第二十四話①

「君がロア・メグナカルトで合ってるかな」

「……そうですが」


 マジで見覚えのない人に話しかけられた。

 俺も有名になったものだ。幼い頃から承認欲求は薄い方だが、誰も彼もが俺の存在を知っているというのも心地いい。


 有名になった末路に明るい未来が見えないからだろうか。俺は自分自身で宣伝する気はないし、誰かに評価しろと強請る事もない。

 ありのままの俺を見てくれる物好きさえ居ればそれでいいのだ。


「ふ~む…………ルーチェと仲がいいそうだね」

「家族の方ですか」

「ああいや、家族ではない。顔見知りではあるけど」


 ……………………。


剛氷アイスバーグ────ブランシュ・ド・ベルナール。順位戦圏外の俺に何の用ですか」

「もしかして僕の事知ってた? 参ったね、そんなつもりで来た訳じゃあないんだ」


 肩を竦めながら苦笑を浮かべる。

 警戒している訳ではない。だが、俺が仲良くしていい立場ではない。

 ルーチェのメンタルが鋼だったら仲良くしても怒らないかもしれないが、少なくとも『倒さないと色々ヤバい相手』と俺が認知しているのにも関わらずそっちのけで仲良くされては良い気持ちはしないだろう。


「聞きたいことが有ってね。ルーチェが僕に順位戦を挑もうとしてる、そんな噂を耳にしたのさ」


 どこから漏れたんだよ。

 教室で話してる時だな。別に隠してる訳でもないし別にいいんだが、そこでどうして俺に来るのか。本人探せばいいじゃん。


「だとしたら、どうします?」

「……どうもしないよ」


 白い髪を柔らかく靡かせつつ、ブランシュは続けた。


「僕に出来るのは待つことだけ。一歩踏み出す勇気が付いたなら、改めて来て欲しい。そう伝えておいてくれ」

「……アイツは受ける事を確信していたが」


 そう言うと、少しだけ驚いた顔をした。


「…………そうか」

「ええ」


 足を動かす。

 これから飲み物の差し入れをしないといけないからな。ここでうだうだしている訳にもいかない。

 まあ、アレだな。ルーチェの言う程クズで最低な奴と言う印象は受けなかった。表面上だけの付き合いだから、かもしれないが。






「という訳でさっき会って来たぞ」

「…………は?」


 魔力切れでぜぇはぁ言ってるルーチェに飲み物を差し出して自分も飲みつつ報告する。

 俺はあンま〜〜い飲み物より少しほろ苦い程度を好むのだが、今日はお店の人が間違ってゲロ甘砂糖尽くしトロトロジュース。クソが、間違えるならせめてもっとマシなのにしてくれよ。


「…………ステルラ。飲め」

「ありがとうっ」


 ニコニコしながら俺が口を付けた場所から躊躇いなく飲み、ジュースが喉を通過したあたりで微妙な顔をしている。


「……あま」

「お前が言う程性根が腐っている風には見えなかった。少し会話しただけだから上手いこと隠している可能性もあるが」


 仰向けで天井を眺めていたルーチェは身を起こす。


「お前のことを待っている、とも言っていたが」

「…………あっそ」


 拗ねるな拗ねるな。

 誰もお前の味方をやめるとは言ってないだろ、これだからコミュ障拗らせ野郎はよォ〜〜〜。無言でルーチェの前に立ち、膝を折って視線を合わせる。疲労感で朦朧としているのか、どこか空虚な瞳だ。


「進捗はどうだ」

「結構捌かれるようになっちゃった。全力の八割くらい」


 ステルラの八割を捌けるのか…………

 もう俺より強くね? 勘弁して欲しいんだが、なんでコイツらはそんなに習得するのが早いのだろうか。俺はステルラとの戦闘をずっと避けているからどうなるかわからないが、全力(氷以外、使用できる魔法全てを含む)の八割とか捌ける気がしない。


