第一話③

 独特の浮遊感と共に、一瞬だけ浮かび上がったかと思えば、次の瞬間には地に足着けてしっかりと立っている。


 何度も送ってもらっているが、相変わらず魔法の感覚が独特だ。


 こんだけ発達してるなら馬車とかやめて運送業やればいいのにな。絶対儲かるだろ。


「あ、いたいた。ステルラ見っけ」

「あー、またエイリアスさんに送ってもらったでしょ!」

「おれは魔法が使えないから普通にやったら日が暮れても追いつけないんだが……」


 気が利く魔女様は、どうやら標的の真後ろに送り込んでくれたらしい。


「ほい、タッチ。チェンジだチェンジ」

「ずるい! 折角ここまで走って来たのに~!」

「いや、ここまで普通は走ってこないからな。街道通っても一時間は掛かるぞ」


 のんびり歩いて来たから、陽が傾き始めている。

 おれはそろそろ家に向けて歩き始めなければ夕食に間に合わなくなってしまう。母との約束は夕食までには帰宅する事、このままでは遅刻してしまう。


 事情があれば許してくれるし、大半が事情があるんだが、それはそれで負けた気がするのでイヤだ。


「ステルラ、おれのこと運んでくれないか?」

「え、一緒に走って帰ろうよ!」

「多分それはおれが置いて行かれるだけだな」


 自分を基準にするのをやめたまえ。

 おれは典型的もやしっ子、100メートル二十秒の記録を持つ。


 自慢じゃないが、ここから時間通り帰るのは不可能に近い。


「まあいいか。魔女に誑かされたって言い訳しよう」

「じゃあ競争しよう競争!」

「おれに一切の勝ちの目が無い事を今説明したと思うんだが……」


 なにが楽しいのか、きゃいきゃいと笑いながらステルラが騒ぐ。

 負けっぱなしなのは気に食わないが、まあ、コイツが楽しいならそれはそれでいいか。


 いつか絶対負かしてやる。


「ハイスピードなのを否定はしないけど、たまには緩やかに行こう」

「でもロアはいつもスロースピードじゃん」

「ステルラが急ぎ過ぎてるだけなんだ。おれが普通だから」

「おっそーい! 遅い遅いおっそ~~い!」

「普通にムカつく。おれに魔力が無くてよかったな、もしも魔法が使えたら八つ裂きにしてるところだ」


 ハ~~~。

 まあ、お子様にはわからないか、おれの気遣いとか諸々が。


 努力はクソだが、こういう目にあっていると定期的に努力はするべきだと思わされる。努力の最低値を地で行くスタンスだが、ごくまれに努力値を振るのも悪くはない。

 剣術とかやれる気がしないし魔法は使えないが、このままだとステルラに一生敗北したままである。三日坊主になる未来が見えるが、明日から本気出そう。


「ほらほら、走ろっ!」

「待てステルラ。おれの手を引いたまま走るな、そのままだとおれが宙に浮いたまま──」


 おれの命乞いも虚しく、かの暴虐なる悪魔的お嬢様は駆け出した。

 無意識に発動した身体強化によって増幅された身体能力を発揮し、おれは連れ去られる体を保ったまま風を切る隼と化したのだ。


 家に着いたころには疲労困憊、視界がぐわんぐわんと揺れ動き全身から変な汗が吹き出し続けたおれは翌日高熱で倒れた。


 英雄の記憶なんざ持っていても所詮この程度である。

 ロア・メグナカルト六歳。勝ちの目が見えなくても挑まなくてはならない勝負がある、そんな理不尽な現実に付き合った結果。


 “理解わか”らされたのは、どうやらおれだったらしい。

 これで通算敗北数がまた一つ星を重ねる事となった。


 天才に付き合えるのは狂った努力家かそれを越える天才である。

 おれはそのどちらでもなく、ただ誰かの記憶を持った凡人で終わる。その事実がなんだか悔しい気もするが、それが現実だから仕方が無い。


「母上、父上……もしおれが死んだら、犯人はステルラだ」

