第十三話②

 会場内は既に埋まっており、一体誰が宣伝したんだと言いたくなる程度には注目を浴びている。

 見知った顔もポツポツいるので、まあ……察せる。


「いい舞台だ。自分の努力を見せるにはちょうどいい」

「そうね。前はこんなに盛り上がらなかったのだけど」


 それは俺達の所為なので、チクチクするのは勘弁してほしい。


「同じくらい沸かせてやればいい。集まった連中に、『ルーチェ・エンハンブレ』を見せつけてやればいいんだ」

「会場が凍えてしまうかもしれないわね。氷像が一体生まれるだけ」


 薄く笑いながら話すルーチェ。

 大分吹っ切れてるみたいだな。少なくともプレッシャーでガチガチって事はない。

 これが名も知らぬ相手だったら舌打ちくらいするが、相手は友人である。


「あ~あ、先日のルーチェは可愛かったのにな」

「半殺しで済まそうかと思っていたけど、を殺すことにしたわ」

「なんて苛烈な告白なんだ……情熱的だな」

「ロマンチックでいいじゃない」


 ……嫌な予感がヒシヒシとしてきた。

 全く動揺無し。それどころか戦意をどんどん漲らせている様子である。


「ロア」


 会場の声を全て無視してルーチェは続ける。


「私を見てくれる?」

「今は」


 今この瞬間、俺はルーチェ・エンハンブレしか見ていない。

 他の人間の事を考えられる程気を抜ける相手ではない。


「今だけ?」

今はな・・・

「…………そう言うと思ったわ」


 うだうだ駄々を捏ねたが、焚きつけたのは俺だ。

 そうして考えた末に俺を相手に選んだのだから、責任を取らざるを得ない。その程度の誠実さは持ち合わせているつもりだ。


 俺は星を追い続けると誓ったのだ。

 で、あるならば。それ以外に目を向けさせたいのなら、相応の事をしてもらおうじゃないか。


 ルーチェの魔力が高まっていく。

 少しだけ感知できるからバルトロメウス程ではないが、十二分に高い魔力値だ。

 部屋を氷漬けにしていた事もあるし警戒しておくに越したことはない。


「私」


 口から冷気漂う息を漏らしながら、呟いた。


「こんなに楽しみなの、初めて・・・よ」


 お前、そんな風に笑えるんだな。

 いいじゃないか。眉間に皺寄せて不機嫌なお前よりよっぽどいい。


「なら良かった。楽しんでいこうか」

「ええ。楽しみましょう」


 実況席から始まりの合図が鳴る気配は無い。

 馴染み深い魔力がそこから感じ取れるのでなんだかんだ観にきてるのだろう。ていうかあの場所、よく考えなくてもヤバいメンバー集まってないか。気付いてない振りしといた方が良いな。


