第二十四話③
実況解説は少し慣れ始めたのか順調に用意を終わらせたらしい。
若干明るい表情になった実況担当がマイクを掴み、高らかに宣誓する。
『さて、両者共に準備は整ったようですので。
十二位、ブランシュ・ド・ベルナール。
九十位、ルーチェ・エンハンブレの順位戦!!
────開始いィッッ!』
先手はベルナール。
自身の周囲に氷柱をいくつか生成しながら、足元より氷山を生み出し会場を埋め尽くさんと動く。
小手調べにしては大規模に感じるが……
「上手い逃げだ」
あえて氷山に足を引っ掛け上へと駆け上がる。
空は自由な空間だ。本来ならば逃げ場所のない悪手だと言われるが、ルーチェにおいてその常識は通用しない。独学とは言え才覚を有した人間が鍛え続けた一つの魔法は、壁を越えることに成功するものだ。
『空中を
前回の俺との戦いより更に洗練されている。
なんで?
薄ら笑いを消し、少し真面目な顔つきになったベルナールが次の手段へと移行する。
「なるほど。薄く魔力の壁を張って踏み込んでるのか」
おかしい。
そんな特訓は一ミリも実行してないが、いつの間にかできるようになっている。
隣にいるステルラを見てみれば満足気な表情で腕を組んでいるので、コイツが仕込んだようだ。
「魔力を込める、抜く、その動作を早く速くやれるように慣れば応用が利くからね。ちょっとルーチェちゃんに伝えたんだ」
「……ん? この理論を展開するなら、君は魔力でシールドを張れるのかい?」
「張れるよ? 防ぎ様のない火力は凌ぐしかないからね」
なおその前提として、その「防げない火力」を上回る魔力量を瞬時に展開できる器用さが求められる。
「そうか、シールドか……その観点はあまり無かったね」
「アル君はどういう戦い方なの?」
「泥臭い戦い方さ。前のめりに動くだけの」
俺たちが話している間にも試合は動く。
だが。
『────砕いた! 砕きました、
正面から相対したルーチェは、ベルナールの氷を叩き壊した。
もう
「……やってやれ、ルーチェ」
お前の人生だ。
散々積み重ねた苦労を、今ここで──吹っ飛ばしてやれ。
────気分が高揚する。
どうしようもない程に昂っている。
楽しんでいる訳じゃない。
ロアと二人で、閉ざされた世界で戦ったときとは違う。あの時はいつまでもいつまでも、二人っきりで混じっていたい。そんな気分に包まれていた。
カタルシス、なんて呼び方をする。
反逆の快楽だ。これまで積み重ねた私の人生そのものが、絶頂を迎えているのだ。
「…………ふふ」
思わず漏れてしまった歓喜の感情をぐっと堪え、冷気が支配する空間で気を引き締め直す。
自身の代名詞でもある氷山が通用しないと踏んだのか、足元の氷が徐々に溶かされていく。
その表情は優れない。
いい気味だ、ざまあみろ。
「どんな気分かしら?
「……やれやれ。これじゃあ悪役だな」
ため息を吐きながら、その手に氷の剣を作る。
飛び道具は効かないから近接戦闘に切り替える、その判断は正しい。遠近両方を一人で熟せる才を持ち合わせるが故の傲慢さだ。
パキパキ音を出しながら、ベルナールの周囲にいくつもの氷剣が展開される。
「成長したじゃないか。ルーチェ・エンハンブレ」
「アンタになんか褒められても何も嬉しくないわ」
高速で飛来する剣を砕きつつ、一歩踏み込む。
踏み込みにて大地を砕き、坩堝全体を揺らす大きな衝撃を伝える。
一息吸い込んで────前進する!
自分の才覚が望んだものでは無かった。
それでも、この瞬間だけは好きになれた。
全て真っ白に染まり、雑多な情報が全て消え失せたここだけは。
「私が────」
全身全霊なんて、賭けてあげない。
私が嫌いな人間に、私の全部を賭けることなんてしない。
積み上げてきた恨み、妬み、負の感情と呼ばれる全て────今、ここで清算してみせる。
私自身が認識できない速度で加速し、これまでの感覚通りに足を振るう。
『努力は嘘を吐かない』。
私が一番嫌いな言葉で、一番好きな言葉だ。
……好きになったと、言い換えたほうが良いかもしれない。
好き勝手振る舞って、そのくせ人のことをいい奴だのなんだの言って揶揄ってくる女泣かせ。
奴のせいだ。全部全部、あいつのせい。
「────勝つの!!」
取り戻した意識と景色を瞬時に把握し、ベルナールに向かって踵落としをお見舞いする。
避けきれないと判断したのか受け止める姿勢に素早く整えるが──遅い。
氷の剣を砕き、肩へと足をたたき込んだ。
地面が崩落し腰辺りまで大きく陥没した姿を逃さずインファイトを仕掛ける。
剣の生成を並行しつつ捌こうとするがその表情は苦悶に満ちている。
ダメージは通ってる。大丈夫、問題ない。
「──やるじゃないかっ!」
「おかげさまでね!」
鋭く人体を裂くのに適した形の氷を整え振るうがそれは悪手だ。
自身の代名詞すら信用できなくなった男に負ける理由はない。
一瞬、わずかに視線をずらし後ろへと移動しようとした隙。
踏み込んだ足から氷をわずかに展開して、ベルナールの足が引っ掛かるように調節する。
焦りからか確認を怠ったのか、予想通りまんまと引っ掛かった。
「しまっ────」
二の句は継がせない。
腰を深く沈め、腕に力を込める。
右腕を思いっきり引き、十分な溜めを用意できた。
後ろに滑るような形で転がるベルナールに対し、思いっきり────叩きつけた。
砂塵が舞い、土砂が崩れ、大地が割れる。
確かな手応えを感じた。私にとっては未経験の初めての感触だった。
「…………頭でも冷やしてなさい」
大地へ沈んだまま動くことのない奴に吐き捨てて、腕を掲げた。
『────勝者、ルーチェ・エンハンブレッ!! 九十位から十二位へ、奇跡のような繰り上がりだ!! 下克上が成った!!』
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