第一話②
外はまさしく晴天と言った様子で、眩しい日の光が大地を照り付けている。
外出したという事実がおれのやる気を削っていくため、少々ネガティブ思考のまま歩みを進めた。
母上はまるでおれが毎回負けてるみたいな言い草だ。
失礼だとは思わないのか、すこしは自分の息子の勝ちを信じてくれたっていいだろう。これが噂に聞く児童虐待ってやつか?
と思ったが、記憶の中の英雄の幼少期と比べておれは非常に充実している。
あんな血と汗に塗れて苦痛の中で育ってどうして救国なんて崇高な意識が芽生えたのだろうか。
朝、時間になったら冷水を掛けられて目を覚ます。朝食すら食べずに修行を行い、手の皮がズルズルに剥けるまで素振りを強制。塩を塗り込んで傷口を消毒し、包帯も巻かずに組手。意識を失うまでボコボコに打ちのめされた後に致命傷すら回復させる回復魔法で蘇生に近い治療を行われ、休憩を挟まずに魔法の座学。
やっぱクソだな。
「おれは今生に感謝すらしている。ありがとう母上、父上」
才能が何も無くても、強さなんてものが無くてもいい時代なのだ。
平和は保たれかつての英雄の苦痛は闇に葬られ、輝かしい歴史だけが表に記されている。
救国の英雄に悲劇は必要無いと言わんばかりの徹底的な隠蔽である。
魔法の一つすら満足にあつかえないおれだが、生きて行くのに魔法など無くてもいいのだ。
「それはそれとして、魔法が使えるのはズルくないか?」
生きるのに必要無くても勝つのには必要。
魔法とは即ち、強さ。おれは負けず嫌いで偏屈なプライドを保有しているが、それを支える為の強さは一切存在していない。いわば虎の威を借りてすらいない狐以下の畜生である。
魔力機関は使用すれば使用するほど強くなる。
使えないおれは生涯強くなることは無い。
あまりにも不平等すぎる世の中だ。先程は英雄に比べればマシ等と戯れ言を吐いたが、それは嘘だ。やはり現実はクソ、おれの才能の無さは絶望の二文字ですら有り余る深さをもつ。
英雄の記憶はなーんにも役に立たないし、あんな辛い修行しなきゃ英雄になれないなら成らなくていい。
「楽に強くなりてぇ……」
「おっ、ロア坊じゃんか」
ぶつくさ言いながら歩いていると、件のチートウーマンの父親が話しかけてきた。
「どうもエールライトさん。お宅の娘さんに苛められています」
「まあまあそう嘆くな。俺の娘が才能あるのは認めるが、魔法を一発で使いこなしたのも凄いと思うが、勉強も出来るのが凄いが……凄いな。何で農家の娘に生まれたんだろう」
疑問に抱くな。
自身の子供の才能くらい信じてやれよ。
おれみたいに才能ナシだが明るく励まされてる子供よりマシだ。
「あーあ、才能が欲しい。努力値とか要らないから才能限界値を人類の上限突破するくらい与えて欲しかった」
「ま、今の時代には必要ない才能だよ。少なくとも、俺の世代にすら必要ないからな」
それはそう。
今は百余年続いた平和な時代であり、その平穏は未だ保たれている。
英雄の意志を継ぐ傭兵団、魔の祖が擁する魔導兵団、その他にもかつての英雄が関係を築き上げた多数の勢力が尽力している。
かつての勢力を纏め上げたのは間違いなく英雄であり、それこそが英雄たる所以。
「やっぱり男は強くてなんぼよ! ロア坊も剣術の師くらい探したらどうだ?」
「修行とか絶対無理です。おれは楽して強くなりたいんだ」
「なんて甘えた根性なんだ……」
「平和な情勢に苦痛を伴う強さとか必要ですかね」
「発言に正当性を持たせようと必死だな」
「それでも俺はァッ! (楽して)強くなりたい!」
「英雄譚の名言をそんな風に使うな」
公式に遺されている英雄譚・青年期編にて、自身の努力を嘲笑う様に登場した稀代の大天才に敗れた時の台詞である。
どれだけ現実に打ちのめされようと決して折れない心の強さはその姿を見た者を奮い立たせた、なんて描かれている。その実態は血反吐滲むどころか血肉吹き飛ぶ修練の先に越えられない壁が存在する現実に対し、その絶望感を胸に抱きながら高らかに謳った言葉である。
──どれだけの絶望がこの胸を埋め尽くそうとも、俺の積み重ねた現実は決して無くならない。
そんな想いを抱いて、英雄が絞り出した悲鳴にも似た叫びである。
偉大な男ではあるが、それを基準にして考えられると少々困ってしまう。
人は強い人間に惹かれる、事実ではあるがそれが全てではない。おれのように心の底から適当に自堕落に生きたいと願うのもまた人の本質であると思う。
この記憶が無ければもっと努力していたかもしれないが、この記憶があるからこそ努力の儚さを理解している。
という建前だ。
「それではおれは勝利を求めてくるので」
「おう、まあ程々に相手してやってくれ。アイツも寂しいんだ」
ステルラは才能チートウーマン。
この田舎に居ていい人材かわからない程度には才能に溢れているため、何をやっても人一倍熟してしまう。大人からは英才教育のように蝶よ花よと育てられているが、同年代の子供からは敬遠されがちだ。
持ち前の明るさで気にならないように振舞っているが、精神年齢が成熟した人間でない限り嫉妬心が燃え上がってしまうのも確か。
おれ?
