歪み切った少女の愛情を受け止める自殺欲高めな少年の、どこにでもよくある話

黒羽椿

歪み切った少女の愛情を受け止める自殺欲高めな少年の、どこにでもよくある話

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 あるところに一人の怪物と、一人の異常者がいた。怪物はこの世からいなくなりたいのに、死ぬことが許されていなかった。かたや、異常者は他人を害すことに愉悦を感じてしまう根っからの破綻者だった。そんな二人は、お互いの目的のためにある約束をした。彼と彼女の愛し合いは、まだ始まったばかりだ。


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 「先輩先輩! ついにこの日がやってきましたね!」


 「そうだな」


 僕たちは、舗装されてはいるものの、コンクリートがひび割れた道をひたすら歩いていた。


 「せーんぱーい,,,歩くの疲れたんで抱っこしてください,,,」


 「分かった」


 僕の背中には、数多の凶器がしまわれていた。かなり重いそれを背負いながら、少女を運ぶのはかなりの重労働だ。だが、これから彼女にしてもらうことを考えれば、これくらいは当然だろう。


 「うぇへへ,,,先輩良い匂いしますね,,,」


 「汗臭いぞ」


 「もー! 分かってないなぁ,,,そこが良いんでしょ!」


 抱き上げられながら、僕の首筋に顔を突っ込むこの少女は、古屋千歳ふるやちとせという。僕とこの少女の関係性はただひとつ。僕が殺される側で、彼女が殺す側だということだ。


 「なぁ、千歳」


 「ん~~? なんですかぁ?」


 「本当に、僕のことを殺せるのか?」


 「なーんだ! 当たり前じゃないですか! いくら先輩が、臓物ぶちまけても死なない怪物だからって、私の手にかかれば朝飯前ですよ!」


 「頼んだぞ」


 「はい! 頼まれました!」


 転々と続く街灯の灯りと、空からの月明りだけが、僕たちを照らしていた。この先には、千歳が所有する古い別荘がある。なんといってもこの少女、実家は大金持ちらしく、こうして人気の無い場所にある建物を調達するのも簡単にできてしまう。


 確かに千歳は、黙っていればお嬢様に見えないこともない。艶のある綺麗な金髪と、庇護欲をそそられる小さな体。中身がとても残念なことを除けば、文句なしの美少女と言える。


 「せんぱーい、なにか変な事考えませんでした?」


 「いや、千歳は綺麗だなと思って」


 「まーったく先輩ったら! お礼に殺してあげます!」


 にこりと、笑顔を浮かべながら物騒なことを口走る千歳。だが、それは本当のことだ。僕は今日、この少女に殺される。そのために、今日まで色々な準備をしてきた。とはいえ、その大半は千歳に手伝ってもらった。おかげで、僕が失踪しようと誰も気にすることはなくなった。


 「千歳、ありがとうな」


 「ふふっ,,,やっぱり先輩は変な人ですね。これから先輩は、私に体中めちゃくちゃにされちゃうんですよ? ぐっちょんぐっちょんのべっちゃんべっちゃんです!」


 「あぁ,,,存分にやってくれ」


 「いくら死なないし、痛みも感じないからって、頭おかしいですねぇ。自殺のやり過ぎで脳が故障してるんですよ,,,可哀想な先輩」


 さきほど、彼女は僕のことを死なないと言ったが、それは事実だ。僕は、自死をすることができない。自分でできる自殺方法は、あらかた試してみたのだがどれも望んだ結果を得ることはできなかった。


 そんな風に自殺を続けていると、ある変態に僕は見つかった、千歳だ。彼女は、僕からみてもとびっきりの異常者。人を殺すことを夢見る、頭のおかしい少女だ。人が苦しむ様子を見て心から笑え、誰かを愛するにも、あまりに過激な方法で愛を示す。はっきり言って、毎日のように自殺をする僕よりも、千歳の方がよっぽどいかれている。


