夏の終わり

寝苦しい夜が少なくなってきた。


タイマーで設定したエアコンが動き出すと、僕は寒くて起きてしまう。あれほど僕を困らせていた太陽に朝早くに起こされることも無くなって、僕は最近決まってお昼過ぎに目を覚ます。


「まだ寝てるのか?」


少し前に始めたSNSで偶然繋がった山崎先生から連絡が来るようになった。

大抵は深い意味のない内容だ。

ただこの影響で目が覚めたらすぐスマートフォンを確認する癖がついた。

これまでは全く開かない日もあったのに、不思議だ。


平日の昼間、社会人の多くはお昼休憩と思われる12:30ごろに連絡を寄越す。

だから僕はその時間を過ぎた頃を見計らって返信をする。


「8時には起きてましたよ。」


なんて分かりやすい嘘なんだろう。

自分でツッコミを入れながら、またベッドに横たわる。開け放した窓の隙間から聞こえてくる蝉の声は、夏の初めより緊迫しているように感じる。


ブブ……、ブブ……。


14:00。

普段ならなるはずのないメッセージの受信を知らせる振動がベッドを震わせた。

まさかとは思いつつも、メッセージ画面を開く。


「嘘だな、今起きただろ。」

「暇なら飯でも行こう。」


大学の美術講師というものはこれほどまでに暇なものなのだろうか。そう頭が考えることとは裏腹に心がじんわりと温まる。ふと口角が上がっていることに気がつく。


急に体が力を取り戻したような気になって体を起こす。


玄関まで数歩前進し、靴箱の上に積み重なった請求書の束を掴む。


振込期限 8月31日


多くの払込用紙に書かれたその日付を見て、カレンダーアプリを開く。

8月25日。

アプリはその日だけを違う色で表示し、教えてくれる。曜日も日付感覚も失った僕は、もうこれなしではやっていけない。


まだ間に合う。


左手に数枚の払込用紙を握りしめたまま、反対の手に持っていたスマートフォンをズボンの尻ポケットにねじ込み、その手で財布と鍵を持って勢いよく玄関を開ける。


久しぶりの外出に全身が緊張しているのを感じる。以前よりも確実に下がった気温を体感しながらアパートの階段を駆け降りた。



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こんな日に 碧海 山葵 @aomi_wasabi25

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