第十三話①

「…………ふん」


 息を一度吸って、吐く。

 魔法を扱う時は何時だって冷静に、意識することなく淀みなく発動できるように研磨してきた。


 そんな程度じゃ足りない、もっともっと上を目指しているのに手が掛かったのはこの地点。その半端さが今の自分をよく表していて、付けられた名前も相応だと自嘲する。


 そしてその自嘲すら不快に思い、自分の感情が憎いと感じる。


「……才能が、欲しい」


 切実な願い。

 私はいつだって願っている。

 目が覚めれば超常的な力を手に入れて、突如覚醒した才覚で崖っぷちから山の頂上へと登り詰めるその光景を。


「才能が欲しい」


 偉大なる人達に追い縋れるような天賦の才。

 一を知れば十を得る。理不尽すら感じるあの圧倒的な差を見せつける側に回りたい。仮に今の努力と引き換えに才能を得られるとすれば手にすることはあるのだろうか。

 努力は否定されない。でも、現実に抗えるとは限らない。


 この嫉妬は覆る事はない。


 何時までも人生に付き纏い続ける負の感情。

 目を逸らすように生きて来た。手が届かない場所に手を伸ばし続けた。誰かに何を言われても、私にはそれしかないと言い聞かせて進んで来た。


「……案外」


 目を逸らさなくてもいいのかもしれない。

 そんな風に思わされたのは、初めてだった。

 私以上に才能が無い。魔法に関して、彼は何一つ持ち合わせてなかった。


 それでも強い。


 努力をしてきた私が、努力を積み重ねてきた人間を否定する訳にはいかない。


「勝つの、ルーチェ」


 一言呟いて立ち上がる。

 さあ、あそこまで好き勝手言った友人なのだ。


 せめて責任を取ってもらおうじゃないか。


 焚きつけた火種の責任を。








 祝福の再充電も休日の内にして貰ったので戦う準備自体は出来ている。

 問題は、俺が出来るだけ戦いたくないという点だけ。


 既に書類は受理され、会場へと出ていくだけ。

 この一歩を踏み出すのが非常に億劫なのだ。あ~~、どうすれば丸く収まるかな。

 こうやって考えるのがルーチェに失礼かもしれないが、ヴォルフガングと戦った時とは訳が違う。


 アイツにはとにかく勝ちたいと思ったが、ルーチェ相手に、その……下手を打てばコンプレックスが肥大化してしまうし、俺がトドメを刺す可能性もある。

 勝つ負けるの話以前に、再起不能になる可能性がある相手に勝利を願うのはどうかと思うのだ。


 俺も変わった。

 度重なる敗北により勝利と才能を求めるのは幼い頃で終わったんだ。

 え、今? …………才能は欲しいよな。


「あ゛~~~~~~、めんどくさ」


 ガシガシ頭を掻いて水を飲む。

 うだうだ考えるのは嫌いなんだ。

 俺とルーチェ、同じ星を追う者として何時か雌雄を決する日が来るとは思っていた。


 でもこんな早く来るとは思わないだろ。


「勝つのは俺だ。そう決めただろうが」


 身体の調子は至って普通。

 これから嫌いな苦痛が飛び交う戦場に足を踏み入れなければならないのが不快だが、友人の頼みなのだ。なら仕方ない。戦うほかない。


 俺だって負け続けて来た。

 コンプレックスに塗れて生きて来た。

 諦めて、それでも抗って生きて来たんだ。


 誰にだって否定させない。

 俺の努力を否定していいのは俺だけだ。

 価値を決めるのは他人だが、中身を定めて良いのは自分だけ。


 俺は勝つ。


 ルーチェ・エンハンブレに負けない。


 それこそが、俺が生きていく理由なのだから。

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