第五話②


 大きい別館に集められた俺達新入生、そして在校生が並んで立つ。

 軍隊でもないからそこまで丁寧さを求められてないが、この学園に入学する位の連中なので必然的に綺麗な形になる。俺も一通り叩き込まれてしまったので、右に倣えで同じようにしている訳だ。


「……ね、ロア」

「なんだ」

「来てる? 君のお師匠さん」


 細々とした声で問われたので、それとなく見渡してみる。

 あの人の魔力を浴びすぎて分かるようになってしまったから、ここの会場に居る事は分かる。場所は来賓席だが、俺の身長より高い奴が周りに居るので見えない。

 これでも結構成長したんだが傷つく。また俺の鋼のようなプライドに傷をつけられてしまった。


「いる。来賓席だ」

「おぉ、楽しみだな」

「──そこ、うるさい」


 コソコソ男二人で話していると、更に隣の女子生徒に咎められてしまった。

 あーあ、俺は悪くないからな。アルが話しかけてきたのが原因で、心優しい俺は出来た友人のささやかな問いを断ずるという行動をしたくなかったので答えてあげたのだ。つまり『話しかけてきたアルが悪い』という図式を作れる決定的なチャンス。


「ごめんね、つい気になってさ。でも最上級魔法を村でぶっぱする人って言われたら君も気にならないかな?」

「……最上級魔法を?」


 おいおいお前が釣られんのかよ。

 ていうかアルに先手取られたが、まだ決定的な敗北には繋がっていないな。


「そう、最上級魔法。あの魔祖十二使徒達が編み出した、それぞれの属性におけるの技だよ」

「あり得ない。最上級魔法は国中探しても使える人が限られてるし、魔祖十二使徒以外で撃てる人なんて──」

「今は静かにしておいた方がいいんじゃないか?」


 はい、決まった。


 女子生徒はハッと顔を驚かせ、やがて俺を睨んで来た。

 はい俺の勝ち。謀略ってのは周囲の偶然も利用して積み上げてくモノだからな、いい勉強になったんじゃないか? 

 アルはやれやれ、なんて肩を竦めている。


 もしかしてコイツナチュラル畜生か? 


 わかっててやった節があるな、これ以降コイツの前での言動には気を付けよう。いつ足を掬われるかわからない。


『──ありがとうございました。では次に、新入生挨拶』


 新入生挨拶、か。

 実技・筆記・面接全てにおいてトップを獲った人間が選ばれるこの新入生挨拶。本当なら俺が目指して堂々と見下げながら『一般生徒の皆さん、こんにちは!w』と言ってやらねばならないが、生憎俺は一般入試を受けていない。


 よって、そもそもこの選択肢に入れない訳だ。


 いや~特別扱いされちゃって困るな~。





『新入生代表、ステルラ・エールライト』


 俺は血の気が引いた。

 愕然とする、そんな言葉を今体現している。

 声にもならない悲鳴を内心であげながら、思わず壇上を見た。


 静かに、あの頃とは比較にならない程丁寧な所作で壇上へと登っていく幼馴染。


 バカな。

 俺は、はあの頃とは違うんだぞ。

 才能が欲しい楽がしたいと嘆くだけの非力な凡人から、楽がしてぇ寝ていたいと願う自堕落に焦がれた男へと進化したんだ。それなのに何故、どうして勝利を誓った相手に見下されている? 


 まさか、まさか……あの雷ババア! 


 俺を嵌めたな? 


「……ハ、ハハッ」


 キッと隣の女子生徒に睨まれるが、それどころではなかった。

 儀式とか礼儀とかどうでもよくなって、は乾いた笑いを挙げてしまった。アルがギョッとして俺を見て来た。


 ステルラじゃなければ。

 ステルラ・エールライトじゃなければ。


 俺が勝利を誓った幼馴染英雄でなければよかった。


『誉ある魔導学園に入学できたこと、大変うれしく思います。私は──』


 声も少しは変わっているが、あの頃と大差ない。

 ウ、ウワアアァ────ッ!! 今すぐ殴り込みたい、今すぐ入試受けたい、今すぐここから逃げ出したい。


 いる事を言えよ! 

