第九話②



「おい馬鹿弟子。聞いてるかな馬鹿弟子。約束したよね馬鹿弟子」

「いや、もう……返す言葉もございません」


 勝利宣言の直後、試合終了と同時に会場に飛び込んできて俺を搔っ攫っていった師匠に説教をされながら治療を施されていた。

 もうちょっと愛弟子の勝利を祝ってくれてもいいんじゃないですか? 


「君をそういう道に誘ってしまったのは私だから偉そうなことは言えないけど、なんでああいう無茶苦茶通すかな。バルトロメウス君は強いが、光芒一閃を上手く使って立ち回ればそれだけで勝てる相手だった」

「いや~、男のプライドがありまして」

「それで死んだら元も子も無いだろう!」


 ベシンと折れた足を叩かれる。

 歯がギリギリ言ってるし、そろそろ削れ初めてもおかしくないな。


「君はいざってときに命を軽視しすぎている。そんな風に投げ捨てるために育てたわけじゃ無いからね」

「はい……」


 今回は俺が悪いので素直に従っておく。

 師匠も意地悪で言ってるわけではなく、俺を心配してくれているので言っているだけだ。

 これで意地悪で言ってたらいつか殺すリストに入れる。


「全く……誰に似たんだか」


 あなたも知ってる人に似たんじゃないですかね。


「……だが」


 ベッドに腰掛けて、俺の頭を持ち上げる。

 そのまま膝の上にゆっくりと乗せる。

 相手の年齢が樹木と同レベルなのを除けば、見た目も含めて何もかもが理想のシチュエーションだと言うのに。


「よく頑張った。ロアはよくやったよ」


 柔らかく微笑みながら俺の髪を手櫛で梳く。

 俺と師匠が修行をしてる時、俺が完全に動けなくなったときにやってくれていた。子供扱いもいい加減にしろと思うが、それも含めて後にひっくり返す予定なので今は甘んじておく。


「あ~らら、楽しそうにやってるわね」

「ヒョッ」


 ビクンッ! と師匠の身体が跳ねて、それにつられて俺の首もゴキリと音を立てた。

 呼吸は苦しくないから骨は折れてない事を祈りつつ、声の主に目線を向ける。


「エイリアスったらも~~、そういうのイケないと思うけど……逆に背徳感あっていいわね!」

「違う、そういうのじゃない。そのキラキラした顔をやめないか」

「でも貴女随分イキイキしてるわよ? いいのよ、認めちゃいなさい」

「違うんだ。ロア、本気にするな……あー、違う。ええと、そうじゃないんだ」


 珍しく師匠が手玉に取られている。

 あれ? 珍しくか? いつも俺の軽口で簡単にクルクル手を出してこないか? 


