一章 首都魔導戦学園

第五話①

「……おぉ」


 眼前に広がる光景に思わず声を漏らす。

 かつての記憶と比べても、立派に発展したこの街──首都ルクスマグナ。


「どうだい? 久しぶりの文明は」

「それ、師匠が言っていい言葉じゃないですよね」


 が暫く文明に触れてないのはあなたの所為であり、大自然に触れる事を選ばざるを得なかったのもあなたの所為である。

 何を好んで虫と獣に塗れた山の中でバチバチに剣戟しなきゃいけないんだ。


 あ~、辛かった。


「ちゃんと世話してあげただろう? いいじゃないか植物に囲まれて生きるのは」

「俺は自然より科学を愛してます。師匠みたいに長生きしすぎて精神が植物と一体化してるヤツと一緒にしないでください」


 街の往来だと言うのに、俺は気が付けば地に伏せていた。


「こ……こんなことしてタダで済むと思うなよ……」

「私の顔を知ってるのは一部だけだから、何も躊躇う事はない。時に恥も外聞もかなぐり捨ててでもやらなければならない事があるんだ」


 こんな野蛮な師匠に育てられた人間の今後が不安になる台詞だ。


 これで齢百以上なのだから、人の精神成熟度は年齢によらないと証明できたな。

 なぜなら俺は十五歳・・・なのに師匠より大人だからだ。我慢強いし。


「さ、行くぞ馬鹿弟子。急がないと間に合わなくなってしまう」

「俺今日入学式なんですけど……」

「全く。十五歳になってまだ自己管理が甘いのか?」

「喧しいぞ妖怪」


 俺は必死に立ち上がろうとしていた筈だが、気が付けば空を見上げていた。

 あー言えばこう言う、ていうか俺は一方的にやられるのが嫌だから反撃しているだけなのにどうして更に反撃されるのだろうか。


 目には目を歯には歯を、軽口には軽口を。


 きっと師匠は長く生き過ぎた代償に常識を忘れてしまったのだろう。


「やれやれ。困っちまうぜ」


 空の色はどこでも変わらず蒼色である。

 山の中から見た幻想的な星空も、文明に囲まれた首都から見上げた青空も変わる事はない。


 世界の広さに比べれば、随分と自分はちっぽけだ。


 思い上がる事が無いように刻んでいこう。

 徹底した敗北思想の上に、俺は立っている。





 首都魔導戦学園しゅとまどうせんがくえん──魔学なんて呼ばれ方をする、魔法戦闘におけるプロフェッショナルを育成する学園である。


 学長を務めるのはかの高名な魔祖、そのネームバリューの大きさと卒業生の実績の積み上げにより戦後の教育機関として頂点に君臨する超人気学園。師匠が正体を明かし、俺を本気でボコボコにし始めたあの日に結んだ約束の一つだった。


『ロア、将来的に首都学園行ってもらうから』

『承知した(意識が朦朧としている)』


 この会話したの、全身ズタボロになって折れてない箇所ないんじゃないのかと思う程に痛めつけられてる最中だった。

 普通に酷いと思うのだが、約束は約束だ。


 俺からしても学園で一番を取るのは目標なので、まあそれに関しては許そう。


「俺の席は……ああ、あそこか」


 必死こいてしがみついて来た結果として、なんとかその約束は果たした。

 師匠の提示する条件をクリアして、自分でもある程度の地点まで到達したと自覚したので入学したのだ。


 指定された座席に座り、その心地よさに思わず腰が抜けそうになる。


 ああ、やっぱコレだよこれ。

 人類の進歩は素晴らしい。もう硬い切り株に腰掛けなくていいし、虫の這いずる地面で寝なくていい。寒さに震えながら火を起こして焚火で暖まるとかしなくていいんだ。


 地獄のような八年間だった。

 かつての英雄に負けず劣らず、気が付けば懐柔されていた両親の許可が出た所為で師匠は自重を止めてしまったので日々歯軋りと身動ぎの止まらない生活だった。人里離れた山奥で師匠と二人、定期的に襲撃してくる模造体に対応しながら基礎も身に付け、師匠に魔法でボコられる。


 思い出すだけで身震いしてしまう。


「入学初日なのに随分と眠そうだね」


 そんな風に恐ろしい記憶を消し去ろうと睡眠に移行しようとしていたら、隣の席から声を掛けられた。


「ようやく悪夢から解放された門出なんだ。安眠出来る環境であれば寝ておけというこれまでの経験が睡眠を促した」

「そ、そうなんだ……大変そうだね」


 明らかに引かれたが、今の俺にとって最も重要なのは「自堕落>越えられない壁>関係形成」である。


 ふ、ふはは、ワッハッハ! 

 俺の事を見ている奴は既に誰一人としていないし、師匠の監視の目も無い! 

