第十一話①

 さて、ルーチェを引っ張り出す事には成功した。

 街中を堂々と制服で歩く訳にも行かないので裏道的な場所を通りつつ、人気のない公園までやってきた。子供も遊びまわってるわけじゃないし秘密の会話をするにはうってつけの場所だろう。


 本来ならばもう少しこう、飲み物とか軽食用意しておくべきだ。


 だが残念な事に俺は無一文である。

 ルーチェに金をタカって軽蔑される未来が見えたから計画変更した。いや~、師匠に貰っとけばよかったな。


「単刀直入に言おう。お前は過去に何があった」

「直球過ぎないかしら」

「俺は才能が無いからな。他人の感情を読みとるなんて芸当は出来ない、言葉にしてくれない限りは」


 さっさと吐いてもらうに限る。

 わざわざその為に授業抜け出して来てんだ、俺の養育費支払ってる師匠に申し訳ないからあんまり取りたくない手段だった。推薦枠貰ってる人間が素行不良は普通に駄目だろ。


「……別に、大したことじゃないわ」

「拗ねるな拗ねるな、まったく。どいつもこいつも裏側で感情を抱えすぎなんだよ」


 ステルラも師匠もルーチェも全員そうだ。

 俺は常に口に出している。かの英雄の記憶ですら、全てを理解してくれる人間は一人しかいなかった。腹を割って話し合った唯一の親友、ただ一人だけ。どれだけ清い心を持っていても、どれほど素晴らしい心意気をしていても、口に出さない限りその感情は受け取られることはない。


 だからこそ俺は常に正直でいる。


「お前から話せないというなら俺から話してやる。そうだな、どこから話すべきか。俺とステルラの出会いから話そうか」

「聞いてないのだけど」

「あれは今から十年程前の事だった」

「続けるのね……」


 うるさいな、折角俺が自分語りをしてやろうというのに。

 俺がここまで詳細を語ろうとした人間は居ないぞ? ここまで手間をかけてるのもお前だけだ。


「まあ聞け。俺は昔ある事情から『自分は本当は凄い奴なんだろう』と思い込んでいた時期があった」


 若干苦しい顔をしながら聞いてるので多分思い当たる節があるのだろう。

 俺もかなり苦しいから安心しろ、その苦しみはお前だけのモノじゃない。恥ずかしすぎて憤死しそうだ。


「その実魔法は使えない運動も出来ない、出来たのは歴史の文献を読み漁る事くらいだ。そんなときにはステルラに出会った」

「あっ……」


 察したな。

 かな~り顔を引き攣らせてるのでありありと想像できるのだろう。


「俺はアイツに勉強でボコボコにされた。

 それに加え運動力でボコボコにされた。

 そして更に魔法力でボコボコにされた。

 魔法の詳しい使い方も知らないガキがただちょろっと教えただけで魔法使うとか誰が想像できるんだ。あれ……今思えばアイツが天才的な方向を極め始めたのって俺が原因か……もしかして……」


 なんてことだ。

 俺を苦しめ続けてステルラ・エールライトの覇道を歩ませ始めたのは俺だったのか。

 なんて……ことだ。俺があの時魔法さえ教えなければ……いや、あんまり関係ないな。多分勝手に強くなってるだろ。あの村には師匠だって隠居生活してたし、英才教育を施されていたのは否定できない。


「ともかく、俺はお前より先にアイツにボコボコにされている。ちょっとした事故が起きてからは会って無かったが」

「…………でも、選ばれたんでしょ」


 ふ~~ん、なんとなくわかってきたな。

 過去に『誰かに選ばれる事はなく』、『才を認められることが無かった』。

 ルーチェのコンプレックスの根底が少しずつ見えて来た。


「師匠に出会えたのはが良かった。俺はあの人に会わなければ今でもあの村で燻ったままだったし、後悔も今の比じゃないくらい積み上げている」


 決して今、後悔を抱えてない訳ではない。

 それでも選んだ道を悔やみたくないのだ。俺は自分が重ねて来た大嫌いな現実と、他人が期待してくれた嫌いな努力を否定したくない。そうでなければ俺の十年間は無駄になってしまう。その否定をしてしまうのは簡単だが、勿体ないだろ。


「お前はどうなんだ。ルーチェ・エンハンブレ」


 お前は否定してもいいのか。

 自分の積み上げてきた現実を、使ってきた時間を。


「……………………そんな簡単なモノじゃない」

「そうだろうな。俺も、一人・・だったら割り切れなかった」


 どれもこれもあの記憶が悪い。

 子供にあんな映像見せやがって、普通だったらトラウマものだぞ。


「急に全部話せとは言わん。俺はお前の事を気に入ってるし、友人として楽しく過ごしたいと思っている。だから最低限配慮できるようにしたい訳だ」


 会話の流れで地雷を踏む可能性を極力配慮すればルーチェもそこまで不快にならんだろ。

 アルは知らない。殴る事でどうにか対応してくれ、たのむ。


「……いや。話したくない」

「そうか。それならそれで構わない」


 俺は俺で勝手にお前に配慮する。

 互いに別の人間なんだ、全部を全部許容できる筈もない。


「適度に仲良くやろう。友達だろ」






「所でルーチェ、一ついいだろうか」


 公園を離れ放課後の時間帯になった頃。

 俺達と同じ学生服の連中が出没すようになってから俺達は移動を始めた。


「なによ」

「実は俺は今金が無い。正確に言うと金を得る手段が無くて俺は金欠なんだ」

「……アンタよくそれであんな事言ったわね」


 おっと、先程まで頑張ってあげたルーチェの温度が急激に下がっていく気がする。

 こんな筈ではなかった。俺だって頑張ったんだ。でもどうしてもお金を得るためには働かなければいけないし、でもそれは面倒くさい。俺は誰かが養ってくれるのを希望しているのだ。


「まあ待て。俺は甲斐性は無いと自負しているし、極端に面倒を嫌う。努力も序に嫌いだ」

「何も誠実な部分がないのだけれど」

「結論を急ぎ過ぎているな。もっと緩やかに生きた方がいい」


 俺は説法を説くのに向いていないかもしれない。

 ルーチェの右ストレートが頬に突き刺さった感触を受け流しつつ、痛みを堪えながら言葉を続けた。


「ストレスを解消するのは食べ物を食べるのが一番だ。なので飯を食べに行かないか?」

「奢らないわ」

「友達じゃないか。俺はお前を頼りにしている」

「……奢らないわ」


 お前ほんとチョロいな。

 コンプレックス抱えすぎて求められると断れないのだろうか。ふ~~む、それが目的で友人を続けようと思ってるわけじゃないから気軽に断って欲しい。これは俺なりの冗談だ。


「ではこうしよう。俺かお前、どっちかの家で飯を作ればいい」

「……いやよ。アンタの家に入ったらどうなるかわからないもの」


 人を獣にするな。

 俺程自制が利く理性的な人間は居ないぞ。性的欲求もあるにはあるが、なんか、こう……薄いんだよな。これも全部英雄の所為にしておこうか。


「安心してくれ。俺の家には勝手に侵入してくる妖怪がいるかもしれないから、いざとなればどうとでも逃げられる」

「どこが安心できるのよ!」

「俺が知りたい。どうすればあの家で安心して暮らせるのだろう」


 ある意味で最強の防犯システムである。ステルラは遠慮して攻めてこないのにあの妖怪マジで気にせず突っ込んでくるからな、どっちが大人かわかりゃしねぇよ。

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