【本編完結】英雄転生後世成り上がり
恒例行事
序章 努力嫌いの小さな英雄
第一話①
かつて、大陸全土を巻き込んだ闘争があった。
北のロバス帝国、南のリベルタ共和国、東のグラン公国、西のミセリコ王国。
その戦は熾烈を極め、軍人・民間人問わず数多の犠牲者が発生した。数えられただけで、当時の総人口のおよそ四割が死滅したのだから、語るまでもないだろう。
戦争は長期に渡って広がり続け、最初は国境での小競り合いから徐々に規模を広げ、大陸中どこを見ても戦火が燃え盛る死の大地と化したのだ。
国は枯れ、民は死に、富は次々と滅びを迎えていく。
誰もかれもが疲弊し、それでもなお覇を唱える地獄がどこまでも続くと思われた──その時。
一人の青年が現れた。
それはまるで流星のようで、崩壊を迎える世界に突如出現した彗星の如き救世主。
内戦の鎮圧、紛争の終焉、その手には聖なる神官から祝福を授かった聖剣を携えて。
共に立ち上がった魔法使い、傭兵、数多の実力者たちと戦い、認め合い、彼は戦場を駆け回った。
それはリベルタ共和国へ勝利を齎すためではない。
人類を一つに纏め上げる為、統一国を建設するため。
もう二度と人類が戦争の悲劇を繰り返さない為に、彼はその身に過ぎた渇望を抱いて立ち上がったのだ。
幾度となく繰り返される戦争。
ありとあらゆる祝福をその身に宿し、彼は戦を次々と終焉に導いていく。
武器を破壊し、魔法を砕き、戦う意思を挫く。
命は奪わず、どれほどの大罪人であってもその命を奪うことは無かった。
常人では考えられない程の速度で大地を駆け巡り、やがてその刃はそれぞれの国の中枢へと至る。
感化された議員が立ち上がり、休戦を訴えた。
民が支持し、青年は英雄として讃えられていく。
英雄は戦争を終わらせた後に、統一国を建設する。
それぞれの国の蟠りと立ち向かい、それでも人の意志を信じ抜いた彼は成したのだ。
二十年もの間続いた戦争を終え、彼はやがて姿を消す。
戦の無くなった世界に英雄は不要だと言わんばかりに、忽然と姿を消したのだ。
大陸中を探し回るも終ぞ見つかることは無く──英雄は、伝説となった。
冬の苛烈な寒波が過ぎ去り、草花が実りを付け始める春。
季節が一巡する頃に、おれは目覚めた。
目覚めたと言っても変な方向性に目覚めた訳じゃ無い。
あー、でもまあ、これはこれで変な方向性と言える。少なくとも普通の人間にはないであろう、自身にだけしかないであろう特別な出来事だ。
今の年齢はおおよそ六歳と言ったところか。
肉体的には全く整合性のとれていない未熟さで、己の能力の低さに絶望する日々が続いている。
どうして己の能力の低さに絶望するのかと言われれば、簡潔に言えば──より完璧な理想像が頭の中に存在するから。より端的に言うならば、『前世の記憶』と呼べる謎の思い出があるからである。
それこそ御伽噺のような出来事だ。
空を翔ける龍を切り裂いた一撃、星を穿つとすら謳われた使い手を殺した感触、山河を埋め尽くす機械兵団を滅殺したときの光景、地の底から溢れ出た闇の軍勢と三日三晩殺し合ったときの疲労感、愛を謳って一生を駆け抜けた親友との雌雄を決した瞬間。
百と数十年前にあった、大陸を統一する英雄の追憶。
始めは何のことか訳が分からなかったが、訳が分からないという事実がおれに補完させた。
「あ、これ前世の記憶か」
理解した瞬間に高熱に魘され死の淵を彷徨ったが、両親の献身的な介護により事なきを得た。
流石に首都まで医者を呼びに行く、なんて無茶を行った父親を止めはしたが。ここド田舎だし、首都まで馬車を利用しても大体一週間は掛かる。
往復で二週間とか普通に手遅れだろ。
なんやかんやで生き延びたのが今から二年前、四歳のころの話だ。
そこからはこれまで通り違和感のない子供を演じつつ、記憶の整理を行って生きている。
伝記に遺された文献を幾つか読み漁って、時々保有する知識量じゃ解読できない部分を記憶を必死に掘り起こして読み解いて、それを更に自身の記憶で補完する。
かつての大戦を纏め上げ、この大陸を統一国と定めた英雄の記憶を。
「ロアくん!! あそぼー!!」
「……おれは常々言っているが、割と忙しいんだ。きみたちの遊びに付き合っていると疲れるし、今日はまだやることがある。あと一時間待ってくれ」
「やだ!!!」
これだから子供は……!
