第二十三話②

 ああ言えばこう言う。

 くどい奴だ、俺はこの話題からさっさと次に変えたいのに。

 こうなればルーチェに話題を転換して押し付けるか。順位戦の話に切り替えれば問題ないだろう。


「それはそうとルーチェ。お前何時申し込むんだ」

「…………来週には」


 随分と弱気だな。

 今のうちに堂々と申し込んでおけばいいだろうに、乗り気じゃないらしい。


「まあまあロア、きっとルーチェにも考えがあるんだよ。決してビビってるとかそういう訳じゃなく゛ェ゛ッ」


 潰れた声を発しながら床へ沈んだアホは放っておいて、ルーチェの事情でも推察しようか。


 ぶっちゃけた話考えるまでも無いが、コンプレックスの要因となった人間に対し『戦いましょう』と言えるのは相当心臓が強い奴だけだ。

 ルーチェの心臓が強い訳もなく、図太さも無いし繊細だしメンタルズタズタのボロッカスなので無理に決まっている。じゃあどうやって挑むんだよと言われると────……どうやって挑むんだろうな。


「……来週じゃ遅いな。三日後だ」

「…………三日後、ね。そうするわ」


 自分でも思う部分はあったのだろう。

 反論なく受け入れたし、切っ掛けが欲しかったのかもしれない。


「そもそも確実に受けて貰えるのか」


 そこが不透明だ。

 いくら確執が存在するとは言え、ルーチェは現時点で九十位の格下である。十二使徒門弟として既に選ばれているとしてもわざわざ戦うリターンが見えてこない。


「受けてくれなかったら詰みだ」

「受けるわ」


 ……そうか。


「必ず受ける。

 そういう奴なの」


 確信を抱いているならいい。

 後に待ち受けるトーナメント、そこにルーチェが参加するのかしないのか。俺達は前座すら迎えていない準備段階に過ぎないのだ。準備にすら参加出来ない、なんてかわいそうだと思わないか。


 俺は戦いたいとは思わない。


 だがルーチェは別だ。

 ルーチェは友人であり、イイヤツであり、俺に対して好意的な言動を示してくれる。

 自分に対して好意的な人間に対して悪意を持つわけもなく、手を差し伸べるのは当然の行動だろう。


「ならいい。手でも握ってやろうか?」

「いらない。その位自分でやる」


 不敵な笑みを浮かべながら闘志を漲らせている。


 相手には回したくないな……

 どいつもこいつも戦いになった途端ギラギラしてやがる。

 価値観の相違で済ませられる話ではなるが、狼共の群れに放り込まれた羊の気分だ。出来るだけ俺にヘイトを寄せ付けないで貰いたい。


「じゃあステルラにもっと厳しくて良いって伝えておく」

「……程々にして」

「程々じゃ意味が無いだろ。生きるか死ぬか、殺すか殺されるか。その狭間を交差するからこそ伸びるんじゃないか」

「なんでこの時代にこんな価値観が生まれたんだろうね」


 えぇ~~。

 俺はこうやって育ったからな。

 お前らもこうやって強くなれる手段があるのはいいじゃないか。逆に言えば俺は既にこの手法で強くなれる限界に到達しているから他の連中は伸び代しかないという事だ。


「未来は明るい。エイリアス式スパルタ鍛錬として塾を開くか」

「児童虐待で訴えられるのがオチね」

「死んでも生き返れば死んだとは言わないんじゃないか」

「それは殺人って言うのよ」










 放課後になり、ステルラとルーチェが移動した後。


 正直氷魔法について勉強不足なので図書館まで本を借りに来た。

 こういう時専門的な書物がたっぷり保管してあるのが非常にありがたい。俺は貧乏だからな、収入ゼロなので本を買う金すら持ち合わせていない。普段読んでる本? あれは師匠に買ってもらってるからノーカン。


「教科書教科書教科書…………」


 しかし、広い。

 本は物理的にも場所を取るから、国で一番の図書館を作るともなれば相応の土地を要求される。

 こんな首都の中心部に堂々と作れたのは国を平定した功績からなのか、行政的に鑑みて問題ないと判断されたのだろうか。


 俺は子供ではあるが、街一つ作るのにとてつもない労力が支払われる事くらいは理解している。


 ……一度、魔祖と話をしてみたい気もする。

 学園長として数十年務めてきて、彼女は変わったのだろうか。

 俺の記憶は確かに過去の事を精彩に映し出してくれているが、果たしてそれは今でも通用するのか。


 英雄を絶対視しないと誓った筈なのに、気が付けば記憶を頼りに生きている。


「…………愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。その通りだな」


 頭をぶんぶん横に振って、思考を切り替える。

 俺は賢者にはなれない。それは幼い頃に悟っていた。

 だからこそずっと、それこそ無意識に────英雄を盲信していたのか。


 気が付けた。

 それだけでいい。


 俺はそのまま盲信するのではなく、その記憶を元に自分の答えを導き出せる。

 ほんの少しの差だがその少しが大切だと、俺は思う。


「まだまだ子供だな……」


 師匠と長く過ごし、ロカさんに会い、エミーリアさんに出会った。


 俺は英雄じゃない。

 では、この思考は一体誰の物だ。


 ステルラに抱く感情は、ルーチェに懸けた思いは、ルナさんが見た俺は。


 悩むまでも無い。

 俺は俺、ロア・メグナカルトだ。


 …………しかし、今回は・・・急に来たな。

 時々来るのだ。特に不調でも何でもない時に、ふと思い詰める。


 以前にもあったような気がするし、これが初めてかもしれない。

 そんな不透明な浮遊感が胸の内を巣食っている。


 俺以外の誰かの記憶があるのが原因だろう。


 少なくとも俺はそう思っている。

 子供の頃は無邪気に「前世の記憶」なんて考えていたのに、今は負担であり祝福である。

 別に苦しんでたりはしないんだがな。ただ、ふとした瞬間に浮かんでくる。


 それだけだ。


 俺がそうしたいから、こうやって人の手助けをしている。

 面倒くさがりな俺もお節介を焼く俺も、矛盾しているがどちらも俺だ。


 以上、言い訳終わり。

  

 目当ての本を手に取って図書館を後にする。

 貸出は魔力で自動的に判別してくれる便利機能になっている。

 肉体的な修行は既に習熟したと言ってもいいだろう。それよりも俺に必要なのは魔法的知識。


 対策も兼ねてルーチェの訓練にも生かせる、正に一石二鳥という訳だ。


 ヴォルフガングとの戦いで目の当たりにし、ルーチェとの戦いで相性を理解した。

 待ち受けるステルラに対策しないのは愚の骨頂、努力を忌み嫌う俺ではあるが――――それ以上に敗北が嫌いだからな。


 ルーチェがギラギラ闘争心を剥き出しにするように。

 

 俺も奥底で煮えている想いがあるのだ。


 ただアイツに勝ちたい――――そんな純粋な感情が。

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