幕間②
「で、何の用ですか。俺はゆっくり過ごしていたいんですけど」
合流したステルラの治療により無事快調にされた俺は不貞寝する事も許されずに、棚から引っ張り出してきた客人用のお茶を淹れていた。
こんな事されてもしっかり丁寧に対応してる俺は破格に優しいと思う。
「昨日頑張ったからご褒美でも上げようかと思ってね。遠慮するな」
「俺は一人でゆっくり出来るのがご褒美なんだが……」
何年間も共に暮らしていたのに発生した解釈違いに、俺は呆れを示さざるを得なかった。
「たまには二人で水入らず、首都観光でもしてきたらどうかな?」
「師匠とやったじゃないですか」
こっちに来て二日目、本も何もないので寝る食べる以外の行動を行わなかった俺を見かねて師匠に強制的に連れ出されたのだ。
その際に服とか家具とか本とか色々世話してもらったが、それで十分じゃないだろうか。俺は景色や文化も良いモノだとは思うが、それ以上にインドア派なのだ。
「あー……ロア」
「?」
「いや、君も大概だなと思っただけさ」
「喧嘩なら買いますよ。今の俺は休日を邪魔された怒りによって打ち震えている」
何故か呆れた表情で俺を見てくる師匠に若干苛立ちを覚えたが、たまにある事なので飲み込む。
俺は優しいからな。他人の考えている事がわからないからと言って周囲に当たり散らす程子供では無いのだ。いや~、やっぱ本人の素質ってのがあるんじゃないだろうか。
「大体出かけてこいと言われても、俺はデートプランなんざ持ち合わせてないです。飯も保存食でいいし、服も普通でいいし、買うモノは本くらい。あれ? 俺って男としての甲斐性ゼロじゃないですか」
「ウ~~~~ン……案外そうでもないな」
「マジすか」
相手はヴィンテージ百年だからあまり参考にならないが、自分で思ってるより終わってないという自信が得られたので今日は得る物があった。
今日も一日有意義に過ごしたな。
「普段の君はどうしようもない位情けないしみっともない所はあるが、時たま見せる男らしさはいいと思う」
「半分以上罵ってますよね。それが開戦の合図でいいですか」
どうしようもない位情けなくてみっともないけど偶に男らしいってそれただの悪口だから。
森で暮らし過ぎて常識が欠如してしまったのだろうか。
「ねね、ロア」
「なんだ」
「ご飯食べに行こ?」
「……他に知り合いがいるだろ」
「ロアと一緒がいいな」
俺の負けだ。
普段から明るくて天才で俺の事をナチュラルに煽ってくる畜生生命体だが、俺はどうしてもコイツに弱い。ステルラの涙を見たのは一度しかないが、それ以来絶対に泣かせたくないという意思が俺の中にある。
お前がそんな控えめな笑顔なの初めて見たぞ。
「今回はステルラに罪は無い。ゆえに不問にしてやろう」
「懐かしいなぁその言い回し。昔から変わんないよね」
「俺は真っ直ぐな心を持っているからな。そう簡単にひん曲がる事はない」
「真っ直ぐ……」
おい、そこで疑問を抱くな。
「俺は着替えすらしていないから一度退出してくれ。まあ、俺の着替えを見たいと言うなら別だが」
「君の身体を拭いてあげていたのは誰だったか」
「おっと、俺にその記憶は無い。なぜなら気絶している時の事だから、俺に不都合な点は一切ない。師匠俺の事好きすぎですね笑」
照れ隠しで放たれた紫の雷は普段よりも高出力であったため、魔獣が居ない平和な首都に居る筈なのに大きく負傷してしまった。
ステルラが回復魔法を使えなかったら二、三度は死ぬところだった。
「ちょっと師匠! やりすぎですよ!」
「う、し、しかしだなステルラ」
「“しかし”じゃないです。ロア死んじゃいますよ!」
「……すみません」
はっは、負けてやんの。