 「あ! 先輩、今私のこと頭がおかしいって言いましたよね!」


 「すまん、声に出てたか?」


 「声に出さなくても、顔で分かりますよ! 先輩は仏頂面ですけど、きちんと見れば何考えているかくらい、すぐに分かります!」


 「流石だな、僕の顔をみてそれが分かるのは、千歳だけだ」


 「むふふ,,,もっと褒めてくれてもいいんですよぉ,,,」


 ちゃっかり首を絞めて、窒息死させようとしているが、僕は苦しくとも何ともなく、そのまま進み続けた。もう、目の前には屋敷が見えていた。


 あらかじめ受け取っていた鍵を使って、中に入る。扉を閉めると風の音が遠くなって、千歳の吐息すら聞こえるほどだった。近くに人が住む場所はなく、この防音性の高さだ、万が一にも通報されるという心配はない。


 「僕はいいが、千歳は何日もここに居て、平気なのか?」


 「はい! 家族は私に関心ナッシングなので、定期連絡さえ怠らなければ、ここに人が来ることはありません。存分に楽しむことができます!」


 「それは頼もしい。早速始めるか」


 「ぐふふ,,,せっかちさんですねぇ,,,でもでも、私も待ちきれないので始めちゃいましょうか!」


 長い廊下を通って、書斎に入る。ありきたりだが、ここが隠してある地下につながっているそうだ。

なにやらあちこちいじっていると、本棚の一つが動いて、階段が現れた。


 「すごいな、これ」


 「そうでしょうそうでしょう! 他は普通の別荘みたいな作りにしましたけど、これだけはこだわり抜きました。こういう隠し扉って、昔から凄くあこがれてたんです!」


 「夢が叶ってよかったな」


 「いえいえ! 私の夢は先輩を完膚なきまでに愛しつくす。もしくは、いっそのこと廃人ににまでしちゃうことですから! 死んじゃうくらいに、精一杯愛させていただきます!」


 「そうか、期待している」


 「期待しててください!」


 地下に入ると、そこは真っ白な部屋だった。壁には鎖やら刃物やら、物騒なものが立ち並び、床には排水溝や水はけ用の堀があった。完全に、そういう目的の部屋だ。


 「ではでは! 不死身の先輩、ぶっ殺しちゃおう大作戦! 始まりです!」


 「よろしく頼む」


 二人以外誰もいないその部屋では、今から残虐の限りをつくすとは思えないテンションの少女。そして、これまた今から殺されつくされる落ち着きようではない少年の、いびつな愛し合いが始まった。


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 「まずは基本から! 撲殺行きましょう!」


 「分かった」


 千歳はどこからかトンカチを取り出して、嗜虐的な笑みを浮かべている。僕は、床にそのまま正座して、千歳の眼をしっかりと見つめた。そこには、爛々と輝く彼女の情欲が、メラメラと燃え上がっていた。


 「これくらい、準備体操みたいなものですよね?」


 「とうぜっ」


 言い終わる前に、大きく振りかぶったそれで僕の頭蓋骨にひびを入れた。ぐちゃぐちゃと脳髄と血液が飛び散るが、意識が一瞬飛ぶくらいで何も感じない。数回続けて殴られるが、すぐに元に戻る。血液は流れ出たままだが、脳髄や骨は僕の顔に自然と戻ってきて、何もなかったかのようになるのだ。


 「はぁっ,,,はぁ,,,まぁ、知ってましたけど、そこまで無反応だと、私も少し傷つきます」


 「次だ」


 「うへへ,,,本当に先輩は変態さんですね。女の子にトンカチで頭打たれて、喜ぶ人なんて、先輩くらいですよ」


 「僕も、そこまで人にためらいなく凶器を振り下ろせる人を、千歳ぐらいしか知らない」


 「光栄です!」


 褒めたわけではないのだが、うきうきと僕を殺すことに夢中な千歳を見ていると、不思議と胸が熱くなった。こんなにも、僕のことを真剣に殺そうとしてくれるのは、きっと彼女だけだ。自分を殺そうとする存在にこんな感情を抱くなんて、僕も大概おかしい。


 「じゃあじゃあ次は、王道の刺殺です! 先輩の内臓を引きずり出しますよ~~」


 「ばっちこい」


 「では、この台に横たわってください!」


 促されるまま、僕は診察台のような場所に横たわった。彼女の手には、それなりの大きさのサバイバルナイフが握られていた。ニコニコと、僕の腹を料理でもするように捌き始める千歳の顔は、僕の血に濡れてとても綺麗だ。


