第四話②

 かつての戦争で、魔祖と謳われた魔法使いが存在した。現存する魔法体系の全てを構築した天才であり鬼才であり英傑であり、寿命すらも超越した魔力の果て。

 今も尚存命し後継育成に努める彼女には、十二人の弟子が居る。


 それぞれの属性を極め、寿命を乗り越えた生命の超越者達。

 人類が到達できる限界点を突破し、新たな生命体へと成った超人。


 魔祖十二使徒と呼ばれる偉大なる魔法使いである。










 おれは一人ベッドに横たわり、振り返りをしていた。

 いわば記憶の整理とも言う。英雄の記憶が稀におれに混濁することもあるから、自意識の確認は大切な作業である。


 こういう些細などうでもいい努力が一番嫌いだが、やらねば困るのでやる。


「……エイリアス・ガーベラ」


 それが師匠の名だ。

 魔祖十二使徒と呼ばれる人類を超越した異次元の魔法使い、その成れの果て。

 かつての英雄の記憶ではロリだったので一切わからなかったが、今日の魔法を見て確信した。


「あの禁則兵団の人じゃないか。うわ、地雷踏み抜くところだった……」


 しかもあの人天然の才能で強くなったわけじゃ無く、研究段階の非合法な手段を強制的に付与されたタイプ。その上努力家であり、自らの身体のデメリットを超越するために魔祖の元へ下った異次元の意志を持つ人だった。


 努力か。

 みんなよく努力できるよな。


 おれは努力程魅力のないギャンブルは存在しないと考えている。

 賭けが当たるかわからず、その成功率は自身が苦しんだ時間と比例する上に盤外の才能が求められる。戦闘とかギャンブルの連続だし、いつだって命を対価に賭け事をしてるのと変わらない。


 かつての英雄が証明するように、あれだけ人生を苦しみ抜いた人物は結局闇に葬られた。

 その身を犠牲にしてすら届かなかったのだ。それはギャンブルに失敗しているのと同じだと、おれは思う。


「……楽して強くなりたい」


 この願いは変わらない。


 努力が大嫌いだが、それと同じくらい敗北が嫌いだ。

 でも頑張る事はしたくない。だから必然的に才能を求める。


「あ゛あ゛~~、負けたくないし強くなりたいが痛いのは嫌だし頑張りたくない。どうして神はおれにこんなクソみたいな選択肢を与えたのか」


 妬ましくてしょうがない。

 一度捨て去ったはずの嫉妬心が再度心の熱を燃料に燃え上がり始めた。

 ああ、羨ましい羨ましい羨ましい。おれにだって才能の一欠片くらい分けてくれてもいいじゃないか。


「悩んでいるようだね、少年」

「出たな妖怪雷ババァ」

「チッ」


 ガチの舌打ちと共に、おれの身体を紫電が貫いた。

 微弱な電気ではあるし痛みも無いが身体が痺れてうまく動かない。


「あがごごあががあごご」

「淑女に対する礼儀を弁えたまえ、まったく……」


 溜息を吐きながら窓からおれの部屋に侵入し、ナチュラルに布団に腰掛ける。


「…………君は自身を卑下する事を止めないな」

「おれに才能が無いのは事実ですから」


 あるのは一ミリの英雄の記憶と、おれの自堕落な本質である。


「大嫌いな努力と、大嫌いな敗北。天秤は傾くことはないし、おれにとってそこの比率は同じです。ゆえに、悩んでいます」

「本当は決まってるんだろう?」

「……まあ」


 非常に不愉快で誠に遺憾だが、諦めることはない。


 どいつもこいつもおれをなめやがって。

 確かにおれは英雄の記憶があるのにただの幼馴染にありとあらゆる分野でボコボコにされてへし折られたし、屈辱に塗れてプライドが僅かに沸々湧いた所で『でもおれアイツに勝てないしな……』って深層心理で考えている節はある。


 染み付いた負け犬根性だと? 

 おまえ表出ろ。


「それでも」


 本っっっっっっ当に嫌なんだが、おれが死にかけたのと同じようにステルラが死ぬ可能性があるのがこの世界だ。強くなれる才能がある代償と言わんばかりに、次から次へと戦いがやってくるのだろう。


 は~~~~~。


「それでも、おれしか追いつけないだろ」


 この時代を形作るであろう天才ステルラ・エールライトを唯一負かすのはおれである。

 どこまでも自堕落で面倒くさがりで戦いとか嫌いで血も汗も友情も心に響かないおれだが、理想像に常に押し潰されていて努力の虚無を理解しているおれだが、どれだけ強くなっても死ぬ可能性があるこの世界が好きじゃないおれだが。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!! 頑張りたくない努力したくない汗かきたくない!」


