第11話

「…ありがとね」


コトネは静かにトキに向かって言った。もう一度、しっかり言いたかったのだ。


「どういたしましてー」


トキはふさふさの尻尾を振りながら、おちゃらけた声で答えた。


「いやでも急にいなくなるのはどうかとおもう」


「だって、もう大丈夫って言ったじゃん」


「いや、あの時流石に驚きすぎてやばかったんだから」


トキは、長い髭をひくひく動かしてにやつきながら、不満げなコトネを見つめた。

三角形の大きな耳は少し薄汚れていたが、それでもピンとまっすぐ立っていた。


「てか、もう大丈夫?」


「うん、十分見れた」


「どう?昔に戻ってやり直してみる?」


コトネは目の前のキツネと少年姿のトキを重ねてみた。

やっぱり似てるな。

そして少し考えた後、一度ニヤリと笑って答えた。


「まあ、別にいいかな」





トキが消えた。


「見た?」


「眩しくてよく見えなかった…」


目の前で起きた非現実的な出来事を、思わず彩葉と確かめ合う。


「やばくね?」


「やばい」


語彙力を失ったお互いが、あまりにもおかしくて、思わず2人で笑った。


「え、まじ、なに今の」


「トキ、え、何者?」


変にテンションが上がって、砂浜の上で大声で言い合う。静かな夜の空に、波の音と私たちの声だけが広がる。

しばらくして、息を切らしながら2人で石段の上に座った。荒い呼吸音が静まってきたとき、彩葉が静かに言った。


「あのトキ?って言う人ってもしかして琴音の内側、的なやつなんじゃない?」


「……何それどういうこと」


「だから、えっと。うまくいえないんだけどさ…琴音、学校ではなんか私とか周りの人に合わせてるっていうか、演じてるっていうか、とにかくなんか自分の意志、死んでるじゃん。でも今日はなんか違った。トキくんがいるからかもしれないけど…本心が、オモテに出てた、みたいな」


「私の本心ってアイツみたいにバカなの?」


「んー、でもなんか似てる」


「え、まじ」


「うん」


また2人で笑った。ほおは痛くない。無理やり筋肉を上げてる感覚もない。


本当に、私はつくづく子供だな。うまく本心をオモテに出せなくて。考えていることが上手くまとまらなくて。そのくせ人の前では一丁前に自分を演じる。


本音が出せなくても、本音が溢れて止まらなくても、それでも受け入れてくれる人を求めている。自分勝手なやつ。


人に認められるように、好かれるように、自分が自分でいられるように、思考を閉じ込めないように、バランス良く生きていかなくてはならない。

そんなことわかっているさ。16年も生きていればなんとなくわかる。でも、たったの16年じゃまだうまくできないんだよ。


そんなアンバランスな私を支えてくれる手が、どうしても必要なんだ。




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アンバランス ぱん @banharu

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