 「うんしょ,,,よいしょ,,,なんか骨が邪魔で、内臓が上手く引きずり出せません。直接つかんでいいですか? ダメって言ってもやりますけどね!」


 口からごぼごぼと血が溢れるせいで、上手くしゃべれないがそれくらいで止まる千歳ではなかった。彼女は僕の心臓をお構いなしに掴むと、力任せに引き抜ぬこうとした。


 「ふんっ,,,ぬぬぬ,,,抜けません。これがほんとのハートキャッチってやりたかったんですけどねぇ。繋がってる血管全部切っちゃいますか」


 「ぶぶくぶくっぶ」


 「うぇ? 何言ってるか全然分かんないですよ? 頭撫でてあげるから我慢しててねー」


 赤黒い何かに染まった手で、千歳は頭を撫でてきた。べたべたしていて、正直不快だ。やめろという視線を送ると、彼女何を誤解したのか嬉しそうな顔をして、両手を勢いよく僕のお腹に突っ込むと、そのまま心臓を取り出した。


 「うわー-! これが先輩の心臓ですか! 不思議な感触ですね!」


 「ぶぼっ,,,これでもダメか」


 「じゃあじゃあ、内臓全部摘出しちゃいましょうか! そしたら死ねるかも!」


 ワクワクした様子で、僕の体を解体し始める千歳。いちいち、内臓を引っ張り出すたび僕に見せつけてくるのは迷惑だった。それから少しして、全ての臓器を出し終わると、一つ一つを丁寧に戻していった。体の器官を除いたくらいでは、死ぬことはできないみたいだ。


 「先輩のあれ、めちゃんこでかいです! 切り落として保存していいですか!」


 「それだけはやめてくれ」


 暴走する千歳は、僕の中を戻してはぐちゃぐちゃにしてを繰り返した。結局、彼女が僕を解放したのは、それから数時間後のことだった。


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 「ふー,,,休憩終わったので、首つりはもうやめていいですよ」


 「分かった、次は何をする」


 倒れていた椅子を起こしてもらって、地面に降り立つ。血に濡れてべとべとの千歳がシャワーを浴びている間、僕は一人で首つり自殺を試みていた。やはり、この程度では跡が数分残るくらいで何の解決にもならなかった。


 「うーん。とりあえず、駄目そうなのから消していきしょう! 次は射殺です!」


 「期待はしていないが、頼んだ」


 「はーい! 先輩を愛の鉛玉でぶち抜いてあげます!」


 僕が背負ってきたリュックから、小さなハンドガンを取り出してこちらに向ける。破裂音が響くたびに、僕の体に穴が空いて、血が流れ出る。だが、ただそれだけのことだった。いくら撃ち込まれようとも、死にはしない。しばらく、マガジンが空になるまでバンバンと打ち続けた千歳の顔は、不満げだった。


 「やっぱり、私銃って嫌いです。照準を構えて、トリガーを引くだけでお手軽に命を奪えるなんて、殺人をなめてますよねぇ,,,愛しい先輩を殺す道具は、こんなしょうもないものじゃないです」


 「だが、中々効いたぞ。鉛玉が取り出しづらくて、血が止まらん」


 「うわっ,,,穴の開いたところから鉄の塊が出てきて、ちょっときもいです」


 「失礼な。撃ったのは千歳だろう」


 「撃たせたのは先輩です!」


 千歳はぶつぶつ文句を言いながら、次の道具を取り出した。沢山の小瓶からは、様々な錠剤やカプセルが入っていて、辛うじて読めた数個は僕でも知っている名前のものだった。


 「一つずつ試してみましょう。こんな毒物程度で死ぬとは思いませんが、持ってきたからには使いきらないとです!」


 「面倒だ。一気に全部飲む」


 「ふひっ,,,先輩素敵です! 全部飲んだら流石に逝けるかもですもんね! そーれ、イッキ! イッキ!」


 どんどん出される錠剤を、時にはそのまま飲み込んで。時にはかみ砕いて。時にはミックスさせて服用した。最後の錠剤をのみ終わっても、僕は何ともなかった。僕には、根本的に薬というものが効かないし、飲む必要もない。


 「うん,,,胃がいっぱいになった気がするだけだ」


 「まぁそんなもんですよね。じゃあ先輩、今飲んだの全部吐いてきてください。胃の中で化学反応でも起こして、それで私が死んじゃったら元も子も無いですし」


 千歳はいつの間にか、ガスマスクと防護服を着用していた。あんなにもノリノリで飲ませたというのに、終わったらこの通りだ。僕は、併設されたトイレに行って、胃の洗浄を行った。痛みは感じないとはいえ、直後に入れたものを吐き出すというのは、中々不快感が大きい。今度からは薬物は辞めようと、心に決めた。


