第十一話②
「じゃあお前の家だな」
「ちょっと待ちなさい。そもそもこれから何で付き合わなきゃいけないの」
「付き合う……俺とお前が? すまん、そういう意味では無くて」
右の頬を打たれたなら、左の頬も差しだせ。
俺は偉人の教えを遂行する完璧な紳士だと自負している。今この瞬間痛みを代償に称号を得た訳だ。
「ぶっ飛ばすわよ……!」
「まあ待て。身体強化して殴るのは流石にズルだろ」
「ふぅ~~……ッ……!」
俺の説得も虚しく、ルーチェは往来の最中でその握り拳を解き放った。
響く打撲音と俺の乾いた呼吸だけが響く。
「ぼ、暴力反対。いいかルーチェ、俺は身体強化すら出来ないんだ。わかるだろうその意味が」
「十二使徒の弟子で最上級魔法撃てる化け物に勝てる奴に遠慮するわけないでしょ!!」
お、少しずつ本音が出て来たな。
頬が抉れてるのかってくらい痛むが、まあそれは飲み込んでやろう。
「ふーむ。お前は勘違いしているな」
この話をするのは別に構わないのだが、他の人間に聞かせたい話題ではない。
折角ここまで話を持っていけたんだ。上手い事人がいない場所に誘導したいところなんだが……
「俺の魔法は魔法じゃない。これは
「は?」
まあいいか。
英雄なんて異名も付けられたし、正直逃げられないと思ってる。魔祖十二使徒にもその内広がっていくだろうしあの男を否定する人物は居てもその功績を否定する人間は居ない。
常識的に考えれば『魔祖十二使徒第二席が昔の初恋を忘れられずに拗らせまくって新たな英雄を作った』とか思う筈。少なくとも魔祖はそう思ってる。
悪いな師匠、俺はそれを否定も肯定も出来ない。
「より正確には師匠が俺の為だけに考えた魔法を発動するための祝福、それを全身に刻んでいる。俺は魔力に関係する才能が著しく低いから魔力感知すら出来ない。だからあの魔法を起動するのに『誰かの魔力』を必ず必要としてい」
「一旦黙りなさい! ああもう、なんなのよホントこいつ……!」
俺の腕を掴んでどんどん歩みを進めてしまった。
「馬鹿じゃないの? こんな場所で話していい内容じゃないでしょうが」
「お前がどうしても拒否するからな。仕方が無かった」
「~~~~ッ……それならそうと言いなさい!」
結構人目を引いているが、今はそれどころではないらしい。
先程の公園まで戻るのも良かったが、今の時間帯は学校が終わった時間帯だ。子供たちがいる可能性が高い。
「急に積極的になったじゃないか。いつぞやの時を思い出すな」
「うっさいわね。……いつぞやの時?」
「失言だ。忘れてくれ」
下着の色を聞いたことを掘り起こされては敵わない。
俺はあの時の記憶に蓋をした。悪いなアル、お前の犠牲は忘れないよ。
「で、どこに向かってるんだ」
「…………よ」
声が小さすぎて聞こえない。
「もう一度頼む、どこだって?」
「だから、………えよ」
「すまんもう一回」
「私の家! 文句あるの!?」
「急にキレなくてもいいじゃないか。カルシウムが足りてないな」
握っていた手に思い切り力を入れられたらどうなると思う。
俺はそんな想像もしたくない痛烈な刺激を加えられて内出血を繰り返す自らの腕を見て青ざめながら、抵抗を試みた。
「俺が悪かった。たのむ、落ち着いてくれ」
「本当に黙っててくれない? 今の私ならその腕を破壊する事も厭わないわ」
怖すぎだろこの女。
俺はルーチェの事をいい奴だと言ったが、その評価を覆さなければならない日がくるかもしれない。今命の導火線を握っているのは俺なのだ、その事実を正しく認識しておく必要がある。
「つまり、俺の話を聞く気になったんだな」
「同情はしないわよ」
「俺だってしないさ。互いに配慮しましょう、そういう話だ」
俺は別にどうでもいいんだが、こう言った方が効く気がする。
「で、どこら辺なんだ」
「南区」
「そうか。俺は北だから少し離れるな」