先程までの暗い気持ちは全て晴れて、俺はいま快晴の元を旅立とうとしている。
身体が軽い。こんな気持ちで外に出るの初めて。
「では師匠、金を恵んでください」
「今の君はとてつもなく情けない事になっているね」
「なんとでも言って下さい。俺は金が無いし、自分で金を得る手段はあるかもしれないけど面倒なので師匠が持ってるなら頼りたいだけです。無論ステルラに払わせても俺は一向に構わないが」
「私が誘ってるし別に構わないけど……こう……なんか、あるよね」
「心優しいステルラ様。哀れで惨めな俺に一食恵んでいただけますか」
「そうじゃないんだよね。昔の堅実だったロアは何処に行っちゃったんだろう」
俺はロア・メグナカルト。
努力が嫌いなので出来る限り周りの人間を頼ろうとする男だ。
「過去の俺は何時だって未来に託してきた。つまり今の俺は過去の負債が積み上がった生贄に過ぎない」
「要するに全部後回ししてきたって事じゃないかな」
「そうとも言う。俺は問題解決よりだらける事を求めている」
クソッ、少しずつ不利になってきたぞ。
なぜ飯に行くという重い腰を上げたのに俺が責められなければならないのか。男が食事代支払わないといけない時代はもう遅れてるんだぞ。男女平等、富める者が貧しい者へ恵むのが世の常識だろうが。
「仕方ないな……夕飯は肉で頼む」
「美容に気を遣わなくていいんですか? ゲテモノ肉買ってきますね」
「それを食べるのは君も含まれているんだが」
「俺は構いません。ゲテモノみたいな肉と草なら嫌と言う程食べてきました」
はい、アド取った。
反論ないなら俺の勝ちになるが。
「食べてみたい!」
ステルラ……
お前、ゲテモノって聞いてなんでキラキラ輝かせてるんだ。この感じだとご飯に行くではなく食材を買いに行く、調達しに行くで終わるぞ。
「やめとけ。八年間食い続けた俺が言うんだ」
「でもロアが食べてたんでしょ? なら食べてみたいな」
よくわからない好感度システムをしているな。
俺に対する好感度の高さは『師匠>ステルラ(希望)>アル=ルーチェ=バルトロメウス(?)』だと思っている。逆に幼い頃に死にかけてまで助けたのに嫌われてたらもう俺世界投げ出してるから。
「何故だ。自分から苦行に突っ込む理由はなんだ」
「えぇ……なんでそこまで気にするの?」
「俺がゲテモノ肉を食べていたというアドバンテージを活かしてクソ不味い飯を食ったときに『アレに比べたらマシだな……』みたいな事をしてみたいからだ」
そこにステルラが居ればちょっと優越感に浸れるかもしれないだろ。
ならばその可能性は取っておきたい。先程までは負債の塊だった未来の俺が、僅かに光明が差し込み始めた。
「よし、ステルラ。私がテレポートで送ってあげるから採りに行ってきなさい。ロアと二人で」
「貴様裏切るのか」
深い悲しみと絶望が俺を支配した。
「剣も貸してあげるから帰りたくなったら呼んでくれ」
適当にパリパリ魔力で生み出された紫の剣を手渡され、顔をヒクつかせながら俺は聞いた。
「……マジであの山に帰らなきゃいけないんスか」
「里帰りって奴さ。二人でゆっくり楽しんでくると良い」
光が俺達二人を包み込む。
俺の休日は何処に行ってしまったんだ。俺の予定では文化的な暖かさに包まれた室内でのんびり本を読み、飽きたら寝る。そんな素晴らしい生活をする予定だったのに。
なにが悲しくて絶望しかない山へと戻らねばならないのか。
独特な浮遊感に身を任せ、気が付けば地に足着けている。
もう少しテレポートされてる側に優しくしてくれてもいいのではないだろうか。慣れてない人間が飛ばされたら驚いて跳ね上がるぞ。
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