 「え? 薬品系は辞めよう? 次は、先輩をドロドロに溶かすつもりだったんですけど,,,やめときます?」


 「上等だ」


 そう話す千歳の顔は、怖いんですか? とでも言いたげで、つい了承してしまった。その後入った千歳特性のお風呂は、やはり入らない方が良かった。体が溶けて、ただひたすらに不愉快だった。結局元に戻ったのは夜が明けてからのことで、やはり科学薬品と僕との相性は、最悪だということを改めて認識した。


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 「ふぁ~~,,,あ、元に戻ってる」


 「やっぱり薬品は駄目だ。体が崩れるばかりでろくに死ねやしない」


 千歳は寝ていたようで、頭には寝癖がついていた。体が元に戻った後、待ち時間のルーティンのように首つりを行いながら、千歳のことを待っていた。首をくくり過ぎたせいで、心なしか首が伸びた気がする。


 「これが本当の首を長くして待つ、だな」


 「ぶふっ,,,せーんぱい,,,不死身ジョークはずるいです,,,」


 しょうもないやりとりを済ませた後、一緒に朝食をとることにした。といっても、僕は餓死の可能性にかけて断食をしている。だから、千歳が美味しそうなものを食べているのを眺めるだけだ。今までで、これが一番きつい。


 「あーむっ,,,このサンドイッチ、めちゃ美味いです。食べないの、もったいないですよ?」


 「,,,やめておけ」


 「ほーらほら、こっちのマフィンなんて甘さが控えめで、先輩が好きそうな味ですよ? これと一緒に紅茶やコーヒーを飲んだら、さぞかし美味しいでしょうね! 試してみます!」


 「ぶっとばすぞ」


 そうやって、精神的に殺しにかかる千歳の顔は、昨日のどれよりも輝いていた。千歳にはSっ気が少しあるので、僕をいじめることに関しては余念がない。僕を殺す道のりは、まだ始まったばかりだ。


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 「腹ごしらえも済んだところで、今日も始めていきましょうか!」


 「今日こそ頼む」


 「承知しました! 今日もとびっきりの殺し方をしますから、死ねるなら死んじゃってくださいね?」


 千歳は、前回しようした診察台の上にまた僕を乗せて、今度は手足を拘束した。頭にも、おかしな器具を取り付けて、眼球しか動けない状態にされた。


 「えへへ,,,今日は、物理的に先輩の頭の中を見ていきたいと思いまーす! イエーイ!」


 「なるほど、心臓の次は脳か」


 「はい! じゃあドリルで頭蓋骨ぶち抜いて、卵の殻みたいに取り外しちゃいますね!」


 ギュイーンと、普通は聞くことのできない自分の頭蓋骨が削れていく音を聞きながらも、そこに恐怖は一切なかった。むしろ、これで死ぬことはできるのだろうかという、ワクワクで埋め尽くされていた。


 「先輩も楽しそうでなによりでっす! ではではー、先輩の頭の中がどうなってるのか、拝見させていただきます!」


 僕には、それがどうなっているのか分からないが、千歳は大興奮だ。あの千歳がこんなに喜ぶなんて,,,どんな感じなのか、僕も気になってしまう。


 「すっっごー-い!! 人間の脳みそってこんな風になってるんだー!」


 「なあ、どんな感じだ?」


 「そりゃあ、ぶにぶにって感じで、ドクドクッて感じです! うわぁ,,,すっごい,,,」


 語彙力がなくなった千歳は、僕の中身をじっくり観察したのち、指を突っ込んでいじくり始めた。頭の中から音がするという、不思議な体験をしたが、相変わらず死ぬことはない。


 「ぐりぐりー-,,,一生触ってられますね、これ」


 「でも、死にはしないぞ」


 「そうですねぇ,,,なら、次にやろうとしてた電気ショックを、脳みそで試してみましょうか!」


 「良い考えだ。過不足なくやり切れ」


 「はい! 先輩は私の望みに期待以上の結果を出してくれて、本当に大好きですよ!」


 「そうか、僕も千歳のことは大好きだぞ」


 「えへへ,,,私たち、相思相愛ですねっ!」


 千歳は、電極を僕の大事なところに刺しこんだ。スマホにイヤホンジャックを入れるような手軽さで、嬉しそうに作業する千歳は、やはり異常だ。だが、その異常性こそ彼女を彼女たらしめるものなのだ。僕はそれを愛している。


