第四話①
「ふむ……」
いまこの場を支配しているのは、あの異形の怪物ではない。
おれが散々妖怪だのなんだの小馬鹿に軽口をたたいて来た師匠であり、その傍らに佇む膨大な魔力で作られた龍。
「ステルラ、ロアを見ててくれるかな」
「ロアッ! ねえロア大丈夫!?」
右腕を欠損してると言うのに、痛みは和らぎ落ち着いている。
全身を包み込む師匠の香りが、おれの大嫌いな血と汗の臭いから遠ざけてくれた。
「私のローブは特別製でね。祝福が幾つか付与してあるから着ているだけで健康体を維持できる優れものなんだ」
「だから普段動いてないのにスタイルいいんですね」
「次舐めた口聞いたら君のもう片方の腕も捥ぐ」
「コワ……」
だっておれをボコる時くらいしかやる気出さないし、普段は魔力で作った椅子に座ってばっかだし、逆になんでスタイル維持できてるのか気になるだろ。
「エイリアスさんっ! ロアは、ロアは大丈夫なんですか!?」
「焦るなステルラ。さっきの軽口を聞いただろ? ロアは意地っ張りではあるが、自分が辛いときはいの一番に辛いと口に出す虚弱な精神を持っている」
「師匠の信頼が厚いぜ」
死が目前に迫っているときはそりゃあ内心文句を吐きまくるが、今はそうでもないから余裕こいている。
腕部欠損が衝撃的な訳ではないが、記憶の中の英雄の欠損具合が酷すぎてあまりダメージになってない。物理的な痛みは伴っているが、精神的にはそこまで傷を負っていないのだ。
「師匠、ヤツは?」
「前時代の遺物さ。私たち大人が禊切れなかった呪いと言っていい」
かの英雄が祓いきれなかった遺物、か。
おれの目の前に現れたのは偶然か、それとも必然か。知能がある風には見えないがそれ故の凶暴性が悍ましく感じる。
「師匠……」
「ふっ、心配しなくていい。私はこう見えてそれなり以上の魔法使いではあるし、かの大戦を生き抜いた実績もある。魔祖クラスが現れない限り負けないさ」
「やっぱり年齢が」
「後で君にはデリカシーを叩き込んであげよう」
そう言いながら、師匠は緩やかに腕を動かす。
奏者のように優雅に指を振るいながら、雷迸る雷龍が大きく口を開く。
「ここ周辺は全て綺麗にした筈だが──それだけ、近いという事か」
不穏な言葉だ。
なんでも出来る幼馴染が知ることは無い、おれとこの世界の上位者だけが知る真実。かつて葬り去る事が出来なかった悪意、英雄大戦の遺物。
一度おれの事を見た師匠は、改めて異形へと向き合った。
「……ロア。君にとっては最悪な一日になるだろうが、一つ教えよう」
『ガア゛ア゛ア゛!!』
異形が吼える。
それに対し迎え撃つのは、古の魔女。
そうだ、思い出した。髪色とか、瞳の色とか細かい部分が変わってるから気が付かなかったけど──師匠は、エイリアスは英雄の記憶に出てくるじゃないか。
「君が追い付かねばならない、魔導の極みを」
閃光が炸裂した。
空を駆け巡り瞬く間に紫電へと姿を変えた魔力が異形を焼き尽くす。
四方八方から雁字搦めに縛り付け、身体が焼けた事で動くことを止めたのにも関わらず手を止めることは無い。
「──
本来であれば、おれには知覚する事が出来ない程の速度で放たれる魔法。
雷の速度を優に超える超速により必ず先手を取る事を目的とした、雷魔法における最上級魔法。雷への変質を呼吸をするのと同じほどに極め、なおかつ大海をグラム単位で管理するような精密さが求められる。
記憶の中ですらまともに見たことのない必殺を目前にして、おれの心は震えあがっていた。
──え、こんなレベルまで進化する気なの、おれの幼馴染。
これを自由自在に使いこなす師匠の狂いっぷりにも絶望したが、これを見て射抜かれた表情をしている幼馴染にドン引きする。
うそだろおまえ。
おれを置いてくとかそういう次元じゃなく人間を置き去りにしてんだよ。これに追いつける訳無いだろ、かの英雄が記憶の中で苦笑いしてるのが見えるぞ。
おれの怪我を心配する純情弱気娘は一瞬にして姿を消し、妖怪雷ババアに心を射抜かれた天才少女が生まれてしまった。あの、おれは身体強化すら出来ないんだが……。
そんなおれの内心など露知らず、師匠は異形を消し炭にして大地に降りる。
「ま、こんなモノかな。早くロアの腕を治さないと……」
「エイリアスさんっ! いいえ、師匠っ!」
ステルラが話を遮る。
師匠が一瞬おれの顔を見てギョッと動揺を露わにした。
「私も
キラキラしてんじゃねぇ。
おれはどんよりしてるんだよ。絶望に胸が軋んでるよ。
これまでは常識の範囲外から一歩外れた程度の進化しかしてこなかった幼馴染が、明確な目標を見つけた事で更に飛躍的な進歩を遂げるであろうことが理解できてしまった。
何故ならかつての英雄がそうだったからである。
目指すべきは救国の英雄。
だが、具体的にどうなればいい。
その答えがわからなくても、とにかく彼は強くなろうと努力を重ねた。そして現れた親友でもありライバルでもある大天才に敗北し、更に上のステージへと駆け上ったのである。
天才にモチベを与えないでくれ。
凡人のモチベが枯れ果ててしまう。
おれの願いを込めて師匠に視線を送ったが、おれとステルラを何度か往復した後に目線を俯かせた。
「……君は、撃てるようになるヨ」
オイ!!