 今は奥の手が存在するから勝ちの目はある。

 だが素手で相対するのはぜぇ〜〜〜〜ったい無理。勝ち目がない。

 俺は勝てる戦いしかしないんだ。


「明日朝一番で殴り込みだ。向こうの教室まで行くぞ」

「……一人でいいわ。いいえ、一人がいい」


 鋭い視線で返してくる。

 いいね、バチバチしてる。

 こんだけ漲ってれば気持ちで負けることはないだろう。あとは実力で弾き返すしかない。下馬評は圧倒的に負けだろうが、んなもん吹っ飛ばすだけだ。


「フッ……今日はルーチェの家で飯だ。俺が作ってやろう」

「明日は雪かしら」

「たまには労ってやろうと言う俺の優しさに泥を塗ったな」

「冗談よ。……それは、勝ったらにして」


 要らない、とは言わないんだな。

 素直になってきたじゃないか。ツンツンしてるルーチェも俺は好きだが、ツンツンの中に少しずつ素直さがにじみ出てきて本来の性格の良さが分かる方が好きだ。一から十まで全部説明するような物語より、匂わせる程度の描写が特徴的な物語が好みだからな。


「むむむ……、私も食べたい!」

「食い意地張ってるな。太るぞ」


 女性に太るは禁句だったな。

 以前師匠に言ってボコボコにされたのを忘れていた。やはり師に似て電撃をすぐ出してしまう癖があるようだ。

 ステルラは師匠と違って優しいから出力をめちゃくちゃ抑えめにしてるのでノーダメージである。見た目的には若干焦げてるかもしれないが俺は電撃耐性だけはアホみたいに高いからな。


「冗談だ。そんなに俺の手料理が食べたいのか」

「うん」


 …………そうか。


「まあ、気が向いたら作ってやる。お前の好みが変わってなければな」

「ロアの作ってくれる物ならなんでもいいな」


 ……………………そうか。


「チッ……何イチャついてんのよ」

「妬いてるのか? かわいい奴だな」


 魔力が切れているとは言えルーチェは武術の達人である。

 胴体を突き抜ける衝撃は一般男性のものと比べても数段上であり、それすなわち俺の腹筋を通り越し内臓へとダメージが入ることを意味している。


「ぐ、おおおお……!」

「自業自得ね」

「自業自得だね……」


 内臓は鍛えようがない。

 その弱点を的確に突いてくるとは……末恐ろしい奴だ。


「あ、ヤバい。さっきの飲み物出る」

「キモ……」


 お前がやったんだからな? 

 あまりにもストレートな暴言に俺の涙腺は刺激され涙を流し始めた。こんなにも惨めな思いをなぜ俺がしなければならないんだ。俺はただ純粋にルーチェを揶揄いたかっただけなのに……! 


「おのれ世界の不条理。俺は認めない、これが世界の本質だとは」

「いつもの発作だね」

「コイツなんでこんなんなの……?」

「そのこんなん・・・・を甘やかしてくれるお前らはやはりいい奴だ。俺が選んだだけはある」

「誰目線なのよそれ」


 頭に手を当ててため息を吐くルーチェ。


「気は紛れたか?」

「頭が痛くなりそうね」

「それは大変だ。俺が手当てしてやろう」


 手当てというのは、文字通り手を当てることでなんとか効果が発揮され痛みが和らぐから手当てを言うらしい。

 ルーチェの頭に手を当てる。


 頭を撫でられて気持ちよく感じるか否か。

 これは個体差が存在する。より具体的に言うなら幼い頃の経験や異性との交友関係、そう言ったものだ。甘えたがりの寂しがり屋なんかが分かりやすい例だ。誰かに優しくして欲しい、慰めて欲しい、かまって欲しい。誰もが持つ原初の欲求であり、誰もが抱える心の内である。


