アンバランス

第10話

「ねえちょっと、今琴音と私で話して___」

「自分の嫌なことがあったらすぐに暴言を吐くし、いつも僕に向かって笑いながら『ばーか』とか言ってくる。でも何だかんだ付き合ってくれて、僕の頼みも怠そうに聞いてくれるんだけどね。基本的には無表情なのに、たまに変なとこで爆笑するんだよ。マジで笑いのツボおかしいって。それで______」

ちょ、何言ってんだよトキ。そんなこと言ったらますます彩葉が引いて____

しかし、彩葉はトキの話に聞き入っていた。そして目を見開きながら私に聞く。

「…それまじ？琴音」

「え、ああ。うん」

口が故障してしまったのか、母音を適当に繋げて答えることしかできなかった。

しかし、胸の奥で引っかかっていた金具が取れた_____ような気がした。

私はもっと、自分の考えを一語一句表現しなければならないと思っていた。しかし、喋っても喋っても、複雑な思考の百聞の一にもならなかった。その度に、ポカンとした顔をする目の前の人間に絶望した。私の考えは伝わらない…伝わったとしても受け入れてくれないかもしれない…ならいっそ…

そして私はいつの日か、自分の中の薄汚いキツネを隠すことにした。本当は、受け入れられるのかもしれないのに______

「そんでさあ___」

トキが私の隣で淡々と話し続ける。

私の言動と、トキから見た私。それを言っているだけなのに、今までヒビさえ入らなかった殻が、少しずつ剥がれ落ちていくのを感じる。と言っても、まだ何もかも顕になった訳ではないけれど。まあ、それでもいいか。

彩葉は一生懸命トキの話を聞いている。合間に時々相槌をうっており、その度にヘンテコな形の髪の毛が揺れる。

「もういいだろ」

自然とでたこの言葉は、自分でも驚くくらい穏やかな口調であった。

「いやー琴音、性格悪いねー」

意地の悪そうな顔をして肘を当ててくる。

まったく、本当にこいつとは思考が合わないな____

ため息をついたが、苛つくことはなかった。

「…ほんっと、彩葉もばかだよな」

「えー、ちょっとお。こいつと一緒にしないでよ！」

彩葉は不満げな顔をして、声を荒げる。指を刺されたトキが笑う。

「ばかだよ。ばーか。今まで私に騙されてさ。なーんにも気づかないの」

「だってえ…琴音がなんか、諦めてるんだもん」

確かに、今まで諦めてたのかもしれない。人のことも、自分のことも______

「てかホントにこいつ何者？琴音の彼氏？」

「彼氏じゃねーよ。誰がこんな奴と」

「なーんだ」

「てかそういう、なんでも恋愛に結びつける浅はかな感じ、やめろ」

「ええー、いいじゃん」

トキの顔をチラリと見る。相変わらず、キツネのようなまん丸な目でこちらを見てきた。

「…ありがと」

そう小声でトキに耳打ちすると、ニヤリと笑って、

「もう大丈夫そ？」

と聞いてきた。私は静かに、

「うん」

と答えた。その瞬間、トキがヒョイっとつま先立ちをして、両手で私の頬を包み込んだ。

「…あ」

近くで彩葉の声がする。トキは顔を近づけて、私と唇を重ねた。

その瞬間目の前で光の粒が広がった。いや、そんな気がした。正確には眩しすぎてよく見えなかった。

細めた目をもう一度開くと、そこには彩葉だけが棒立ちになっていた。

「…トキ？」