第4話 鎮花祭

 翌年、祭りは『鎮花祭はなしずめのまつり』という名で、春のはじめに催された。


 私は神社にいたが、金太郎は神主であるため忙しく、傍にはいない。

 幸い、境内には祭りの飾りとして至る所に桜の枝があるため、境内を歩き回る分には問題ない。これも金太郎の配慮なのだろう。


 既に客が入ってきており、甘酒を飲んだり、食事をしたり、神社のお守りやお札を買ったり、祭りを楽しんでいる。

 活気がある。皆楽しそうだ。

 だというのに、私は楽しくなかった。


 いくら祭りに参加できないとはいえ、祭りの空気や見たことのない食事や着飾った人たちなど、楽しめる要素は少なからず存在するのに、どうしたことか。

 とぼとぼと境内を歩いていると、祭りの簡単な説明が書かれた立て看板を発見した。


『鎮花祭の花とは、この地に広まった疫病のことです。疫病はおちよという少女が事故で亡くなったことによって発生したと言い伝えられています。おちよを供養することによって、疫病を鎮め、無病息災を祈るお祭りです』


 看板に私のことが書かれている部分を発見した。ここ数ヶ月、現代文の読み方を金太郎に教わっていたため、今度は読むことができた。

 しかし、読めたのはいいものの、看板に名前まで書かれるのは恥ずかしいものがある。


 勝手に恥ずかしがっていると、神社の関係者らしい袴を着た何人かが、境内の客を誘導して拝殿に続く石畳を開け始めた。

 袴を着た金太郎を先頭に大勢の人が石階段を登って、境内に入ってきた。神職の人間と、その後ろに祭りの参加者と覚しき客が十から二十人ほど続いている。


 金太郎を含む神職の数人を除いて、皆が小さな棺を手にしていた。蓋はないため中は見える。子供の姿をした人形と折り鶴が入っている。

 祭りのはじめに、川の上流から小さな船に乗せた人形を流し、神社前の川で神職や客がそれを回収するのだ。ろうそくを灯した船も一緒に流すため、幻想的な風景が生まれるのだと金太郎から説明されたが、私は見られないので知らない。


 人形は神社で売られているため、客も購入して自由に参加することができる。

 売られている人形は購入した客の厄を移して、無病息災を祈るものなので、私とは似ても似つかない風貌をしている。

 私の供養のための人形は別にあり、それは一体のみ、神職の人間によって川に流され、回収されるらしい。


 持っている人間を探してみると、金太郎の真後ろの神職の人間が持っていた。これにも、人形の他に折り鶴が入っている。他にも私のだけは桜の花がいくらか入っている。


 金太郎を先頭とした集団は拝殿に入っていった。

 拝殿では人形を清め、祝詞を奏上する。


 その後、人形はどうなるかというと、なんということか、人形は焼かれるのだ!

 これは酷いのではないのかと、一度、金太郎に文句をつけたことがある。


「私の死体が焼かれたからって、私を模した人形まで焼かなくていいじゃない。自分が焼かれるのを見るなんて、あまり気分の良いものじゃないわよ」

「焼くといってもお焚き上げをするだけだぞ? 大祓おおはらえ形代かたしろや人形供養でもお焚き上げはするんだから、そんなに気にすることでもないだろ」


「そ、それはそうかもしれないけど……」

「ちゃんと忌火いみびで行うさ。それに、供養って意味だと、最近の葬式じゃ、遺体を焼いて骨にして墓場に埋めるところもあるみたいだぞ?」

「……もう。分かったわよ。それで供養になるなら、そうして頂戴」


 と、結局、言いくるめられたのだが。


 そんなことを考えていると、とっくにお焚き上げの準備が終わっており、拝殿から金太郎や客が出てきていた。

 大きな丸太が井桁いげたに組まれ、その中には焚き付け用の小さな薪が入っている。そこに火が入れられ、様子を見つつ追加の薪がくべられていき、次第に火が大きくなっていく。


 風にあおられながら燃え上がる火を前に、金太郎と他二人の神職の人間が並び、その隣に人形の棺が乗った高めの机が置かれた。

 はじめに金太郎が、私の人形が入った棺を火に投げ入れた。それに続いて、他の神職の人が、人形を次々と投げ入れていく。

 火が盛んに声をあげて、人形を焼いていく。その様子を見ながら、人々ははしゃいでいる。


 揺らめく火を前に、私は不思議な気分になっていた。

 改めて思ったのだ。これは、私の供養なのだと。

 ただ、それを意識している人間は、ひとりを除いて、恐らくいない。


 参加している客は、自分や家族のために無病息災を祈っており、たとえあの立ち看板を読んでいたとしても、会ったこともない私のことなど、既に頭から抜け落ちているだろう。

 金太郎以外の神職の人間も、祭りの関係者も、村のため、神社のために行っているだけで、本気で二百年も前に死んだ私を供養しようなどとは思っていないだろう。


 しかし、金太郎だけは違う。

 彼だけは、私を知っている。

 私と出会い、私と話し、私という人間を知った。

 二百年という時を経て、私は、私の死を悼み、祈りを捧げてくれる人と出会った。


 私は火に人形をくべている金太郎の傍まで行き、彼の背中に手を添えながら、一言だけ囁いた。


「……ありがとう……」


 金太郎の背中は一瞬だけ揺れて、また別の人形を投げる作業に戻った。


 ずっと祭りが楽しくないと思っていたが、今分かった。

 ただ、寂しいだけだったのだ。

 今は、寂しくない。

 心に火が入った。

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