第二十四話②

「……まさか君と戦う日が来るとはね」


 腹の立つ苦笑いと共に言葉を吐き出した。


 幼い頃から劣等感に塗れていた。 

 周りの視線と自己評価の相違に気が付くことも無く、自分は偉大な両親の血を受け継いでいると確信していたあの頃。間違いなく自分も後を継げると思っていた幼き頃。


「家を飛び出して早数年────僕は生まれ持った才を育てる為にも、師の元に弟子入りした。君はどうしていた?」

「決まってるでしょ」


 相変わらずムカつく男だ。

 自覚しているのかしていないのか、そこはどうでもいい。だがとにかく癪に障る男だった。

 昔からそうだ。人の事を小馬鹿にするような態度と仕草、そして言葉遣い。表面上を取り繕っただけの薄っぺらな仮面の底には他者への絶対的な侮蔑が含まれている。


「アンタをぶん殴るために必死だったわ」


 母様も父様もそこに目を瞑った。

 私が才能を持ち合わせなかったばかりに、諦めさせるためにもそうしたのかもしれない。


 現実の難しさ、夢の重圧。


 本人がどれだけ願っても叶わない事がある。


「見掛けだけのクソ野郎。死んでも楽しんでやらない・・・・・・・・

「……やれやれ、嫌われたものだね」


 会場の盛り上がりは既に消沈した。

 好き勝手に他者の因縁を面白がり、レッテルを貼り付けるこの文化が好きじゃなかった。

 他人に失望されるのが嫌いだ。私だって努力しているのに、どうして責められなければいけないのか。それこそ死に物狂いだったのに、どうして皮肉を言われなければいけないのか。


薄氷フロス、ね。君らしい名前じゃないか』


 うるさい黙れ。


 自分が一番理解っている。


 自分自身に期待するのが嫌いだ。

 どこかの誰かさんのように、あーだこーだ文句を言いながら何かを通せる強さは無い。


 息を一度整えてから、ゆっくりと吐き出す。

 吐息に混じる冷気。血は嘘を吐かず、私には正しく受け継がれている事を証明している。どうしようも無い程に悪い組み合わせになってしまっただけで、受け継がれているのだ。


「…………始めましょう」

「僕も準備オッケーだ。何時でもどうぞ」







「正面から戦えば負けるだろうね」


 静まった会場内。

 嵐の前の静けさ、まさしくそう表現する他ない空気感へと変貌している。

 明らかに確執がありそうな睨み方をしているルーチェにそれを飄々と受け流しているブランシュ。


 登壇したキャストを放置し、アルが楽し気な表情で語る。


「そう言ってやるな。戦意が下がる」

「逆さ。ルーチェが素直に聞く訳無いじゃないか」


 ケラケラ笑っているが、聞き耳を立てていたのかルーチェが明らかに此方を見ている。

 もしかしなくても俺もターゲット扱いされているのか。自己主張の激しい青筋と眉間に寄った皺が殺意を如実に表していて怖い。


「おまえ終わったら覚悟しとけよ」

「怖いねえ……僕の知ってる淑女ってのはお淑やかで慎ましい気性だったよ?」

「実家が太くて良かったな」

「利用できるモノはなんでも使う性質タチでね」


 もうやだこいつ。

 ただの金持ちじゃないのはわかってんだぞ。このクサレ公爵一族め。


「ああでも、子供の頃のルーチェは静かで気品のある子だった気がする」

「パーティーか?」

「その通り。僕はご覧の通り後継としては不合格だからね、あくまで兄が主賓だったよ」


 どうりで謎の情報ラインを持っているわけだ。

 子供の頃のアルはこんな風じゃなかった筈なのにどうしてこうなってしまったのだろうか。


「ブランシュ・ド・ベルナール。恵まれた血統があるわけでもなく、一般家庭の出自。それなのに魔祖十二使徒門下に入れたのは本人の才覚とそれを活かす努力を重ねたからだね」


 個人情報とかそう言う概念はやはり持ち合わせていないらしい。

 いやまあ、噂程度なら俺も耳にしたが……そんな出自とかそこまでは興味ねぇよ。お前絶対実家特定済みだろ。


「ジャンルで言えば君のお姫様と一緒さ」

「だが、アイツほどのイカれではない」

「イカれって何さ!」


 いつの間にか横にいたステルラに話を聞かれていたらしい。

 ポカポカと肩を殴ってくる。身長は俺が唯一勝っていると言っても過言ではない部分なので堂々と見下ろしてやるのさ。体格差による圧迫感と屈辱を味わうがいい。


「確かにそれもそうだ。いまだに魔法を素手で弾いた仕組み理解してないんだけど、アレってどう言う理屈なんだい?」

「知覚されない程度の魔力を一瞬だけ直撃する部位に展開して弾いただけだよ」

「…………??」


 アルが笑顔のまま固まっている。

 現実を受け入れるのに必死なようだ。


 要約すると、今回ルーチェにひたすら積ませたトレーニングの完全上位互換である。


「……雷魔法ってさ、直撃だけがダメージ源じゃない強力な魔法だよね。速度と比例しない拡散性能の所為で難易度が高い、それ故に使い熟せれば防ぐのは難しいって言う…………」

「いやだなー、雷魔法の動き方くらいなんとなくわかるもん。私、紫姫ヴァイオレットだよ?」


 現時点で世界最強の雷魔法使いは師匠だが、それと比肩するのが我が幼馴染み兼宿敵兼悪魔である。

 紫姫ヴァイオレットの名を継いでいるのは伊達ではないのだ。そう言われるほどの実力を兼ね揃えているからこそ呼ばれるのである。


「十二使徒の二つ名を継いでるのは皆こんなのばっかりだ」

「…………君、よくヴォルフガング君に勝ったね」

「運が良かった。次はないな」


 今更俺の凄さを認識したか。

 ヴォルフガングが俺に負けた姿を見て勝てると踏んだのか、何人もの同級生や上級生が挑み──土を舐める結果となった。阿呆共め、俺が勝てたのは完全初見であり相手が対策を少しでも練らないように立ち回ったからだ。


 何かを極めているわけでもない凡人が甘い考えを持ったまま戦っていい奴じゃない。


「そんなお姫様に扱かれてたなら──ルーチェにも希望はあるね」


 実況席の方を横目で見れば、なんともまあ豪華なメンツが揃っていた。

 なんで魔祖十二使徒が普通にいるんだろうね、この学園。和気藹々としてるし、お菓子食ってんじゃないよ。


 実況者は死んだ目で胃のあたりを摩っている。

 誰か労ってやれよ。俺はやんないけど。

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