等に考えているのに……


 ヤケクソ気味にアルの作った料理を口に運ぶ。

 無駄に完成度が高く美味しい味付けに腹を立てつつ、緩やかな食事を楽しんだ。



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