「よーしよしよしよしよし」

「台無しなのよね」


 わしゃわしゃしてから手を上に離せば静電気で髪が浮き立つ。


「ハハっ」

「死ね」


 二度刺す、か。

 虫の中には人を二度刺すだけで殺せる猛毒を持つ個体もいる。

 ルーチェはそう言う類だ。俺の腹を二度も潰した攻撃の余波は確実に全身を蝕んでいる。


「それは怒られると思うな」

「す、ステルラッ……俺を助けてくれ」

「しょうがないなぁ」


 チョロいぜ。

 これが幼馴染みパワーだ、覚えておけよルーチェ。

 この安心感と安らぎが俺を覇道へと誘った。あれ? 全然安らいでないじゃんか。むしろ巻き込まれてんだよな。


「そう言えばロア、トーナメント出場確定してる人達のことは調べた?」

「どうした藪から棒に」

「ルーチェちゃんが勝った後のことも考えないとさ、準備しないと大変でしょ」

「……調べてはいない。アルに聞いた」


 なかなかに面白い話だった。

 一番上から順番に、おそらく確定しているだろう人物たち。


「テリオス・マグナス。

 テオドール・A・グラン。

 ソフィア・クラーク。

 マリア・ホール。

 プロメア・グロリオーネ。

 アイリス・アクラシア。

 とりあえず俺が聞いたのはこれくらいだ」


 人の名前を覚えるのは得意ではないが、何度か聞いていれば流石に覚えられる。

 授業の合間を縫って教えてもらったのだが誰と当たっても苦戦は免れない。それくらいの強者たちが集まっている。


「どいつもコイツも天才ばかりで腹が立つ。もう少し俺に手心を加えてくれなければ泣く」


 実際に戦うのはもう少し後だが既に絶望している。

 絶対強いじゃん。試合映像とか無いからどうにもできないけど百%強いじゃん。


「連戦はしたくないな……」

「全くだ。二日ほど日を跨いでからゆっくり戦わせてくれ」


 俺は相手に対して対策できることがないからな。近づいて斬る、それ以外に作戦はない。

 故に対策を取られてもそれに対応できる程戦い方は豊富ではないし、なんならヴォルフガングとの戦いで既に手の内を晒しまくっている。


「肝心のブランシュの情報を全然知らないんだが」

「バカでかくてバカ硬い氷を扱うわ」

「わかりやすくていいな」


 小技を効かすと言うより火力といった方向性か。

 そのくらいわかりやすい方がいい。才能ある人間が小技を使うとか勘弁して欲しい。凡夫に抵抗できる僅かな可能性を消し飛ばしている。


「……今なら、やれる」


 拳を握りしめ、楽しそうに笑いながら呟いた。


「今なら、勝てる」


 ……怖ぇ〜。

 俺と戦うときこんな感じだったよな。

 やっぱり戦闘に狂ってる節がある。ルーチェもヴォルフガングも、十二使徒の子供ってのはこれがデフォなのか。


「感謝するわ、ステルラ・・・・

「がんばってね、ルーチェちゃん」


 おお……

 コミュ障二人が仲良くしている。

 喧嘩してるような仲よりこっちの方がずっといい。俺はそう思う。


「両親は見にくるのか?」

「……来ないわよ、ただの順位戦だもの」


 前に来てた気がするけどな。

 て言うかこないだ来たときに絡まれなかったのが奇跡だ。

 あんな公衆の面前でイチャイチャしてて親御さんに怒られなかったのが何よりも助かった。やはり娘交友関係に口を出しづらいのはどこも一緒なのだろうか。いや待て、試合中の言動だけで見れば俺はそこそこストレートなイケメンだ。「まともそうだね」で結論が出て特に触れなくていいと言う判断をしたのではないか。


 普段の俺と試合中の俺は大分差がある。


「来るといいな」

「…………そうね」


 少しだけ残念そうに、それでいて嬉しそうに呟いた顔が印象に残った。









 ────翌日。


『────さァ、注目のカードです! 

 十二使徒門弟が一人、ブランシュ・ド・ベルナールに対するは────』


 坩堝にて、会場の盛り上がりが最高潮に達すると同時に入場してくる。 

 冷たく鋭い刃物のような雰囲気を漂わせ、近づこうとする者を悉く斬り付ける冬の辻斬り。


『魔祖十二使徒第四席・第六席が三女!!』


 その名を堂々と掲げ、一歩前へと踏み出した。


『ルーチェ・エンハンブレッッッ!!』


 因縁へと。


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