おまえそれでもおれの師匠か!?
「なります!! 絶対絶対絶対に、二度と誰にも負けないくらいに!!」
おま……
おれの鋼のような心であっても、罅が入る音がした。
「……ふ、ふふっ。そうか、そうだな。負けないくらいに、強くならなきゃな」
何が可笑しいのか、師匠は笑いながらおれに対して目線を向けてくる。
やめろ。都合のいい時だけおれの発言を切り取ろうとするな。おれはこれ以上の努力はガチでしたくない、嫌いな事を積極的にやるとか頭おかしいんだぞ。ていうかおかしくなる。前まで出来てた昼寝が出来なくなって夜に八時間ぐっすり寝る事しかできなくなるんだ。
その恐ろしさがわからないのか。
「良かったな馬鹿弟子、愛しの姫様が覚醒の兆しを見せているぞ?」
「今本気で人生を悔やんでいます。おれの人生設計がどこから狂ったのか見直してる所です」
「ふ、はははっ。責任は取ってやるんだ、男だろ」
あ~~~~~~、いやだいやだ負けたくない。
これ以上負けたくないよ~~エンエン。おれのプライドは鋼鉄だが、いとも容易く融解させる超高熱の雷には勝てる気がしない。ガンガン形を歪められて二度と戻れなくなってしまいそうだ。
腕を治療されながら、おれは自責の念を連ね続けている。
「それにな、ロア。今日は君が居なかったら危なかった」
唐突に褒めモードに移行した気配を感じ取り、おれは心を切り替えた。
「君が生命の危機に瀕した時に反応するよう魔法を刻んでおいたが、上手く動作した。お陰で私はテレポートで戻ってこれたし、この村に犠牲は一人として出なかった」
だが、出来たのはそこまでである。
かの英雄ならばあの時点で切り返し、両手両足が無くなろうとも抵抗していただろう。おれは片腕が無くなった痛みと虚無感で一度心折れたし、傷一つ与える事すら敵わなかった。きっとここが、おれの限界値だと思う。
「上出来だ、胸を張れ。今日を生き残ったのはロア・メグナカルトの努力の賜物である」
努力の結晶、ね。
おれの大嫌いを積み重ねた結果がこの薄命である。
「ね、ロア!」
「なんだ悪魔」
もうおれにとっては悪魔にしか見えない。
おれの命を刈り取り弄ぶ死神、戦場を駆け巡る紫電の龍。
あぁ~、見えて来た見えて来た。おれ以外の人の未来が成功するのが見えてきてマジでつれぇ。
「私もう負けないから。誰にだって、ロアにだって、
「おれはステルラに勝ったことはないんだが」
「……えへへ、秘密!」
なんだと?
それ詳しく教えてくれ、たのむ。うまく行けばおれは自尊心を満たせるし融解した心が更に強固な錬鉄へと昇華するだろう。
「私に勝てたら教えてあげるー!」
「ンだとこの野郎……舐めやがって」
ロア・メグナカルトは激怒した。
度重なる煽りにより臨界点を突破した(五百回目くらい)エマージェンシーが鳴り響き、身体中の血液という血液が煮えくり返る気持ちになった。
「じゃんけん」
「ポン!」
おれはグー、ステルラはパー。
「君、本当になんかこう……」
「やめてくれ師匠、その言葉はおれに効く」
やめてくれ。
溶けた心がぐちゃぐちゃに掻き回されている気分だ。
この日はおれにとって最悪な一日になった。
幼馴染が覚醒の兆しを見せ、おれは腕が一度吹き飛び(治ったが)、師匠には敗北をまざまざと植え付けられプライドというプライドに土を付けられた。
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