「ご、ごめんねロア。ロアが弱くて女の子に勝てなくて意地っ張りで見栄を良く張ることを忘れてたよ」

「おまえちょっと表出ろ。おれがこの手で引導を渡してやる」


 ナチュラルすぎる煽りに、おれの海よりも深い寛大な心でさえ沸点を優に通り越し、臨界点を突破した。

 誰が一度も勝ったことのない負け癖のついた万年最下位だ。勝てるってところをたまには見せてやらないから、こういう思い上がりが出来てしまう。


 魔法を封印するルールでステルラと即刻鬼ごっこを再開する。

 おれは熱で魘されていて体調が万全とは言い難いが、そんな事を無視してでもいまこのチャンスを逃すべきではないと心の奥底から思ったのだ。


「クソ……ッ! 待て、この……!」

「ロア、無理しなくていいよ?」

「クソがッッ!!!」


 おれの体感では三年は鬼ごっこをしていた感覚なのだが、その実一時間も経たずに症状が悪化したおれは魔法を解禁したステルラによって自宅に強制収容された。


 医者として訪れていた妖怪ババアことエイリアスさんには、「意地を張るのは男らしくて好感が持てるが、それはそれとして休むときはしっかり休め。どこかの誰かみたいに手遅れになるぞ」なんて説教も頂いてしまった。


 一度に二度の敗北を味わわされることになるとは……やはりステルラ・エールライトはおれの宿敵である。


「ぐおお……おのれ、つぎはおれが勝つ……」

「まったく。回復魔法も限界があるんだぞ?」


 強制的に体力が増やされていく謎の快感と共に、おれは高熱の最中意識を失った。敗北に敗北を重ねた敗北のミルフィーユである。


 それは大層苦い味だった。






 ──そして、高熱で意識が混濁する中、ある夢を見た。


 それは英雄の詩だった。

 人類同士の争いを終え、かつての仲間たちとも別れを告げ、故郷へと帰還した後の話。語られる事のない英雄の闇。


 人の心から産まれた地底の悪が、古の大地より溢れ出る。

 ただ一人、共に時を過ごした稀代の天才にして親友と共に駆け抜けた語られない戦。

 かつての仲間たちへ言葉を遺し、二人は戦いへと赴いた。


 いくら祓えど勢い衰える事が無く、次第に疲弊していく両者。かつて暗黒の力をその刀身に封印したと謳われた魔剣が折れ、聖なる神官が祝福を施した鎧も打ち砕け、王女より授かった伝説の盾も今や鉄くず同然と化した。


 それでもなお、両者は諦めない。


 人の悪意が無限に生まれるように、奴らは尽きる事が無い。山を越える巨大な怪物、空を埋め尽くす悪意の軍勢、人の形を保った、魔法を扱う異質な敵。

 その絶望的な程に明確な戦力差であったが、決して諦めることは無かった。


 しかしそれも時間の問題であり、最早二人で止める事が叶わないと理解し、両者はある決断をした。


 それは、英雄が作り出した魔法だった。かつての敗北に気付き、自分ではどうにもできない努力の差を乗り越えるための苦肉の策だった。

 それは、親友の作り出した奇跡だった。かつての勝利に気付き、自分すらも乗り越える天才を凌駕するために生み出した必然の策だった。


 自身を媒体に莫大な魔力を生み出し、その命を捧げる事で対価を得る。


 両極端な二人が至った結論は、奇しくも同じであった。


 産まれ続ける根源を突き止め、悪意の孔へと二人は駆けた。

 それはまさしく天地開闢の一撃だった。それはまさしく天下無双の一撃だった。


 二人の英雄がその身を犠牲に撃ち放った一撃により、孔は崩壊を迎える。

 しかしその奥底に潜む闇は未だ死なず、百余年続いた平和の地の底で今か今かと機を窺っているだろう。


 二人の英雄は死に、悪は生き延びた。


 それこそが、誰にも語られる事のない──英雄の最期である。


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