幕間③
視界が開けた場所は緑に包まれた山で、左右どちらを見渡しても全てが森。
う~わ、本当に帰って来たんだが。もう帰りたくなってきた、首都に。
「わっ、懐かしいなー」
「来たことあったのか」
俺が永遠にボコられ続けた跡地とか、焼け焦げて自然が死にかけてる不毛の大地とか、色んな被害を出してしまった悲しみの山でもある。
山の主的な奴は最初の数年間追い掛け回されるだけだったが、結果的に俺が腹減り過ぎてそこら辺の木の枝を加工した杭を刺しまくって倒した。翌日には俺の胃袋に収まったよ。
「何回か見に来てたよ? その度に寝てたけど」
「俺だけ永遠にここに囚われていたんだが??」
理不尽すぎる差に涙を隠せない。
昔は快活というよりヤンチャだったステルラは人間社会での生活で鳴りを潜め、俺は寡黙なインドア少年だったのに過酷すぎる山籠りによって辛い過去を背負ってしまった。時は人を変えるというが、これほど残酷な事はあるだろうか。でもステルラに無茶振りされてボコされなくなったのは良いな。
「……ロアはさ」
ふと、ステルラが呟いた。
「後悔してない? 色々と」
「なんだ藪から棒に」
お前そういうタイプじゃないだろ。
俺の中のステルラ・エールライトはもっとこう……邪智暴虐を極めたナチュラル畜生であり、人を煽ることに全力を掛けた逸材だった筈だ。お前さては偽物か。
「私はね。結構後悔してる」
真面目な話の気配を感じ取って、俺はふざけた思考を取りやめた。
俺の中のステルラ・エールライトの記憶は八年前だ。
およそ八年間俺達は顔を合わせる事も無く会話をすることもなく、ただ約束をしたから研鑽を続けた。それは未来で起こりうる可能性を否定するためであり、俺自身のミリ残りのプライドが邪魔をしたからだ。
では、ステルラ・エールライトは。
一体何を目標に努力を続けた?
「ずっとずっと、ロアに甘えてばっかりだった」
立ち止まった俺に対して、そのまま足を進めるステルラ。
その言葉からは、俺が初めて知る感情が滲み出ている。
「失敗したんだ。ロアが居なくなった後に会った女の子との付き合い方」
きっとそれは俺の知る女の子。
ルーチェ・エンハンブレとの事だろう。
人間関係に関しては俺以外の同年代と一緒に居る事の無かったステルラだ。だからこそ俺は、今この瞬間まで『変わってない』と認識していた。
だが思い返してみろ。
入学式でのルーチェの言葉を。
────『相変わらずお上品な子』
俺の知るステルラ・エールライトは決して上品では無かった。
粗野で乱雑で暴れん坊で、他人の目を気にすることはあってもそれを飲み込んで自分らしく振舞う少女だった。少なくとも、俺の前では。
「ルーチェか」
「そう。仲良くなったんだ、本当だよ?」
えへへ何てはにかんで誤魔化す姿を見るのは初めてだった。
俺は八年間の間時が止まっていた。比喩ではなく、本当の事だ。
ロア・メグナカルトという人間の時は進むことはなく、ただ愚直なまでに剣を振り身体を動かしていただけに過ぎない。
「今はすごく恨まれてるな。すごく、なんて言葉で足りるかわからん程度には敵意向けられてる」
「やめてよもう、気にしてるんだから」
細部を語る必要はない。
俺の知るステルラ・エールライトは、八年間を孤独に過ごしてきた少女は大きな変化を遂げた。言葉にすればそれだけのことだ。
「今日も無理言って来てもらったんだ。私、そうする以外の方法を知らないから」
……これ、半分くらい原因が俺にあるな。
ステルラはそのままでいいと、才があるのだから一人でも大丈夫だろうと高を括っていた。
「これまでも全部そう。ロアに嫌われるんじゃ無いかって、でも会いたくて、いざ会ってみたら変わってなくて……また、昔みたいな事言っちゃって」
あの頃、子供だった俺たちには無かった。
俺たちの世界は、俺たちしか居なかったから。
「……私さ。すごく情けないんだ」
「そうか。俺からすれば十分に変わったように思える」
非常に恥ずかしい話だが、自惚れでなければ過去のステルラの人生を構成していた三割程度は俺が占めていると自負している。
それは客観的に見た場合でも主観的に見た場合でも、“そうである”と説明できるから。
俺の知るステルラ・エールライトは対人関係で悩むことはなかった。
他人を気に掛ける事はあっても、それを深く考える性格では無かった。
俺が居なくなり、一人になったステルラは変わったのだろうか。
……いや。
元々そうだったのかもしれない。俺が見抜けてなかっただけで。俺が肯定したかつてのステルラはそういう娘だった。
「少なくとも、俺にとってのステルラ・エールライトは未だに無礼でガサツでそれでいて明るい笑顔を振りまく少女のままだった。あと俺を煽る悪魔」
「あ、あはは……」
「八年間別の道を歩いていたんだ。俺だってカッコよくなっただろ」
おい、微妙な顔をするな。
やれやれ、お子様にはわからないか。俺の魅力が。
「俺はステルラの全てを肯定する。これまで通りじゃなくたって、ステルラはステルラだ」
互いにすれ違いをしていた。
俺はステルラがそのままだったと思っていた。
成長はしたが、精神的なモノは変わっていなかったと考えていた。
でもそれは勘違いだった。
俺に合わせる為に、敢えてそう言い続けていた。
『昔はこう言っていれば良かった』と、経験を元にして。
かつて、『同年代と唯一仲の良かった』時のことを。
「…………あんまりそうやって甘やかされちゃうと困るなぁ」
「いいか、今この瞬間一度しか言わない。何年間も大嫌いな努力をただ一人の為に続けて来たのに、少し性格が控えめになったからって嫌いになるわけ無いだろ。このコミュ障」
「コミュ障……」
今更なんだよな。
お前に対する負の感情なんざガキの頃に通り越してんだ。
「……わかった。じゃあありのままのわたしを肯定してもらうから!」
「どんとこい。世界中がお前を嫌っても俺だけはお前を肯定しててやる」
「遠回しなプロポーズ? 私もロアならいいよ」
「ハッ」
「鼻で笑われた!?」
こちとらプロポーション化け物の年齢樹木と数年間一緒にいたんだ。今更大人になってない子供の身体に惹かれるかよ。
「かっちーん。もう怒った」
「待てステルラ。今のは言葉の綾で、決してお前の身体が貧相な幼児体型だと言ったわけでは」
俺は必死の弁解にも関わらず、三度焼き焦げた遺体に成り果てる所だった。
せっかくの休日だってのにロクな目に遭わなかったが、一つ確執を取り除けたならそれで良しとしよう。せめて来週はゆっくり休ませてほしいところだ。
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