二章 恒星と星屑

第十話①

 無理矢理押し付けられた順位戦に勝利して週明け。

 完全休日なのにこれまた押しかけて来た師匠とステルラに構っていたら一日が過ぎ去り、俺の平穏な休日が訪れなかったことに憤りを覚えつつ登校した。


「おやおや。“英雄”サンじゃないか」

「なんだそれは。説明を要求する」


 からかい口調で言ってきたアルに返事をしつつ鞄を机に置く。


「君の異名だよ。学園長が速攻で決めたらしいよ」

「学園長……魔祖が?」


 あのロリババァマジでロクな事しないな。

 記憶の中でもまあまあ無自覚邪悪だし、ひたすらステルラの才能にゲロと泥を混ぜ込んでカスみたいな性格を盛り込んだ、みたいな人格をしている。師匠を禁則兵団から解放した時とかあまりにも趣味悪すぎて真顔になってしまった。


「なんでも


『エイリアスの奴引き摺りすぎじゃ!! ワハハ、面白いから異名は“英雄”で!』


 ……って」

「ふーん、覚えた」


 今日また一人いつか負かすリストにぶち込んで席に座る。

 なにが英雄だ。俺は武器が無ければその英雄の剣技を再現する事も出来ない程度の人間でしかない。それを見抜いたうえで名付けたのだろうが、師匠が渋い顔をしているのが容易に予想できる。


 魔祖は魔法的技能で言えば誰も追い縋る事の出来ない圧倒的な基盤を持つ。

 土壌の存在しない技術体系を自身で作り上げた手腕は伊達ではなく、どんな人物であっても彼女の後追いになる。実年齢はわからん、英雄の記憶を覗いても何時から生きてるのかわからなかった。


 アレを年齢不詳とかでバカにしたら殺されるかもしれない。

 よくもまぁあの女を惚れさせたモノだ。かつての英雄の底知れない魅力なのか、それともあの女が倒錯的すぎたのか。


「で、感想は?」

「最悪だ。今すぐにでも訂正させてやりたい」


 意味が無いだろうが。

 師匠は兎も角、他の十二使徒でかつての英雄を知る人間ならば理解できてしまうだろう。あの軌跡は間違いなく英雄のモノで、俺はその領域に到達しているとする。ぜぇ~~~ったい。


 俺今どう思われてるんだ。

 師匠が拗らせすぎて作り上げたかつての英雄の現身とか思われたくないんだが。


「……いいわね、人気者は」

「おやルーチェ、嫉妬かい? 大丈夫、きっと“英雄”サマがどうにかしてくれるさ」


 この後、俺とルーチェの手によって数発拳を撃ち込まれたアルベルトは地面に倒れ込んだ。

 クラスメイトの見る目が馬鹿二人に絡まれる一人から馬鹿一人に巻き込まれる二人組に変わったのはとてもいい傾向だと思う。







 昼休み。

 朝購入してきた弁当を摘まみながら俺は一言。


「視線が鬱陶しい」

「そりゃあそうもなるだろ。君の今の注目度は学年一だぜ」

「俺みたいな奴見たってなにも面白くないだろ。ステルラとかバルトロメウスとか、もっと上の連中に注目しろ」


 ステルラは学年主席の十二席の弟子、バルトロメウスは学年次席の十二席の弟子。

 普通に考えれば俺如きに注目する必要はない筈だが。


「だってさルーチェ」

「……うるさいわね」


 どこか不機嫌なルーチェは苛立ちを隠そうともせず、姿勢は崩さずに弁当を口の中に放り込んで食べ終えてしまった。


「あーあもったいない。もっと味わって食べないとお腹に」

「アンタはデリカシーを磨いてきなさい」


 食事中だが炸裂したルーチェ拳でアルは倒れた。

 こいつ学習しないな。いや、学習してるけど楽しんでるな。自身が受ける痛みと損害よりも相手を煽る事に全力を注いでるのか。ハチャメチャに迷惑な類の人種で友人を辞めたくなってきた。


「なんかあったのか」

「……なにもないわ」


 嘘つけ。

 あからさまに何かあった表情と態度だが話すつもりはないようで、一足先に片付けて教室を離れた。


「あはは、いや~やりすぎた」

「で、何があったんだ」

「本人に聞かないの?」

「俺が悪者になるだろ。こっそり聞いておくことに意味がある」


 一理ある、なんて言いながらアルは弁当をもそもそ食べながら話を始める。こいつも所作が丁寧なので、イイトコの坊ちゃん説はより強固なモノに近づいている。


「端的に言えば順位戦が上手く行かなかったからだろうね」

「勝ったんだろ。それは知ってる」

「内容の話さ。ま、半分以上君らの所為だけど」


 俺達の所為。

 あ~、なんとなく話読めて来たぞ。

 俺はルーチェの本質を一切理解できてないのでこの情報だけではわからないが、大まかな話の枠組みは掴めてきた。


「……俺達の後でやったから、なんか不燃だったのか」

「そういう事。観客はおろか当人たちもね」


 ルーチェの対戦相手は風魔法使いだった筈だ。


「普通にルーチェが勝ったけど……盛り上がりは察しの通り。十二使徒門下同士の全力全開に比べればそりゃね」

「それは悪い事をしたな。だが差し込んだのは俺じゃないゆえに、俺の所為ではない」


 最後の一口を放り込んで水で流し込む。

 まったく、どいつもこいつも色々と抱えすぎだ。

 面倒くさいとは思わないが、色々思慮しなければならないのが厄介だ。もしかしてこの学園に来てる奴って腹に何か抱えてる奴しかいないのか。


 アルは……こいつはただ性格悪いだけな気がしてきた。

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