あの日の忘れ物
保科早里
第1話
玄関のチャイムが鳴ったのは帰宅してすぐのことだった。
宅配は置き配にしているし、どうせ何かの勧誘だと思い、私は居留守を使うことにした。
いつものように数回チャイムが鳴った後、あきらめて帰るだろうと思っていたのに、今日の訪問者はなかなか諦めない。しつこくチャイムを鳴らし続けている。
私はだんだん怖くなってきた。なるべく物音を立てないようにしながらドアに近づいて外を覗ってみた。
ドアの前に立っていたのは若い背の高い男性。なかなかのイケメン。
あれ?でもなんかこの顔、どこか見覚えがある。
「おーい、いるんだろ?未来、加藤 未来だよな?」
なんで、私の名前、知っているんだ?
「覚えてない?俺、本田 諒一だよ!」
ほんだ りょういち?
その名前である顔がよみがえる。
「あー!諒一君!? 確か2年と5年の時に同じクラスだった!」
「そうそう、でも同じクラスだったのは3年と5年だよ」
「そうだったっけ?」
私はドアを開けながら答えた。そして、本田 諒一の顔をまじまじと見る。中学は違う学校だったので、会うのは何年ぶりなのだろう。確かに当時の面影が確かにある。
それにしても、諒一君は何で私の家を知っていたんだろう?ちょっと怖くなってきた。
「久しぶりなのだけど、どうして諒一君は私の家を知っていたの?」
率直な疑問を聞いてみた。
「知ってないよ。そこの道でみかけてさ、声かけようと迷っていたら未来ちゃん、この部屋にはいっていっちゃたんだ」
「そうだったんだ。でも、出て来たのが私じゃなくて他人だったらどうしていたの?」
たとえ小学校の同級生だろうと家を知られていたのかもしれないという恐怖はちょっと
薄らいだが、やはり家を知られてしまったのってあまりよくない状況ではないだろうか?
「そんときゃ、ごめんなさい、家を間違えましたで謝ればいいんだよ」
気楽な人だなと私は思った。でも、道でちょっと見かけただけの女をすぐに小学校の時の同級生であると気が付くものなのか?田舎で人数が少なかったとはいえ同じクラスになったのは2回だけなのに。
「諒一君さ、すぐに私だってわかったの?すごいね」
「そりゃあ、わかるさ。印象に残っていることがあったからね」
「え?何?」
私は特に諒一君で印象に残っていることなどなかった。だから、すぐに思い出すことができなかったのだから。同じクラスになった学年って間違えていたし。
「ちょっと渡したいものもあってさ、今度の日曜日会えないかな?」
「え……。い、いいけど渡したものって何?」
私はちょっとドキッとしてしまった。何だろうこの展開は。
「それはその時に。 じゃ今度の日曜日、駅前の猫の絵が描いてある看板がある喫茶店あるじゃん? そこにきてくれない?」
「いいけど、何時?」
「そうだなぁ、一時頃でどう?」
一時か、それならしっかり準備もできるな。
「いいよ。じゃあ、こんどの日曜日ね」
「じゃあな」
そういって諒一君は去っていった。
私はドキドキしたまま、その後姿をしばらく見つめ続けていた。
日曜日。いつもより服装もメイクもばっちり決めた私は、駅前の喫茶店の通りがよく見る窓際の席で、諒一君が来るのを待っていた。私が店に来たのは約束の時間の10分前。諒一君はきっちり時間通りにやってきた。
それなりにおしゃれして来た私にくらべ、諒一君はラフな格好だ。
「あれーなんか雰囲気がちがうね」
そういって向かいの席にすわる。
「悪いね、わざわざ休みの日に来てもらっちゃって」
「別に暇だったからいいよ。 それよりさ、渡したいものって何?」
「そうそう、これこれ」
諒一君はポケットをゴソゴソやると、それを机の上に無造作にポンっと置いた。
「え…ナニコレ?」
私はそれが一瞬何だかわからなかった。そしてすぐに消しゴムであったことに気が付いた。
「消しゴム…?」
「あれー未来ちゃん覚えてないの?この消しゴム」
そういって諒一君は消しゴムのカバーを外す。そこには拓己という名前が書かれていた。
「たくみ……」
そして、ある記憶がよみがえる。5年生だった時、片思いしていた男の子のこと、そして友達の家にあったおまじないの本でその友達とともに、両想いになるおまじないを試してみようとなったこと。
これは確か、好きな男の子の名前を新しい消しゴムに書いて誰にも見られずに使い切ったら両想いとかいうものだったように思う。
その消しゴムを何故、諒一君が持っているのだろう?
「な、なんでこれ、諒一君が持ってるの!?」
「やっぱり忘れてた? 未来ちゃんと隣の席になって、テストのあった日、俺消しゴム忘れちゃってさ、そしたら未来ちゃんが消しゴム二つあるから貸してあげるっていって、この消しゴムかしてくれたじゃん、よくみたらなんかこんな名前かいてあってさ、なんとなーく返しずらくなっちