第九話①

 パラパラと瓦礫が崩れる音がする。

 俺はその音で目を覚ました。


 状況を確認するまでも無く、しっかり記憶は保持している。牽制終わった直後に考えるの面倒だからと放り込まれた最上級魔法に対して、俺はかつての英雄の再現をしようとした。


「ふゥ~~~ッ……どーよ天才共」


 痛快な気分だ。

 俺は光芒一閃アルス・マグナ以外全部ぜーんぶ一般人だ。

 魔力も扱えず、魔法はわからない。知識として理解しているだけで対策も破壊することくらいしかない。


 そんな俺でも、絶対的な才能を磨き続けてきた人間に通じるのだ。


 それが自分だけの力では無かったとしても、それこそが俺


「効くだろ、凡人からの一撃は」

「──ハッ! どこが凡人だ、何処が」


 あれだけの大出力を放って尚魔力を維持している、ズルいね全く。


「その剣技──目で捉える事が出来なかった。魔力の形成具合を察するに、それは外部出力だな?」

「流石の観察眼だ」


 一瞬でバレてんじゃねぇか。

 俺はお前の魔法の方式一切理解してないが? 


「……実を言うと、お前の事は少しだけ知っていた」


 肩を竦めながらバルトロメウスは言う。

 俺の事、ね。十二使徒の繋がりは一切理解していない(かつての記憶はあるが、今は役に立たない)ので、師匠が俺の事をどう話しているのかはわからない。ただまあ推薦してくれる位だし、それなりに評価してくれてはいるんじゃないだろうか。

 あの日謳った英雄にしてやるという野望は幸いな事に果たされずにいる。


「魔法が使えず、その身体一つで覇道を往く強者だと」

「ちょっと待て」


 俺の一番バレちゃいけない部分がバレてるんだが。

 観客席の方に目を向ければ、へたくそな口笛をヒューヒュー言わせながら誤魔化している師匠が居た。ブラフにすら使えないんだが? また一つ才能を持たない人間の手札が消えた、やれやれだぜ。


「──だからこそ!!」


 咆哮と共に、再度風を収縮していく。

 ……もしかして、アイツの風魔法ってかなり特異的じゃないか。

 普通の魔法使いは自らの魔力を変換し、それぞれの属性へと姿を変える。その筈なのに、アイツは周囲の風すら自らのモノにしているような。


「俺は全力で往く! これほどの強者相手に手心を加える程、自惚れはない!」

「自惚れてる方が俺にとっては有難いね」


 渦巻きが濃さを増し、奴自身の翼となって空に飛びあがる。

 魔鳥との交戦経験はあるが、人間サイズの化け物とは戦ったことはない。あー、死ぬ気で努力してきた経験が息をしてねぇ~~~。

 泣き言を頭の中で吐き続けながら再度構える。


「“暴風雨サイクロン”!」


 ──ただの風じゃない。


 物理攻撃の風と、何かが混じっている。

 俺の動体視力ではその正体を見極める事は出来ないので、回避を優先するために駆け出す。先程の最上級魔法とのぶつかり合いで体力も半分程度消耗した上に手足のダメージも広がりつつあるが、この程度なら問題ない。

 これまた嫌いな苦痛だが、この程度は散々受けて来たのだ。


 嫌だが耐えられる・・・・・・・・


 地を這うように俺を追尾する二つの嵐を視界に収めつつ、空中を駆け抜ける為の準備をする。

 経験上──この経験は、ロア・メグナカルトと英雄双方のモノ──どういう具合に力をぶつければ、どういう風に戦場が変化するのかという問いには強い自信がある。才能は無いが、積み上げた努力は、忌々しい事に嘘を吐かない。


 走りながら僅かに会場に傷を付けつつ、未だ空を漂うバルトロメウスを中心に円を描くように周回を重ねていく。


「逃げてばかりでは好転しないぞ!」


 更に魔力の濃さを増して、解き放つ。

 計四本の風渦が四方から迫ってくる。空がフリーなのは俺に逃げ場が無いのを理解しているからだろうが──準備は整った。


「それを、待ってたんだよ……!」


 先程まで会場を僅かに斬りながら移動していた意味は、この時の為だ。

 あと少し傷をつければ砕け瓦礫になる、そのくらいまで傷をつけて回る事で奴自身の攻撃で『俺の足場を作る』。


 直撃するまでの僅かな時間に見渡して、俺は空へと踏み出した。


 幸いにもバルトロメウスへの最短距離は見つかったので、後は瓦礫を踏みしめ駆け抜けるだけ。


「────なんとッ!?」


 曲芸染みた技術ではあるが、俺は何だって試してきた。

 山の中を駆け回るためには、枝すら利用せねばならない。地面を這いつくばって、幹を駆け上り、枝を折りながら走る。最初は何も出来ずに師匠に転がされていたが、一年・二年と時間が経つにつれて俺の身体は自由になった。


 八年間の修練の結果──俺は、天才共と対等に戦える場所まで辿り着いたのだ。

 近づいて斬るという、この二つのみをひたすら磨き続けて。


 浮く為に維持していた渦巻きを俺に差し向けてくるが、この距離まで近づいてしまえば俺の方が有利だ。

 肉弾戦が出来ないとは思わない。


 あのステルラ・エールライトだって接近戦を熟せるだろう。だから油断はしない。奴らが十の集中をするなら、俺は百の集中をする。自分が得意な分野くらいは上回れる程度に必死になれ。


 渦巻きを斬り、その身へと剣を突き立てる。

 人を斬るのはこれで二人目だが、かつての英雄の記憶が俺を震え上がらせた。

 自分の手で殺した人間の怨嗟の声。いつまでも続く悪夢、死の間際にすら蘇った悪意。


 その苦痛に対し──真っ向から勝負を仕掛けた。


 バルトロメウスの脇腹を斬り、血が噴出する。


 血が俺の顔に掛かる。

 相変わらず不快な臭いだ。子供の頃は忌み嫌っていたこの臭いも、今となっては嗅ぎなれてしまった。主に俺自身の血で。焦げた肉の匂いとかも覚えた。主に俺自身が焼けた時。


 すぐさま後方に引くことで距離を引き離された上に、瓦礫も風で振り落とされた。

 その対応力と冷静さは流石としか言いようがない。初見ですぐに対応されると嫌になるな。


 地面に着地し、すぐさま駆け出す。

 攻めるなら今しかない。少しでもダメージを与えているので相手が次の手を思いつくより先に勝負を決めに行く。俺の光芒一閃はメリットばかりではなく、デメリットもあるのだ。


「ならば、これはどうだ!?」


 腹を斬られてるというのに楽しそうに魔法を放ってくるあたり、かなりの戦闘狂だ。

 あーやだやだ。こういう奴は次から次へと進化を重ねていくので、俺としてはこれ以上強くなって欲しくない。もう俺より強い奴全員弱体化し……いや、やっぱするな。


「暴風雨……否!」


 魔力が可視化出来る程に唸りを挙げていくのがわかる。

 これを許してはいけないが、妨害するためには──あるな。


 会場を再度斬りつけ、ブロックで切り取った瓦礫を蹴り飛ばす。

 ギリギリ砕けないで形を維持できる最高速度だ。代償として俺の右足は涙が出そうなくらい痛い。感覚的に骨に罅いってるなコレ。


「────雷雲トニトルス!」


 俺の決死の妨害虚しく、魔法を完成させたバルトロメウスの圧が解き放たれる。

 バチバチと青白い稲妻を奔らせながら渦巻く嵐が俺に迫りくる。


 腕も足もそれなりに重症、体力も削られてる。

 息も荒くなってきたが……やれるか? 


 三属性複合魔法とか大概にしろ。

 お前天才すぎんだよ、一回戦でぶつかる相手じゃないんだよ。師匠、もう少しパワーバランス考慮してください。俺の心が持ちません。


 一度だけ息を吐いて。


これ光芒一閃を抜いた時は、負けたくない」


 自分の感情を改めて認識し、構える。

 避けてもいい。いや、避けるのが正しいのだろう。魔法出力が落ちてきているとはいえ三属性を混ぜ合わせたバケモノみたいな魔法だ。それを十二使徒の弟子になれるような天才が、圧倒的な魔力で練り上げて放ってきている。


 でもな。

 おれは負けず嫌いなんだ。


 おれを負かしていいのは未来永劫たった二人だけだ。


 その二人も最後には倒す。


 ふ~~~……

 未来の事は、未来の俺が何とかするだろう。

 デメリットを頭の中から完全に消去し、眼前の勝利を掴むために意識を内側へと集中させる。


 正面から行くのは愚策だ。

 そんな事は分かっている。


 師匠に授けられた祝福を以てしても、俺が耐えられる保証はない。

 わかってる。十分に理解している。


 ────それでも。


 俺は証明して見せたい。

 才能無き人間が、大嫌いな努力を重ね続けた結果を。

 劣等感に塗れた俺が、光に塗り潰されないように足掻き続けた末路を。


 そして、俺を選んだ師匠の目が曇っていない事。


 覚悟は定めた。

 一度放つだけでダメージが両腕に来る斬撃を重ねて放ち、真正面から雷雲を打ち破る。単純明快な答え、俺が死ぬ前に敵の魔法を全部壊してしまえばいい。ゴリ押しもゴリ押し、戦術のクソもない。


 安心してくれ。

 俺は、勝ち目のある勝負しかやらない・・・・・・・・・・・・・・


 三属性複合魔法は難易度が異常なほどに高くその分上手く調整すればとてつもない効果を発揮するのが多い。今回の場合は雷・水・風の複合魔法になるだろう。

 俺には絶対にできない天才の魔法だ。


 劔に光が灯る。

 僅かな紫電が漏れ出し俺の手をも焼くが、皮肉なことにその自傷はダメージにならない。本当に上手く調整してくれたものだ。


 ここまで御膳立てされて決めない訳にはいかんだろ。


 肉の焦げる匂いを嗅ぎ取ったのと同時に、雷雲へと向かって駆け出す。

 愚策だろう、下策だろう。それでも、ステルラ・エールライトに辿り着くためには我武者羅にならなきゃいけないんだよ。


 雲を斬り嵐の中へと突入する。

 荒ぶく風と混ざる水弾を致命傷になるモノのみ斬り落としながら走り続ける。時折混ざる雷が他に比べて僅かながら精度が低いので、バルトロメウス自体この魔法を使う事はあまりないのだと推測する。


 そこが突破口になる。


 一息吸い込んで、先程の座標目掛けて全力で跳ぶ。

 この魔法の弱点は、大きく作りすぎたことだ。視界も悪く、内部での殺傷能力も低い。本来ならばもっと大雑把に、それでいて精度を高めた風・水・雷のそれぞれ別方向からの多重攻撃が強みだ。


 それが無いのならば、今ならば。


 雲を抜け、構えた光芒一閃を振り翳す。

 予想通り俺の事を待ち構えていたのか、巨大な風を作り出すが。

 その行動よりも俺が早い。魔法の才を持つが故に、接近戦と魔法戦の切り替えのタイムラグがある。


 ただの風程度振り払い、一閃。

 雲が晴れた坩堝の屋上が崩れ、瓦礫が降り注いでくる。

 あと一撃叩き込めば俺の勝ちだと言うのに、バルトロメウスは笑っていた。獰猛に、どこまでも楽しそうな表情で。


 歯を食い縛って、全身を迸る稲妻の痛みに耐えながら光芒一閃を振るう。


「俺の────」


 袈裟斬りによって刻まれた刀傷から血が噴き出て、身に纏っていた魔力も霧散する。

 切り返す刃でもう一度、十字に傷を刻む。


 激痛が奔ってるだろうに満足げな表情で墜ちていくバルトロメウスを見送って、俺も地面に降り立つ。

 着地の衝撃で折れた右足が悲鳴を上げたが、ここで情けない声をあげるわけにはいかなかった。それは俺の小さなプライド、ただ一つ残された矜持の問題だった。


 ロア・メグナカルトは凡人である。

 だが、それと同時に男でもあった。


 壊れた天井から差し込む光が俺の初勝利を祝っているようで、俺の努力は無駄では無い事を証明するようで。


「────勝ちだ!」


 光芒一閃の柄を右手で握り締め、胸の前に掲げる。

 今すぐにでも倒れてしまいたい程に消耗しているが、それでも倒れる訳にはいかない。

 いつの間にか人であふれていた観客席の中から俺を見る幼馴染に向けて、あの時の約束を果たす為に。


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