 「まぁ、ちょっとずつ上げていくなんて常識、私にはないので最初から出力マックスで逝かせていただきます! スイッチ、オン!」


 バチバチ音がなって、僕の頭を高圧電流が流れる。目の前がチカチカとかいうレベルではない、過剰な明滅を繰り返す。それと同時に、僕の体がびくびくと震え始める。動かす気が無いのに、勝手に筋肉を動かされるというのは、不思議な感覚だった。


 「ふっふっふ,,,流石の先輩も、神経系をぶっ壊せばお陀仏必至でしょう!」


 「悪い,,,効果なしだ」


 「ちょっとくらい気絶してくれても、良いじゃないですか! 頭を文字通り沸騰させられて、なんで普通に話せるんですか! 少しはダメージを残してください!」


 そう言いながらも、手際よく僕の頭をくっつけていく千歳。くっつけるといっても、切れた部分を押し付けているだけだ。それでも、千歳は楽しそうだ。こんなことで喜んでくれるなら、僕も嬉しい。


 「,,,先輩の体って、どうやったら壊せるんでしょうね,,,塵にするしか方法は無いのかな,,,」


 「予想できるが、塵になっても僕は死なないと思う」


 「うへぇ,,,そろそろネタ切れですよー」


 「頼む、千歳だけが頼りなんだ」


 「っ! そういうの、真顔でいうのはずるいですよ,,,」


 顔を赤らめる千歳は、大変かわいらしかった。照れ隠しに、近くにあったレンチでタコ殴りにされたのも、御愛嬌というものだろう。


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 「じゃあ、とりあえず残ったこれで、一旦終わりにしましょうか」


 「了解だ」


 二人の前には、大型のロードローラーがあった。庭に置いてあるそれに千歳は乗ると、ガチャガチャと動かし始めた。


 「,,,ちなみに、免許とかは持ってるのか?」


 「いえ、持ってません。基本私は天才なので、少し動かせば問題は無いです。それにここ、私有地ですし」


 「そういう問題ではないのだが」


 「なんですか! つべこべ言わずに、そこのブルーシートの上に横になってください! どうせこれでも死なないんだろうし、早く終わらせますよ!」


 僕は、これ以上千歳を怒らせると面倒なことになると瞬時に察知した。彼女は基本的に、理不尽なのだ。


 「はーい、オーライオーライ! ミンチにしてあげますから、ジッとしててくださいね!」


 「いや、それじゃミンチにはできな」


 水風船を、押しつぶして割ったような音が鳴ると、ローラー部分に血がべったりと塗り込まれる。つま先からつむじまで、まんべんなく引き延ばされたが、すぐに元の形に戻ってしまった。


 「はいはい! 私の全敗です! 殺してあげられなくて、ごめんなさい!」


 「気にするな、それより片づけをしよう。庭が悲惨なことになっている」


 辺りに、絵具でもぶちまけたのかと思うほどの血液が染みついて、まずいことになっている。千歳による、僕の完全殺害計画が完成次第またここを使うので、できるだけ綺麗にしておかなくてはいけない。


 「いーやーでーすー! 全部先輩の分泌物なんですから、先輩が片付けてくださいよ!」


 「散らかしたのは千歳だろう」


 「そうするように仕向けたのは先輩です!」


 結局、僕一人で掃除をすることにした。いくら、千歳がそれなりの権力を持っているとはいえ、もめごとが起きて僕を殺す準備が滞ることは、なによりも回避しなくてはいけないことだ。すねる千歳をなだめながら、僕たちはここに来て始めてリビングに向かった。


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 「はー,,,ダメでしたかぁ。結構自信あったんですけどね,,,」


 「日進月歩というものだ。少しづつ進めば、必ず方法はある」


 「そうはいってもですねぇ,,,そろそろネタ切れなんですよぉ」


 僕を膝の上にのせながら、髪を撫でてくる千歳。彼女は上手くいかないことがあると、 こうして僕のことを傍に置いておきたがる。いつものことだが、失敗するたびに数時間近く拘束されるので、少々面倒くさい。


