第三話①

 しつこいくらいに宣言するが、おれは努力が嫌いである。


 敬遠しているとかそういうレベルではなく、死か努力かを選ぶなら三時間程悩んだ末に苦肉の策として努力を選ぶ。

 努力を如何に簡略化出来るのか、どうすれば楽して努力を終わる事が出来るのか、おれの思考の三割程度はそこに割り振られている。もはや意識的に行っている事ではなく、これはおれにとって呼吸をするのと同じだ。


 前振りは済んだな。


「師匠。おれは楽がしたいから弟子入りしたのであって、決して苦労を重ねまくって最終的に天下に名を轟かせる覇者になりたいわけじゃない」

「何を甘えたことを言っているんだい……いや、君はそういう奴だったな。半年間なんだかんだ言って続けてきてるじゃないか」


 そりゃあやるしかないんだからやるだろ。

 誠に遺憾ではあるが、これを三日坊主で済ませるのはよくないと思う。

 今となってはおれだけが明確に知っているかつての英雄の記憶、それがあるから努力しているに過ぎない。強くなる努力はどれだけ重ねても確実性のない本人のセンスによるモノが大きいので、おれや彼は大変苦労しているのだ。


「魔法は相変わらずダメだが、剣術と体術はそれなりになってきただろう? 五段階評価で言えばCにはなれるんじゃないか」

「同年代の中でCとか意味無いです。やらないのと同意義です、つまりおれは努力しなくても今と同等の価値を保つことが出来たという証明に他ならない」

「たまにとんでもない事言うよね。そこら辺のぶっ飛び具合、私の知り合いにも居なかったな……」

「じゃあおれが師匠の初めてを奪ったんですね。ヴィンテージ百年くらいですか」

「今日のトレーニングは私も混ざろう。二対一の想定もそろそろ始める頃合いだと思っていたんだ」

「ヒエッ……」


 師匠の魔力で生み出された大天才と師匠による連携アタックにより、おれは無惨な姿を晒すことになった。


「あ、エイリアスさーん! ロアー!」

「おや、君の大切なお嬢様がやってきたぞ。よく来たねステルラ、このボロ雑巾に用かい?」

「ボロボロ~。水魔法覚えたから流してあげるね!」

「ちょっと待てステルラ。それは拷問の一種」


 おれの懸命な命乞いも虚しく、泣きっ面に蜂と言わんばかりにかけられた追い打ちにさしもの鬼畜妖怪ですら同情の意を示した。


「エールライト家の教育方針を知りたいですね」

「…………」

「だって、汚れは流さないと駄目でしょ?」

「そうだが、時と場合によるだろ」

「え……?」

「え……?」


 これはおれが悪いのか? 

 常識を教えるのは大人の仕事で、おれは子供な筈なんだが。


 助けを求めるように師匠に目線を向けても、応えてくれることは無かった。


「おのれ社会。こんな社会は間違っている、おれが革命の怒号を鳴らす必要があるな」

「私も手伝うよ!」

「諸悪の根源という自覚を持たないのか。悪の自覚がない無邪気な悪意は時として巨悪に勝るとは真実だったんだな」


 まさか七歳になって抱く思いがこんな悲壮なモノになるとは、誰が想像しただろうか。


 既に師匠の元に弟子入りして半年、おれが大嫌いな努力をする原因となった時期からおよそ一年が経過していた。

 自分でもここまで続けられるとは思っていなかったが、なんだかんだやると決めたらやれるあたり流石はおれである。褒めるなよ、照れるだろ。


「魔法使いてぇ。広域破壊魔法使えればこんな努力しなくて済むのに。どうして神はおれに才能を与えなかったのだろうか、おれはこんなにも才を求めていると言うのに。才能の代わりに能天気になってしまった幼馴染を見ると嘆く心を抑えきれません」

「そうだエイリアスさん! 火属性魔法なんですけど、こんな感じになりました!」


 ンボッ!! 