 天才を追い越すのは何時だって一握りの天才だ。


 おれに才能は無いが、才能の代わりに割り振られた記憶がある。

 泥臭く足掻く努力の結晶なんざおれのキャラじゃないが、誰かが積み上げた階段を登れるのもおれだけだ。


 夢に見る英雄にはならない。


 ステルラ・エールライトを負かす。

 おれの願いはそれだけだ。そんでもって、おれより弱いステルラ・エールライトに価値なんざない事を証明してやる。おれが全部解決してやる。


「……つよくなる」


 ステルラ・エールライトという天才を越える程に。

 他のどんな奴にも負けない。誰にも負けないおれになる。


 おれは今この瞬間自分から天秤を傾けた。

 努力へのヘイトより敗北の屈辱を憎んだ。


「おれを強くしてくれ。魔祖十二使徒、エイリアス・ガーベラ」

「──……君の大嫌いな努力を沢山させるよ」

「構わない」


 今の努力は未来への投資だ。

 おれは必ず英雄の技を修めて見せる。英雄の培った経験を全ておれのモノにする。


 そうして全部打ち負かす。


「上等だろ。アンタも英雄もステルラも、全部ひっくるめておれが負かす」


 敗北は味わいつくした。

 ゆえに、ここからは常勝するのみ。


 腕の借りも返さねばならない。


「……ふ、ふはっ。ふはははは!」


 唐突に壊れてしまった。

 やはり年季が入り過ぎていたのだろうか。


「お姫様だけじゃなく私もか?」

「当たり前だろ。アンタもおれを負かしてる。なら勝ちを重ねるまで諦めない」

「良い! 良いな我が弟子よ!」


 バサァとローブをはためかせ、人の家である事も憚らず師匠は声を上げた。


「我は魔祖十二使徒、『紫電ヴァイオレット』を戴くエイリアス・ガーベラ!」


 あれ? 

 なんか、記憶の中より大層な名前が付いてるんだが。

 しかも瞳がキラキラしている。こんなにもやる気に満ちてる師匠見たの初めてなんだが、おれはもしかして地雷を踏んでしまったのだろうか。


 おれが僅かに流した冷や汗など気にも留めずに、昂ぶりをそのまま言葉に乗せて師匠は叫んだ。


「お前を“英雄”にしてやろう! ロア・メグナカルト!」


 かつての英雄をその目で見てきた魔法使いのその言葉は、おれを震え上がらせるには十分過ぎた。


「いや、英雄にはなりたくないです」

「いいや! ロアは英雄になれる──何故ならば!」


「そのつるぎには既に、英雄が宿っているのだから!」


 そりゃ宿って見えるだろ。

 本物の記憶から読み取ってるのだから。


 ここに来て英雄の記憶を利用してるツケが回って来た。

 あの時代を生きて来た妖怪がそんなに身近に居るとか誰が思うんだ。第二席ってなんですか、一番上から二番目じゃないか。薬物とかそういうデメリット乗り越えて二番手に昇格するとか怪物かよ。化け物だわ。


 この人がやたら俺を評価する理由を完全に理解した。


 そりゃあかつての英雄が至った領域に形だけでも入ろうとしてる奴が居たら疑うし、すぐ傍で同じ事何度もしてきたんだから確信に変わる。


「……ハハッ」


 乾いた笑いが出た。

 おれの脳裏に浮かび上がるのはかつての英雄、その茨の道。


 腕が折れる。

 足が折れる。

 肺が破れた。

 頭部も拉げた。

 臓器が零れた。

 血液が流れ、意識を失った。


 ありとあらゆる痛みを乗り越えて英雄へと至った彼のその軌跡だ。


「…………ハハハッ」


 前言撤回。

 おれは努力をすると言ったが、幼馴染を追い抜くと言ったが……。


「……お、オアアッ!!」

「ようし、やる気だな! ここまではあの模造体も手を抜いていたが、これからは段階的に引き上げていく」


 なんて? 


 ガタガタ身体が震えて来た。


「いずれ至るその領域へ──目標がハッキリしているほうがいいだろう?」

「ハイ、ソノトオリデス」


 目標が見えるだけで、手が届くとは言っていない。

 おれの人生設計がズタボロに崩れていくのが目に見えてわかった。どこで間違ったのだろうか、やはり英雄の記憶があったのが駄目だったか。


 心臓の鼓動が痛い。

 もしかしてこれが恋煩いって奴だろうか。劣等感に支配されたおれの人生を彩る大切な出来事になるかもしれないから、しっかりと自分に向き合いたい。


 そんな現実逃避がおれの安らぎになっている。 


「……頑張れよ。天才少女の、小さな英雄くん」


 師匠が小さく呟いた言葉は、錯乱するおれの耳に入ることは無かった。

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