 「うー-ん,,,論点を変えてみますか」


 「どういうことだ?」


 「まず、今の最終目標は、先輩を殺しきることですよね?」


 「そうだな、僕たちの悲願だ」


 「じゃあ、なんで先輩が死にたいのかって言ったら、もう苦しみたくないからですよね?」


 「そうだ」


 僕が死にたい理由。映画のような、壮大なストーリーも無ければ、崇高な信念もない。ただ僕は、自分にないものを手にしようと、駄々をこねているだけだ。過去を振り返れば、ろくな思い出は無いし、僕を見る他人の目は、いつも冷たかった。


 千歳が稀有な例なだけで、僕は世界に望まれていない存在だ。けれど、生きている限り死にはしなくても腹は減るし、寒いし、寂しいし、苦しい。死なないというのは、死ねないということなのだ。

 

 「だったらですよ? 私が先輩と一緒にいてあげます! それで全て解決しませんか?」


 「何を馬鹿なことを言って」


 「いえ、大真面目ですよ? 先輩は、私の愛を受け止められるただ一人の存在なんですから」


 千歳は、歪んでいる。彼女の愛は猟奇的で残忍だ。だからこそ、僕たちは分かり合えることができた。僕は、死ぬことができない。彼女は、殺すことでしか愛を伝えられない。似た者同士、気が合ったのだ。


 「そうはいっても、千歳もいつかは死ぬ。僕は、君の最後を見取りたくなんてない」


 「それは私のセリフですよ。私だって、愛した人が死ぬところなんて、見たくないです」


 「だが,,,」


 「分かってます。自分でも矛盾してるって,,,人を愛すのに、その人を殺そうとしてしまう私は、愛し続けることができない。一度愛してしまえば、殺してしまうから」


 二律背反。自分の性に従ってしまえば、後で後悔してしまう。なんとも、辛い生き方をするものだ。


 「ですから、先輩を見つけた時私は、あなたこそ私の運命の人だって思ったんです。先輩も、そうでしょ?」


 「そうだな。僕にとって、こんなに都合のよい人は千歳だけだ」


 「酷い言いぐさですね~~、私は結構真面目に話してるんですよ?」


 ぐにぐにと頬を引っ張る千歳は、普段の好奇心でいっぱいといった雰囲気ではない、優し気な笑みを浮かべていた。


 「だが,,,僕を殺したいのに殺したくないなんて、どうすれば解決できるんだ?」


 「はい! そこは私にまっかせてください! 結論から言ってしまえば、問題なのは私に寿命が存在することです。でも言い換えてしまえば、そこさえ解決できれば良いんですよ! 先輩は私の愛を受け止めても死にませんし、私も死ななくなればずっと一緒に居られます!」


 「そ、そうか,,,その発想はなかったな」


 「はい! じゃあ、一緒に私が死なない方法を、考えましょう!」


 「分かった」


 僕たちは、夜になるまで話し合いを続けた。千歳と生き続ける未来は、僕にとって甘美で魅力的なものだ。そんなことが可能ならば、僕は死ななくてもいいのかもしれないと、思ってしまうほどに。


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 「ふー,,,やっぱり、先輩の匂いは安心しますねぇ,,,」


 「そうか。千歳が喜んでくれて、僕も嬉しい」


 夜が更け、僕たちは大きなベッドの上で密着していた。千歳は、何かにつけて僕の匂いを嗅ごうとする。恍惚とした表情を浮かべる彼女を見るのは好きなので、どんどんやってほしい。


 「先輩先輩、どこにも行きませんよね?」


 「千歳から離れる理由はない」


 「はい! では、私のことをどう思っていますか?」


 「僕の最愛の人だ」


 「満点です! ご褒美をあげましょう!」


 千歳は、僕の顔を胸に抱きよせて、頭を撫で始めた。だが、彼女の胸は残念ながらそこまで大きくない。僕はどちらかというと、大きい方が好きなので、少し残念だ。揉めば膨らむのだろうか。後で聞いてみよう。