 なんてアホらしい爆発音と共に、ステルラが掲げた掌の先に火球が生まれた。

 ちょっとした岩くらいのサイズなんだが、おれ、これからそんなのポンポン放てる連中と切磋琢磨しなきゃいけないのか? 努力確定じゃん。はー、もう全部投げ出したくなってきたな。


「おぉ……相変わらず馬鹿弟子と違って才に溢れているなぁ。複合魔法はまだ危険だが、もう次のステップに移ってもいいかもしれないね」

「クソが。図に乗るなよ、そんな火球切り裂いてやるわ」


 おれの記憶にある一撃を掘り起こす。

 それは天にも届いた一撃だった。空を駆ける巨大な龍、溶岩と一体化し周囲を融解させる恐ろしい生命体だった。

 空から隕石と共に降り注ぐ小規模な太陽にも似た攻撃に対し、かつての英雄はその身一つで対処して見せた。今のステルラの火球はそんなヤバい代物では無いが、当社比で匹敵すると思われる。


 かつての軌跡をなぞるように、掲げた火球に木刀を当てた。


「……ちょうど重すぎると思っていたんだ。おれにはこれくらいがちょうどいいサイズだ」

「どうして木刀で薙ぎ払えると思ったのか不思議なんだけれど……」


 火球に突っ込んだ木刀の半ばから先までを失った。

 一年間連れ添った相棒のあまりにも呆気なさすぎる最後に涙を禁じ得ず、衝撃と共にまた新たな敗北を刻んだ。


「英雄大戦ではこういう事できる人達が多数いたのでは……」

「そりゃあ持ってる武器に魔力宿ってるからね。ほら、ロアくんなら知ってると思うけど祝福が施された武器ってそういう意味だよ」

「師匠、今すぐおれに祝福を授けてください。鬼畜妖怪の祝福ならおれがこれ以降負ける事はないでしょう」

「君に生涯託すことはないのが今確定したが、これは今となっては免許が必要な部類になる。ステルラはその内出来るようになるかもしれないが、魔法を外でポンポン使うの本当は駄目だからな?」


 口を滑らせた事でおれの不幸が確定した。

 悠久なる刻を生きる魔祖・聖なる祝福を持つ偉大なる神官・ヴィンテージ百年の鬼畜妖怪。ネームバリューとしては負けず劣らず、いい勝負が出来るのではないだろうか? 


「馬鹿弟子は休んでいる暇はないよ。さっき火球に突っ込んだ剣筋は褒めるが、身体の成長と比例する程度の伸び代では置いてけぼりにされてしまう」

「グラフがとんでもない事になりそうですね」

「現在進行形で異次元を刻んでいる天才が傍に居るからね」


 倫理観と共に人の心も置いて来た鬼畜妖怪は再度鎧を生み出し、おれに対して剣を構えさせた。


 この日逆鱗を踏み過ぎたのか、おれは回復魔法によりエンドレスリンチを食らう羽目になった。






 おれが努力を始めてからおよそ一年が経過した。


 毎日あまりの不快感に顔を顰めながら生きているが、少しずつ芽生える成果がなおさら苛立ちを増幅させる。おれは毎日コツコツ継続する大切さとかを謳われると唾棄したくなる性質を持つので、ズルできるならしたいとその度に思っている。


「ハァ~……ア゛ァ゛ッ!! フゥ、ハァ、あ゛あ゛~……!」

「がんばれロア~」


 だれの為だと思ってるんだ? 


 マメが潰れて出血を繰り返しながら、それでも素振りを続けるおれの不屈の心には自賛せざるを得ない。

 継続は力なりとか言いたくないし、心に刻む言葉は三日坊主である。


 自堕落万歳。


 それなのに今のおれは情けない。

 堕落と言う言葉からかけ離れた日々を過ごし、追いつけるはずも無い天才へ追いつく為に無理無茶を通す事すら出来ずにひたすら抗っている。

 あ~あ、くそったれ。


「おれも魔法使いてぇ……身体強化すればこんな地道な訓練しなくていいし、剣の一撃より魔力で形成した大質量を墜とした方がつよい。おれの経験がそう語っているんだ」

「魔法戦闘したことないくせに何言ってるんだい?」

「おれは天才だからな」


 文字通り見なくてもわかるのだ。

 なぜなら記憶のなかに頭おかしい魔法を大量に放つ人が存在するからである。


 魔祖とか言われるあの若作りロリババア、控えめに言って頭おかしいだろ。

 湖を一瞬で干上がらせたり、山と見紛う質量の岩を生成するし、電撃を収縮させて光線にしたりする。現代に伝わる魔法のほぼ全てあの人関係から生み出されたモノである。


「でも君魔法に関しては素人以下だよ」

「人のやる気を削がないでくれます? 仮にもあなた師ですよね」

「生意気なクソガキを導いている教職者でもある」

「え、定年じゃないんですか」

「やれ」


 ア゛ァ゛ー!! 