魔導戦学園は中心部に近い場所にあるので、一応何処に住んでも通学時間に差はあまりない。
端から端……村……鬼ごっこ……やめよう。嫌な記憶を呼び覚ます事をフラッシュバックと呼ぶらしい。
「一人暮らしか」
「ええ、そうよ。何かしようとしたら凍らせるから」
俺は祝福を起動しない限り勝ち目がないんだが。
そもそもあの部屋全て凍らせられるような規模を撃てるんだから、お前自分が十二分に優秀な魔法使いって事を忘れてないか。劣等感に苛まれるのは仕方のない事だが、自身の強さはしっかりと見つめていて欲しい。
そうでなければ俺のような凡人が辛い。
「任せておけ、肉を焼くのは得意だ」
「冷凍したらどれくらい保つかしら」
「なんて猟奇的なんだ……俺は美味しい人間じゃない」
「氷漬けにされたくなければ余計な口を叩くのをやめなさい」
やれやれ、俺の気遣いが伝わってないみたいだな。
焼肉って全世界共通の美味い飯じゃないのか。少なくとも俺は数年間焼肉と焼き魚ばかり食ってきたせいで食生活が完全にイカれている。味が濃いモノを食べるより味の薄い自然な食事をとるのが一番だ。これも師匠の所為である。
「氷漬けか。俺はお前の魔法を良いモノだと思う」
「……こんなの、良いモノでも何でもない。私にとっては呪いみたいなもの」
呪い、か。
本当に俺とお前は似た者同士だ。
お前は呪いのような魔法を使い、俺は呪いのような記憶を持つ。
お前は魔法を育てた。それこそが生きる道であったから。俺は呪いに従った。それこそが自分の道を作る力になるから。
「案外運命かもな。俺達が会ったのは」
「…………気持ち悪い事言わないでよ」
「宿命は既に抱えているからな。俺の容量は一人分しか無いんだ」
「物は言い様ね」
「星の光に目を焼かれてしまった。それが分かれ目だった」
他人を理由にしなければ強くあろうとすらなれない俺だ。
どこまでも鮮烈な光を何時までも脳裏に描いて、未来に起きるかもしれない破滅を避ける為に今を生きている。それすらも、誰かを理由付けして。もっと意志を強く生きて行きたい。
「お前はどうだ。ルーチェ・エンハンブレ」
「…………そうね」
やがて歩みは緩やかになり、一つの家の前で立ち止まる。
至って普通の賃貸物件だ。学生一人が生きて行くのに支障は無く、十五歳の女性が一人で暮らすのに支障のない安全性が保たれている。
「私もそう。憧れた何かに呪われてるの」
人は存外そんなものじゃないだろうか。
かつての英雄も、覇を唱えた人々も、今を生きる俺達も。何かに憧れてその生を歩いているのだ。
だからこそ俺は否定しない。嫌いだ、憎い、そんな感情を抱いても無くなれとは言いたくない。どうしようもなく追い詰められればそりゃあ罵倒ぐらいするが、その程度で済ませる。
扉を開き、部屋の中に入る。
よく整頓された部屋だ。
俺の部屋と間取りは似てないが広さは同じくらい。机の上に乱雑に置かれた本とかは努力の証だろうか。
「私の両親は魔法使い。それも、私なんかじゃ手も足も出ないくらいに立派な」
オイ、急に不穏な話になってきたぞ。
あ~~~~~、そう言う事か。あ、あああ。うわ、全部一気に情報が繋がってきた。
幼い頃から劣等感を持っていて。
その出所は両親で。
でも負けるのが嫌い。
コイツ……くそめんどくさいな……。
俺が言うのもなんだがとても回りくどい。
とことん俺と同じような因縁に絡まれてるな、おまえ。
「魔祖十二使徒第四席、第六席────その二人の間に生まれた出来損ないの魔法使いが、私」
そりゃあ拗らせもするし、俺なんぞに劣等感を抱くだろう。
俺とステルラとか超地雷じゃないか。未だに付き合いを続けてくれてるのを感謝する。
「私はどちらの弟子でもない、ただの魔法使いなの」
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