憤りを溜息に籠めて吐き出しつつ、ナチュラルにおれの部屋に入って来た幼馴染に向き合う様に立ち上がる。
「ふー……やれやれ。どうやら“理解”らせないと駄目らしいな」
「鬼ごっこしよ!」
「もう少し話を聞く努力をして欲しいんだが」
「鬼ごっこしよ!!」
「これはあれかな、おれは試されてるのかな」
「鬼ごっこ!!!!」
おのれ、おれは心の中に根付く他人の記憶を漁るので忙しいんだ。
子供の無邪気なエネルギーはこれだから困っちまうよ、本音を言えばベッドで横になりながら気楽に文献を読み漁っていたいのに。
「参加人数は?」
「わたしとロア!」
「1 on 1かよ」
タイマンとは恐れ入った。
おれこと『ロア・メグナカルト』の身体を簡単に表現するならばもやしっ子である。三度の飯より読書が好き、太陽光より人工的に調整された照明を好む体質。
幼馴染こと『ステルラ・エールライト』は元気な活発娘である。三度の飯より運動が好き、読書をする暇があるならとにかく身体を動かしたい典型的アウトドアタイプ。
つまりこれはおれの敗北が確定している出来レース。
如何に英雄の記憶らしきものを保有しているおれとしても現時点では覆す事の出来ない敗北である。
「やだ。おれは負けず嫌いなんだよ、勝てる戦いしかしたくないんだ」
「でもわたしはロアと遊べればそれでいいよ?」
「…………クソがッ!」
おれの負けだ。
これで通算敗北数二千くらいか? 盛ったな、でもまあ正確な数なんてどうでもいいだろ。どうせおれしかカウントしてないし。
手に持っていた文献(父親のツテで手に入れた)を机の引き出しにぶち込んでから、かわいい幼馴染の要望に応える為に準備をする。本当はあまり“全力”を出すのは好きじゃないんだ。何故なら、負けた時に言い訳出来ないから。
かつてのおれ(英雄のこと)は幼い頃から剣術を修め魔法を学び、魔法剣士という器用貧乏を万能へと昇華させ戦場を駆け廻る嵐となったらしい。
いまのおれは幼い頃から堕落を極め魔法は知らず、インドア派という名のごく潰しへと昇華させ家内のリビング・トイレ・自室を往復する無能である。
「いいハンデだぜ。かかってこいよステルラ、おれは負けない」
「じゃあロアが鬼ね!」
「マジかよ」
鬼を押し付け颯爽と走りだしたステルラ。
非常に残念なことに、大変遺憾ながら、あの幼馴染はクソチート才能ウーマンである。
おれが記憶の中にあった身体強化魔法を適当に教えたら初見で発動した怪物。ナチュラルに魔法を使い、両家を困惑させおれを説教へと導いた無邪気な悪。
文献のなかに書いてましたで事なきを得たが、危うく実の両親に怪しまれるところだった。
ちなみにおれは魔法を使えない。
魔法を使うのには魔力が必要なのだが、おれは魔力を生み出す器官がゴミカス程度の出力しかないらしい。
「世の中は誠に不公平である」
ぶつくさ言いながら玄関に向かい、運動用に買ってもらった靴を履く。
靴に魔法発動効果くらい付与してほしい。
それくらいのハンデは必要だろ、もう少しおれを有利にしてほしい。
「あら、遊んでくるの?」
「遺憾ながら鬼を押し付けられたゆえ」
「夕飯までには帰ってくるのよ」
「わかった」
今日は勝てると良いわねぇ、なんて呑気に言う母。
今日は勝てるじゃねえんだわ、いつも勝とうと足掻いてんだわ。
事実勝ててないとかいう意見は一切受け付けていないので、己の勝利を夢見ながらおれは扉を開いて外に出た。
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