「第五席……」

「あら、良く知ってるわね。山籠もりしてたから世情に疎いって聞いてたけど」

「俺は優秀ですからね」

「聞いてた通りの性格で安心しちゃった」


 思ってたよりのんびりしてる人だな。

 会場で師匠の隣に座っていた緑髪の美人──この人が魔祖十二使徒第五席、『蒼風テンペスト』。


「そう、私が第五席のロカ。気軽にロカさんって呼んでね?」


 にこやかに微笑みながら同じくベッドに腰を下ろし──いや、座れよ。椅子があるだろ。

 どうして病人が寝ているベッドに腰掛けるのか、これがわからない。早く回復魔法使って俺を治してくれ。痛いのは耐えれるが、嫌いなのは相変わらずなのだ。


「って事は師匠と同じく年齢誤魔化してる感じですか?」

「とんでもなく失礼ねこの子」

「負けすぎて歪んでしまったのさ。もう心を癒す事は出来なかった」

「うるせーな年増」


 俺は重症患者の筈だが、何故か左足が痺れて動かなくなった。


「過激すぎないかしら、あなたたちのコミュニケーション」

「愛の鞭さ」

「俺もラブコールしてるだけです。やれやれ、師匠も素直じゃないな。まあ誤魔化してる時点でそりゃ」


 俺は重症患者の筈だが、何故か口も動かなくなった。


「んもも、んもんも」

「激しいわね……」

「フンッ」


 フンッ 

 じゃないが。 

 俺が言いたい気分だよ。フンッ。


「メグナカルトォ!!」


 怒声と共に病室にガタガタ音を立てて侵入してきた。

 まだ姿は見えてないが、これは多分バルトロメウスだな。さっきまで聞いてたしこんな感じで叫ぶのアイツくらいしかいない。


「良い戦いだった! またやろう!!」

「勘弁してくれ。俺は一回勝ったらもう負けたくないし戦う気ないぞ」

「なんと!? 折角お前を倒すための魔法を一つ考えたのに」


 あ~~~いやだよ~~。

 なんでこの短時間で思いつけるんだよ、そういう所だぞ本当にお前ら。

 お前ステルラ程じゃなくても才能ありすぎなんだよ。


 ステルラが200、お前が80、師匠が50、俺1。


 わかるか? 

 この理不尽すぎる世界の違和感が。


「懐に入られたのは随分と久しぶりだ。メグナカルト、お前は強い!」

「そうか。お前も強いから二度と戦わない」

「そこを何とか! 母上・・、もう一回秘密裏にセッティングしてくれ!」


 なんて?? 


 ニコニコ微笑むロカさんに向かって、事もあろうにコイツは母上と呼んだ。


「ごめんねロア君、うちの息子・・強い人と戦うの大好きで」

「エイリアスさんと戦っている時と同じくらいのプレッシャーだった! 俺とお前は切磋琢磨すれば高みへと登れる、俺の血がそう叫んでいるんだ!! 頼む!!!」

「いやだ。俺は痛いのも努力するのも大嫌いなんだ」


 助けてくれ師匠。

 僅かに動く激痛がヤバい腕を動かして師匠へと縋りつく。

 ほら、可愛い愛弟子が助けを求めてるんだぞ。こういう時に颯爽と助けるのが師匠の役目でしょ。


「ロアッッ!!」


 ぎゃ~~! 

 めんどくさい熱血台風だけでもアレなのに、更に憎き幼馴染が現れた。

 しかも滅茶苦茶にテンション高い。このテンションの高さ、あの日のステルラとおんなじだ。目がキラキラ輝いている。


 もういやな感じがする。


「凄かった!!!」

「語彙力無いのか」

「だってだって凄かったんだもん!」


 身振り手振りで感動を表そうとする子供みたいだ。


「────負けないから! 

 私、ロアと戦うまで絶対に!」


 俺とやる時は負けてくれ、頼む。

 アレを見てやる気満々になるお前らやっぱおかしいよ。俺なんかお前が圧勝したときドン引きしたよ。

 才能だけではなく向上心にすら溢れる連中はやはり頭がおかしい。俺のようなマトモな人間にとっては大変苦しい環境である。


「ならば俺と修行だ! エールライトもいずれ俺が倒す!」

「は? お前がステルラに勝てる訳無いだろ、俺に勝ってから言え」

「ならば戦おう!」

「やれ、ステルラ」

「今の話の流れで私に振るの?」


 俺はもう勝ったし、バルトロメウスも弱くないしハチャメチャに強いがステルラには勝てないだろう。

 あの・・ステルラ・エールライトだぞ? 


 つまりここでステルラに振れば、俺は永遠に勝ち逃げできる。


「やはり俺の頭脳は冴えわたっている。明晰すぎて末恐ろしいぜ」

「さっきまでのカッコよかったロアはどこに行ったんだろう……」

「失礼だな。俺はいつだってカッコイイだろ、なあ師匠」

「あーはいはいそうだな、かっこいいかっこいい」


 もうちょっとやる気を出して褒めて欲しい。

 死ぬ気で頑張ったんだぜ、おれ。


 随分と騒がしい病室になったが、俺は噛み締めている。

 自身の才能の無さと現実の不安に涙を溢した日々は無駄じゃなかった。誰かの手助けが無ければスタートラインにすら立てない俺だが、そんな俺を快く受け入れてくれた人がいる。


 ここからだ。


「待ってろよステルラ。お前を追い越すのは俺だ」

「……ふふっ。うん、わかった。高みでふんぞり返ってるね?」


 久しぶりの幼馴染の笑顔は、とても眩しかった。

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