「────起動オープン、光芒一閃」


 祝福に籠められた魔力が解放され形を成す。

 前回は見た目のインパクトも重視して時間をかけたが今回は違う。素早く武装展開、さっさと戦う事を意識する。


 氷属性と戦うのは久しぶりだ。

 師匠が戯れに全属性コンプリートとかはしゃいだ時以来。

 あの人俺の事をなんだと思ってるんだろうな。いや、それなりに大切に思われてるのは理解してるが。


「考え事かしら」


 腕が反応した。

 顔面目掛けて放たれた拳を光芒一閃で防ぎ、後ろに避ける。

 速い。身体強化を施したにしたって相当な速さだ。バルトロメウスの風弾よりも初速が上。


 距離を取ったのにも関わらず、躊躇いなくかかと落としを放ってきた。

 いや、待てよ。射程が絶対的に足りてないのに攻撃を放つ理由は何だ。まさか適当にやった訳じゃないだろ、とすれば────どうにかこうにか届かせる手段がある。


 今から後退するのは間に合わない。届くと仮定してその位置まで光芒一閃を移動させ防御態勢を整える。


 予測通り、ルーチェのつま先から伸びた氷が眼前まで迫るが問題なく破壊する。


 着地の隙間を狙って剣を振るっても、それは容易に回避された。

 呼吸を整える暇もなくインファイトを仕掛けてくる。見切れないが、見切れない分はで対処する。一撃二撃程度は貰うのも勘定に入れてとにかく受け流す。


 数十は打ち合い、僅かな息切れを見計らって後ろへと下がる。


「……ほんと、似た者同士だな」


 指抜きグローブと同じ形状のメリケン氷、そして足に纏ったスリムな氷鎧。

 遠距離戦を捨てた超近距離戦特化。扱う武器が違うだけで、俺とは相性が良いようで悪い。


「私の氷はね。どれだけ凍らせても、どれだけ固めても壊れるの」


 さっきのやり取りでほぼ毎回破壊していたのだからそれは理解している。

 生成速度が恐ろしく早く、ほぼタイムラグ無しで氷を生み出している。しかも鋭く、人間の身体程度は容易く貫通できる硬度。


「母様とは似ても似つかない魔法性質。

 絶対に凍らせて固める氷に、中途半端に水が混ざり込んだ結果よ」

「ゆえに薄氷フロスか」

「そう。幾ら固めても無駄なら、最低限の値をとにかく上げて────何度でも作り直せばいい」


 胸の前で拳を合わせ更に鋭さを増す。

 殺傷力高すぎないかそれ、出来るだけ苦しむような設計になってる気がするのは俺だけだろうか。目が笑ってないのに口元が微笑んでるのが恐ろしい。


「無粋だったな。謝ろう」

「気にしてないわ。今は私の事だけ見てくれるんでしょ?」

「今ばかりは、お前しか見えないさ」


 ていうか気を抜いたら一発でヤられる。

 身体強化の精度と格闘戦の技術が鬼高い。かつての英雄の記憶でも、最強とまでは言わないがそれなり以上の強さだ。今の俺では手を抜くは愚か普通に負ける可能性がある。


「……もっと」


 ぐり、と拳を握り締める音が聞こえた。


「────もっと早く……」


 喜びと悲しみが混じった浮かべた表情で突っ込んでくる。

 こ、怖ェ~~~~。さっきは数発喰らう事すら想定するとか言ったが、これは無理だ。勿論耐える事は出来るだろうが、一発喰らってしまえば喰らった瞬間にラグが発生する。


 消耗を待つか。

 常に全力で動くのは疲労を招くし、先程のように一息吐くタイミングがある筈だ。

 そのタイミングを狙って一撃入れる戦法ならば……


『こんなに楽しみなの、初めて・・・よ』


 脳裏に浮かんだ先程のルーチェの言葉。

 楽しみ、楽しみか。それは俺を殴れるからか。それとも、ルーチェ・エンハンブレのみを見ると言ったからか。

 一体何を以て楽しみだと言ったのだろう。ルーチェはこの戦いの何を楽しんでいるのだろうか。


 俺の何を期待して、楽しんでいるんだ。


「────ああ、くそ」


 ルーチェの拳に合わせて剣を振りかざす。

 鍔迫り合いのような形になり氷を削る傍から生成していくのでどんどん冷気が周囲に散らばっていく。諸刃の剣すぎるだろ、お前。自分にだって影響あるだろ、その魔法。


 一度互いに離れて、再度戟を繰り返す。


 戦うのは好きじゃない。

 出来る事なら安全圏からチクチク攻撃を入れて、痛い思いをしないように立ち回りたい。こんな真正面からやり合うのは俺の性分じゃないんだよ。

 

 この学園に来てから自分を捻じ曲げてばかりだ。

 自分を曲げるのは嫌いだった筈なのに、気が付けば自分にとって不利な事ばかりやっている。天才共と渡り合うために磨いた技術と肉体はそれに耐え得るかどうかなんて気にせずに、正面から受けて立とうとしている。


 英雄なんて呼ばれて驕ったか。

 俺はそんな大層な人間じゃない。


 どいつもこいつも真っ直ぐ生きやがって。

 俺が否定したかった生き方を肯定してくる。こんな辛い道を歩まなくたって、弱いままでも良かったというあり得たかもしれない未来を。


 歯を食い縛って、光芒一閃を幾度となく振る。

 

 俺の八年間に対し、拳の連撃で対応するルーチェ。

 わかってる。俺の八年間の密度を通り越していくのが才能だ。散々味わって来たし、これからも沢山舐めさせられる。


 お前の努力だって理解してる。

 今この瞬間、互いに叩きつけ合う威力が物語っている。

 魔祖十二使徒から授かった剣と俺の八年間を叩きつけているのに、一方的に押し通す事が出来ない。


 悔しい。

 悔しくて堪らない。


 こんな風に思う事が俺らしくない筈なのに、とにかく悔しくてしょうがない。


 お前もそうなんだろ、ルーチェ・エンハンブレ。

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