 突如背後から襲い掛かって来た鎧の攻撃が肩に命中し、あまりの痛みに悶絶しながら攻撃に対応する。

 記憶のなかの本物に比べれば未熟すぎる鎧の完成度だが、いまのおれにはそれすらも強敵である。ていうか体格差ある時点でめちゃくちゃ不利なんだが、七歳にしては頑張ってる方だと思うんだよ。


「ふーむ、なんだかんだ言いつつ対応できるようになってきたじゃないか」

「うでの痺れが取れないときはどうすれば」

「魔法戦士なら回復すればいいし、そういう祝福を施された装備を身に付けるね」


 つまりおれが今治す手立てはない。

 師匠に媚び諂い甘やかしてくれることを祈るしかないのだ。


「ロアくんはわからないだろうが、剣を極めた者は魔導を極めた人間を容易く打ち倒す事が出来るんだ。剣一つ身一つで戦争を左右するような猛者だっていたんだぞ」

「かの英雄ですか」

「いや、あの人はどっちかと言えば魔導よりだったよ。すでに祝福を受けた剣に更に重ね掛けを行う繊細さとか、派手さはないが細かな操作が本当に上手だった」


 まるで見て来たみたいな言い草だ。

 おれもそれが事実なのは理解できるのだが、どれほど英雄の記憶を覗いても師匠に似ている人物は出てこない。マジで何者なんだろうか、年齢弄りを繰り返しているが否定する事はないのも余計あやしい。本当は隠すつもりないんじゃないか? 


「繊細、か……おれにピッタリですね」

「三度自身の胸に問い続けて自責の念に駆られなかったらそう信じてもいいだろう」


 おれは繊細か? 

 おれは繊細だ。

 おれは繊細過ぎる。


「憂鬱になってきたな」

「センチメンタルと拘れる性格なのは別だ。良かったね、戦闘の時に役に立つよ」


 相手を煽るのはいいんだが、おれも煽られるとまあまあ腹を立てるタイプである。

 いやまあ、おれはとても心が広いうえに海よりも深い堪忍袋を兼ね揃えているので論戦最強なんだが、冷静ではない時に言われてしまえばさしものおれとて動揺を隠せない。


 棒立ちで佇む鎧の騎士をペシペシしつつ、仕方がないので再度剣を握る。


 あぁ、楽したい。

 薬とかで魔力増幅できるならそれで済ませたい。

 投薬で運用されてた禁則兵団とかどうなったのだろうか。かつて存在した、とは明記されているがその実態を書き記した教材は存在しなかった。


 ちなみに記憶の中ではたしかに存在する。


 英雄が普通に倒して救って、以降は魔祖の元で暮らしたとかなんとか。


「いやじゃ~~、おれは楽がしたい。楽がしたい楽がしたい楽がしたい楽がしたい」

「欲が駄々洩れだ……」

「人の本質は欲望だとおれは思うんです」


 今のおれの一日を書き記すと、朝起きて素振りを二時間・その後朝食を食べて身支度を整えて村から少し離れた学園まで走って移動に一時間・学園で勉強を大体五時間・帰ってきて師匠の元でひたすら実戦形式で打ち合いを寝るまで。


 おいおい、おれの読書時間はどこに消えちまったんだ? 


 こんな修行僧みたいな生活してるからこうなるのだ。

 欲望を押さえつけることで解決しようとするのは愚者のやることで、賢者は抑えつけるのではなく解消させるのである。


「君が早く強くなれば訓練の時間は減るだろうね」

「それはおれにもっと努力しろと言っていますよね。それはつまり女性に脱げと言うのと同じなんです」

「教育方針を間違えたかな」


 相手の嫌がる事をしないというコミュニケーションの基礎を述べただけでこれである。


「さて、すまないが今日は早めに切り上げることにする」

「デートですか?」

「似たようなモノだ」


 それにしては何時もと恰好が変わらないが。

 こういう時はおしゃれしていくのが女性なんじゃないのか? もしかして長生きしすぎて植物と同じ領域に精神が進歩してしまったのだろうか。


「君が何を考えているのか、最近理解できるようになってきたよ」

「以心伝心ってヤツですね。師弟の絆が深まったようで何よりです」


 おれはこの後、飛んできた雷に打たれて気絶した。

 気が付いた時には家に居たので、またもや運ばれたのだろう。敗北を重ねすぎて自身のスタンスが揺らぎそうだ。

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