 あの妖怪、長く生きてるからロマンチストな部分がある……そこが悪さをしたな、間違いない。

 絶対『暫く会ってない幼馴染が同じ学園に通うのいいな……そうだ! 秘密にして入学式で驚かせてやろう、きっと喜ぶぞ~』みたいな思考をしているに決まってる。


 かつての英雄と同じ剣筋を自然に出してる子供を英雄に仕立て上げようとするくらいだ、おかしくない。


「カ、カヒュッ……」

「ロア!?」


 既に女子生徒へのマウント合戦での勝利は記憶から消えた。

 九年越しの敗北を師匠と幼馴染に叩きつけられた俺としては内心煮えくり返り、既に温度は融点を越え、臨界点に至ろうとしている。


『──以上。新入生代表、ステルラ・エールライト』


 一礼をして、ヤツは壇上から降りていく。

 同じクラスにはいないから別のクラスだな。後で殴り込みに行ってやる。


「……相変わらずお上品な子」

「知り合い?」

「私が引っ越してから大体三年、ずっとボコボコにされてた」


 おお同士よ。

 お前と俺は同じだ。天賦の才を持つ化け物に蹂躙される凡人枠、さっきはマウント取って悪かったな。仲直りしよう。


『では続いて来賓祝辞へと移ります』


 おい。

 既に嫌な予感がしてきたぞ。

 どんだけ鈍くてもこれはわかるだろう、この流れ。


『魔祖十二使徒第二席、エイリアス・ガーベラさまより祝辞を戴きます』


 オアアァ────ッ!!!! 










「おーいロア、大丈夫?」

「おれはだいじょうぶだ」

「大丈夫には見えないけど……」


 クソが。

 絶対師匠の仕業だろ。

 アイツこの時の為に仕込んでたな、そうに違いない。


「まあビックリするよね、第二席って言えば数十年外部露出の無い人だって言うし」


 俺の師匠です。

 正確には新入生代表のステルラ・エールライトの師匠でもあります。あの儀式は師弟による宣誓の儀だったんですかね。俺の方が先に門下入りしてる筈なんだが? 


「やっぱり来たって事は本当なのかな、あの噂」

「噂?」

「聞いたこと無い? 第二席の弟子が入学するって噂さ」


 俺とステルラです。


「あ、あぁ……初めて聞いた」

「他にも第四席、第六席、第七席の弟子も入学してるらしいし本当っぽいね。同学年がこんなにバリバリしてると僕としては困っちゃうよ」

「まったくだ。俺は努力が嫌いだから困る」


 教室へといつの間にか戻っていたようで、俺にはその間の記憶がない。

 あまりの敗北のショックで意識を飛ばしてしまったようだ。自己防衛がしっかりしているいい意識だと思う。


「お前はどう思う? 同士よ」

「誰が同士よ」


 さっき俺がマウント取って負かした女子生徒に話を振る。

 気が付かなかったがどうやら俺達の横だったようで、栗色の髪をショートヘアで揃えているのが特徴だ。


「……噂の真偽はともかく、あの女には勝つ」


 お前は俺か? 

 俺がいない間にまた新たな犠牲者が生まれていたとは……恐ろしきステルラ。


「譲れない女の戦いってヤツ? 怖いねぇ」

「うっさい、黙ってなさいよ」


 おーこわ、なんて言いながら飄々と躱している。

 コイツやっぱ畜生で正解だな。気を付けてないと後ろから刺してくるタイプだ。


 軽薄な笑みもそう思うと怖く感じる。

 裏で何考えてるかわからないな、結構冗談は通じるけど。


「そういえば何でロアは悶絶してたの?」

「それを説明するには長い時間が必要になる。あれは今から九年前の事だった」

「長くなるっていうか日が暮れるよね」

「簡潔に告げるとトラウマが刺激されて呼吸困難になった」

「昔何があったの!?」


 それはもう辛く厳しい毎日だった。


 人力で凧あげをされた時は大変だった。

 あの後暫く悪寒が止まないし、その所為で見たくもない光景見せられるし。あれ、全部大体ステルラの所為じゃないか。


「同士、名前は何と言う」

「だから誰が同士よ。なんで言わなきゃいけないの」

「言わなければ同士と言い続けるが」

「やめなさい。……ルーチェ、ルーチェ・エンハンブレよ」

「俺はロア・メグナカルト。こっちの畜生はアルベルトとでも呼んでやればいい」

「僕凄い軽視されてない?」


 事実だが。

 これでさっきの貸し借りはなくなったぞ、ルーチェ。

 主に俺が勝手に勝利した戦いはこれでチャラだ。


「ていうか何で同士呼ばわり?」

「それは簡単な話だな」


 教室の扉が開かれて、誰かが教室内に入ってくる。躊躇いの無い足音から察するに教員だろうか、いずれにせよ相当の自信を持った人間だ。

 これで話は終わりだと言わんばかりに、俺は振り向きながら言葉を続けた。


「俺も、ステルラ・エールライトに負かされ続けてるからだ」


 だからこそ、ここへ来た。

 頂点を目指す環境の整った、この国で一番の教育機関へと。


「勝負だな。俺とルーチェ、どっちが先にアイツに勝つのか」

「ちょっと、その話詳しく……ああもう! 後で聞かせてよ!」


 先程まで絶望していたが、案外面白い学生生活を送れそうだ。


 ──ああ、そうさ。


 ここからは常勝するのみ。

 俺が掲げるのは敗北の理念ではない、勝利への渇望である。



 ──常勝不敗。



 それこそが俺の銘だ。

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