おれはもう嫉妬とかそういう次元通り越したよ。
記憶が芽生えて、『おれ本当は英雄さまなんじゃね?』とか思い込んでた俺を散々に打ちのめした怪物である。
完全上位互換だし、もう嫉妬するもクソもないよね。
ロア・メグナカルトは現状何も成していない人間である。
「任せといてください。おれは置いて行かれても、追いかけるのはやめませんよ」
それが英雄の記憶を持つ人間として、最低限の意地だ。
あんな苛烈に、鮮明に輝きを見せつけられてはどれほどの闇が背後に巣食っていたとしても憧れは抱く。
抱くのは憧れまでだ。
羨望は決して抱かない。
いまだ英雄の記憶を最期まで辿れた事は無いが、その最期は現在不明となっている。
曰く、海の果てを探しに行った。
曰く、闇を祓いに地底に行った。
曰く、救った民衆の凶刃に倒れた。
星の数ほど最期は語られているが、どれもこれも確証があったりなかったりするため不明扱いである。
救国の英雄の最期は悲劇であってはならないが、この記憶を辿る限り──それは惨たらしく残酷な最期を迎えたのだろう。
悲劇で始まり悲劇に終わる。
英雄とはよく言ったものだ。その果ての平和を享受しているおれが言えた義理では無いが、現在の目標はコレである。かつての英雄の人生、それを正しい形で纏めて発表する。たとえそれが悲劇であっても、誰かの人生を歪めていい事にはならない。
発表したら暗殺される可能性も視野にいれるけど。
隠している事実を公表したらそりゃあ隠されるだろうな。
そのためにある程度の立場を手に入れるとか、何かしらの手段は講じなければならない。生憎とおれにチートは一切備わっていないので、現状出来る手段としては役人になって国の重要ポストに就く位である。
なお、そのための勉強もステルラの方が成績がいい。
「誰かステルラを見かけませんでしたか」
「おっ、ロアくんじゃないか。またお嬢様に振り回されてるのかい?」
近所に住む妖怪に話しかける。
妖怪と言っても言葉の綾で、俺が生まれた時から姿が一切変わってないから便宜上妖怪と呼んでいるだけである。
白い髪を腰まで伸ばし、赤い瞳は此方を見透かすように捉えてくる。スタイルは整っているし、一人だけ古風なローブを身に纏っているのもまあ目立つ理由になる。
「お嬢様というのがおれを一方的に打ちのめす悪魔の事を指すならそうです」
「彼女は才能に溢れているからな……私がこれまで見た人間の中で、最も才能に満ち溢れているよ。本人の努力もあるけれどね」
この妖怪お姉さん(以前おばさんと呼んだ際に三時間程正座させられた)、時々年を重ねたアピールしてくるが本質的に物事を良く考えている人だ。
どうしてこんな田舎に居るのかわからないが、役割としては村の医者兼主計兼魔法指導員兼教職員兼土木作業監督者兼畜産主任兼、なんて意味が分からないくらいの肩書を持つ。
あまりにも有能過ぎて嫉妬する気すら浮かばないが、村の人からはよく頼られる村長でもある。
「優秀な人間は周囲を置き去りにしてしまいがちだが、彼女の場合は問題なさそうで安心するよ。君が付いているからな」
「代わりにおれの自尊心が砕け散っているんですが、それはいいんですかね」
「自己修復出来るだろう?」
「限度ってモンがあるんですよね。おれにだって男としてのプライドはあります」
「ヨシ、それなら私が君を立派な魔法剣士に」
「なりません。魔法使えないし、イヤミですか? 終いには泣きますよ」
誠に遺憾である。
ロア・メグナカルトは激怒した。必ずかの邪知暴虐なる年齢不詳魔女を泣かすと決意した。
「今失礼な事を考えなかったか?」
「マサカソンナコト」
ロアは苦痛に弱い人間である。
普通に裏切るし、友を信じて三日三晩走り回る事はない。家に帰ってゆっくりしているだろう。
「それで、お嬢様兼悪魔は何処へ」
「ああ、そうだったな。私の探知魔法によると西地区あたりに居るらしい」
「遠過ぎんだろ……」
我が家は東地区の中央部、ステルラがいるのは西地区の南側。
距離で言えば歩いて一時間くらいの距離である。
「加減しろ!」
「流石に不憫だな……どれ、ここは一発ワタシが送ってやろう」
「おお、その重い腰を上げてくれるんですね」
「大陸の果てを見たいとは、中々良い趣味を持つな」
「大変申し訳ありませんでした」
なんだよ、言葉の綾じゃないか。
齢六歳にキレるとか威厳ゼロだぞ、ゼロ。
「私のテレポートだってタダじゃないんだぞ。まあ? 私は優しいからな、ちゃんと子供には大人の対応をしてやるのさ」
それを言うのが大分子供なんだが、おれは心優しいから黙っておく。
「あ、帰りは頑張って歩いて帰ってくるんだぞ」
「マジで言ってます??」
「男だろう、それくらい気張って見せろ」
「おれは六歳なんだが……」
「安心しろ。普通の六歳はソレを言い訳にしない」
暗に子供らしくないと告げられた所で、視界が光に包まれる。
この年齢不詳の魔女、魔法にエフェクト付与して誤魔化しやがった……!
「この年齢不詳! 魔女! 美人!」
「罵るのか褒めるのかどちらかにしたまえ」
独特の浮遊感と共に、意識が魔力に溶かされていった。
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