 「私だって、ナイフで刺したり頭かち割ったりで、求愛するわけじゃないんですよ? 先輩が好きそうなことだって、私はちゃんと履修済みなんですから!」


 「頼もしいな」


 「はい! 今回も色んな実験に協力してくれたので、今から先輩を普通に愛したいと思います! 実物のハートだけじゃなく、心までキャッチしちゃうので、覚悟してください!」


 「よろしく頼む」


 視界が千歳の胸で埋まっているので、何をしようとしているのかは分からない。だが、恐怖心などは無かった。僕には、彼女を疑うという思考は、端から存在していない。


 「先輩っ,,,お疲れさまでした。今から、先輩の頭撫でながら、耳元でたーっくさん愛をぶつけますからね」


 「わかっ」


 「相槌は必要ないです。ただ、私だけを考えて、私だけを思って、私だけを愛してください。そうしてくれたら、私はそれ以上に先輩を考えて、先輩を思って、先輩を愛します」


 五感全てが、千歳でいっぱいになる。それは、暗闇でも僕にとっては天国だった。


 「先輩、大好きです。初めて先輩を殺した時から、ずっとずっと大好きです。先輩の頭を粉砕するとき。先輩のはらわたを引きずり出すとき。先輩の中身を全部見るとき,,,あなたへの愛で溢れて、止まらなかったです」


 「先輩を惨殺するたび、先輩のことがどんどん好きになっていくんです。私は、おかしいですね。大事な人を壊すことでしか、愛を主張できない。こうやって先輩のことを抱きしめている間も、先輩のことを殺したくて仕方ないんです」


 「でも、先輩はそんな私を受け入れてくれた。もう、先輩がいない世界なんて要らないんです。私の愛を受け取れるのも、捧げるのも先輩だけ。でも、それで先輩が死んじゃったら元も子もないんです。矛盾してますよね、あなたのことを殺したくてたまらないのに、死なせたくないなんて」


 「先輩を殺すごとに、私の中でゾクゾクする喜びと、先輩が死んでしまうかもしれないって不安でいっぱいになるんです。先輩を殺して楽しむ私と、先輩を離したくない私、どれが本当の私なのか、もう分かりません」


 「さっき、思い付きで先輩とずっとずっと一緒に居られたらいいって、言いましたよね? それもきっと、私の本心なんです。ずっと一緒に居たいし、ずっと愛し続けたい」


 「だから先輩,,,私にずっとあなたを独占させてください。今はまだできなくても、必ず先輩と同じになってみせます。もう二度と、先輩を死にたいなんて思わないくらいに、幸せにしてみせます。先輩の悲しみも、苦しみも、孤独も、全部理解してみせます」


 「先輩、愛してます。私と一緒に、永遠を生きてくれませんか?」


 千歳の告白を受けて、僕は,,,


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 「先輩! 桜咲きましたよ!」


 「そうだな。多分これが最後の開花だ、しっかりと目に焼き付けておこう」


 「へぇー、じゃあまた一緒に植えましょうか、桜の木。今度は一本じゃなくて、二本にして夫婦めおとみたいにしましょう! きっと綺麗ですよ!」


 「ああ、最近は本ばかり読んでいて体がなまっているからな、久しぶりに運動するのもいいだろう」


 「だったら、私と一緒に人外チャレンジしましょうよ! 漫画の技とか再現するために、色々習得しておきましたから、きっと驚きますよ」


 「いいだろう、腹に風穴が空いても文句言うなよ?」


 「負けたら罰ゲームで、心臓を献上するっていうのはどうですかね! どうせ負けるのは先輩ですし!」


 「え、別にいらん。あんま美味しくないし」


 「私は先輩の体を全部食べたのに、どうして先輩はあんまり私のこと食べてくれないんですか!」


 「いや、美味しくないからだって」


 「見苦しいですよ! また食事を千歳フルコースにされたいんですか!」


 「やめろ、普通のものを食べさせてくれ。食事は僕の数少ない娯楽なんだ」


 「じゃあ私の分だけ、先輩フルコースにします! 久しぶりに、先輩を材料に料理作るのも悪くないですね! じゃ、ちょっと臓物ぶちまけてください!」


 あるところに、二人の怪物がいた。一人は死ぬことができず、もう一人は殺すことでしか愛を示せなかった。そんな二人が、こうなることは必然だったのかもしれない。二人がいつからそうしているのかは、もう分からない。確かなのは、今もそこで彼と彼女は、歪な愛を向け合っているということだけだ。

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