第11話
「…ありがとね」
コトネは静かにトキに向かって言った。もう一度、しっかり言いたかったのだ。
「どういたしましてー」
トキはふさふさの尻尾を振りながら、おちゃらけた声で答えた。
「いやでも急にいなくなるのはどうかとおもう」
「だって、もう大丈夫って言ったじゃん」
「いや、あの時流石に驚きすぎてやばかったんだから」
トキは、長い髭をひくひく動かしてにやつきながら、不満げなコトネを見つめた。
三角形の大きな耳は少し薄汚れていたが、それでもピンとまっすぐ立っていた。
「てか、もう大丈夫?」
「うん、十分見れた」
「どう?昔に戻ってやり直してみる?」
コトネは目の前のキツネと少年姿のトキを重ねてみた。
やっぱり似てるな。
そして少し考えた後、一度ニヤリと笑って答えた。
「まあ、別にいいかな」
*
トキが消えた。
「見た?」
「眩しくてよく見えなかった…」
目の前で起きた非現実的な出来事を、思わず彩葉と確かめ合う。
「やばくね?」
「やばい」
語彙力を失ったお互いが、あまりにもおかしくて、思わず2人で笑った。
「え、まじ、なに今の」
「トキ、え、何者?」
変にテンションが上がって、砂浜の上で大声で言い合う。静かな夜の空に、波の音と私たちの声だけが広がる。
しばらくして、息を切らしながら2人で石段の上に座った。荒い呼吸音が静まってきたとき、彩葉が静かに言った。
「あのトキ?って言う人ってもしかして琴音の内側、的なやつなんじゃない?」
「……何それどういうこと」
「だから、えっと。うまくいえないんだけどさ…琴音、学校ではなんか私とか周りの人に合わせてるっていうか、演じてるっていうか、とにかくなんか自分の意志、死んでるじゃん。でも今日はなんか違った。トキくんがいるからかもしれないけど…本心が、オモテに出てた、みたいな」
「私の本心ってアイツみたいにバカなの?」
「んー、でもなんか似てる」
「え、まじ」
「うん」
また2人で笑った。ほおは痛くない。無理やり筋肉を上げてる感覚もない。
本当に、私はつくづく子供だな。うまく本心をオモテに出せなくて。考えていることが上手くまとまらなくて。そのくせ人の前では一丁前に自分を演じる。
本音が出せなくても、本音が溢れて止まらなくても、それでも受け入れてくれる人を求めている。自分勝手なやつ。
人に認められるように、好かれるように、自分が自分でいられるように、思考を閉じ込めないように、バランス良く生きていかなくてはならない。
そんなことわかっているさ。16年も生きていればなんとなくわかる。でも、たったの16年じゃまだうまくできないんだよ。
そんなアンバランスな私を支えてくれる手が、どうしても必要なんだ。
終
アンバランス ぱん @banharu
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