 八年、いいや九年ぶりの自堕落生活が俺を待っているんだ。そう思えば未来も明るいし心も軽くなるモノだ。


「僕はアルベルト。君は?」

「ロア」


 アルベルトか。

 いい名前じゃないか。


「ロア・メグナカルトだ。よろしくな、級友」

「こちらこそよろしく。アルベルト・A・グランだけど長ったらしいからアルでもいいよ」


 もしかしてステルラ以外の友人が出来るの初めてじゃないか? 

 アイツは村の学び舎に足を運んでいたのに、俺だけ山に拉致されたので交友関係がそこで閉ざされている。嫌だよ魔獣が友達とか、認めませんから。


 藍色の髪を流したナチュラルヘアを爽やかに靡かせつつ、アルは楽しそうに話を始めた。


「僕は東の方から来たんだけどロアは何処から?」

「南の辺鄙な村から出て来た田舎者だ。倒錯的な師匠に苛め抜かれてここに入れられた」

「随分と過激な師だね」

「七歳の俺をボコボコに打ちのめした悪魔だ。俺はようやくその支配から逃れる事が出来て、本来の自分を見つめ直してる最中だ」

「ごめん、気楽に触れていい話題じゃないね」


 ハハハ、なんて笑い声と共に返答していたら謝られた。

 見たか師匠、これが世の中の回答だ。世間的に見ればおかしいし、普通は山に何年も閉じ込めないだろ。

 裁判を起こせば勝つ自信が湧いて来たな。


「お陰で暫く嫌いな努力をしなくても良くなった。先に死ぬほど痛くて苦しい目に遭うか、それとも後に死の危険と共に辛い目に遭うかの二択だっただけだ」

「なんでそんなに追い詰められてるのかな。今の世の中、そんなに心配しなくてもいいと思うよ?」

「俺と師匠は心配性なんだ」


 まあ、そういう事だ。

 あの時師匠が祓った異形はかつて英雄が死した後に零れた連中らしく、封印が徐々に解け始めている。確認できる分はちまちま回収しているがそれでもなお追いついてない──そう、後に語っていた。


「そんなに言う人も見たこと無いなぁ。ロアの師匠って高名な方?」

「ネームバリューはある。長寿の妖怪だ」

「よ、妖怪……」

「アルは師は居るのか?」


 コイツ、ぱっと見気安い男だが多分イイトコの人間だ。

 話すときの声のトーン、僅かな所作、整った容姿。金持ちの家なのは間違いないだろう。


「子供の頃から教えてくれた人はいるよ」


 家庭教師か。

 ステルラと同じパターンか? 

 アイツは村娘なのに周囲の人間が英才教育を施した所為でどこに出しても恥の無い天才娘に進化を遂げたと聞いている。


 何故知ってるか? 


 師匠に聞いたに決まってんだろ、言わせるな恥ずかしい。


『これより入学式を始めますので、新入生の皆さんは移動をお願いします』


 どうやらお喋りはここまでらしい。

 教室集合にしたくせにロクな打ち合わせも無く入学式とは、流石はあの魔祖が学長なだけはある。色々すっ飛ばしてやらかしてても疑問を抱かない程度には、かつての英雄の記憶で理解している。だってあの老人やべーもん。色々イカれてる。


 あの老人に比べれば我が師は相当にまともだ。


「いや、師が問題を抱えすぎているがゆえにマトモに……」

「自信家だね」

「俺は何時だって正しく自分を見詰めている」


 怠惰を好み努力を嫌う、そんな性質が根本にある。

 それにしてはよく頑張ったと自分を何度も褒めてやりたい。


「この理屈で行けば俺は聖人になれるな」

「逆にどれだけヤバいのか気になってくるね。他にエピソードある?」

「村で最上級魔法をぶっぱなした」

「やば……」


 最上級魔法をポンポン撃てるのもヤバいし、それを普通に村で撃つのもヤバい。

 実際は俺達を守る為に撃ったんだが、嘘は一つも吐いてないので問題ない。このまま俺の師匠=ヤバい奴扱いしてどんどん擦り込んでやる。いずれこの学園中に『ロア・メグナカルトの師匠はヤバい奴』と根強く理解されるようにしてやるのだ。


 これは俺の正当な復讐である。


「運が良ければ、今日見れるかもな」

「そんなに高名な人なの!?」


 首都魔導戦学園は仮にも魔祖が学園長を務める国営教育機関であるので、行事があるたびに有名人が来る。

 その都度待たされる生徒側としては非常に退屈だが、たまに滅多に表に出てこない仙人みたいな人も来るらしいので一大イベントになっているそうだ。


 なお、学長の挨拶は『めんどいからパスなのじゃ』とかいう適当過ぎる一言で無くなった。


 どうして教育者をやろうと思ったのか甚だ疑問である。


「ネームバリューだけはあるのさ」

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