第十三話③

「――――はぁッ!」


 一喝と共に踏み込み、回し蹴りを放ってくる。

 鋭さも速さも十分だが拳ほどの脅威ではない。屈んで避ければ――――待て。

 これはブラフだ。さっきの氷を思い出せ、ただ鎧として出すだけではなく攻撃の延長戦として扱える。


 俺ならば、どうするか。


 僅かな思考の直後、つま先目掛けて剣を振る。

 氷を発生させてくるのならば発生する前に破壊してしまえばいい。無論生み出してくるだろうが、攻撃を防御するという本命は達成できる上に運が良ければダメージも期待できる。


 剣と蹴りがぶつかり合い砕けた氷塊が飛び散る。

 

 刹那の合間に交わした視線。

 何を考えているのかはわからないが、何を思っているのかはわかる。

 

 楽しいか。

 

 楽しめてるか。


 俺はお前の期待に応えられているか。

 

 砕けた氷が冷気を周囲に撒き散らす。

 少しずつ下がり始めた温度による寒気を無視して攻防を繰り返す。

 吐息も互いに白くなった。手が僅かに悴んでいる。


 近距離戦闘を主軸とする俺にとっては都合が悪い。それはきっとお前にとってもだろう。

 自分が得意とする分野が、自分が手に入れたい分野と相性が悪い。だけどそれは諦める理由にはならない。お前に“薄氷フロス”なんて名前を付けた奴は阿呆だな。


 一度後ろに下がり、柄を握り直す。

 

「寒いな。凍えそうなくらい」

「そうかしら。とても暖かいわ」


 楽しそうで何よりだ。

 会場全てを包み込むような寒さは存在しないが、俺達二人が動ける程度の範囲を冷気が覆っている。

 確かに強い。強いが、他の魔法使いに対しては有効ではないだろう。


 そこそこの魔法使いであれば身体強化と格闘術でワンパン。

 それ以上の強い魔法使い相手には手も足も出ない。


 そういう相性だ、これは。


 少なくともバルトロメウスのようなバカげた魔力を保有する奴が全開で放った魔法に対しては成すすべがないだろう。


「汗を冷やすと良くないぞ。病気の元になる」

「失礼ね。それくらいどうにでも出来るわよ」

「……そういえば今更なんだが」


 これは非常に今更なのだが、言わねばならないような気がする。

 この雰囲気をぶち壊すのは完全に理解しているが、それでも言わねばならんだろう。友人として、これを見過ごしていいものか。


「…………? なに」

「お前パンツ全開だぞ」


 なぜスカートの下に何もカモフラージュを履いてこないのだろうか。

 俺はほとほと困ってしまった。かかと落としの際はそれどころじゃなかったが、回し蹴りの時にバッチリ見えてしまった。黒だった。喧しいわ。


「おっと、これは事故だ。お前が履いてこないのが悪いのであって俺は悪くない。少し背伸びしてる感じはあるが、魔法と戦闘スタイルと相まっていい下着だと思う」

「…………はぁ。なんか、細かい部分でズレてるわね」


 なぜ俺が呆れられるのか。

 

「気にしなくていい。今は互いに真剣勝負、水を差すのも悪いでしょう?」

「それはそうだが……後で半殺しパターンはやめてくれ。俺が凹む」

「貴方の態度次第ね。真摯に励んでくれれば言う事は無いわ」

「やれやれ。手に負えないお姫様は一人でいい」

「じゃあ丁度いいじゃない。今はしか居ないのよ」


 コイツ……

 ほんと素直じゃないな。

 

「まあ、我儘な女性は嫌いじゃない」

「私も紳士が好みなの。相性いいんじゃないかしら」


 あーあー。

 会場に声が響いてない事を祈りたいが、これ全部聞こえてるだろうな。

 未来の事はいつも通り未来の俺に託す放り投げる事にして、霞構えで光芒一閃を持ち直す。


 互いに有効打は未だ入らず、小競り合い同然のやり取りをしただけ。

 本番はこれからだろう。


「大体あと十分。それが俺が全力で相手できる時間だ」


 光芒一閃の持続時間と言い換えてもいい。

 直接的に言うのはアレだが、まあ、ちょっと湾曲した言い回しをしても伝わるだろう。

 これに関してはバレてもしょうがないと思っている。後々の順位戦で不利になると思うがそれは気にしない事にした。


 今この瞬間だけは、この戦いしか考えない。


「魔法が溶けるまで一緒に踊ろうか」

「喜んで。丁重にお願いするわ」

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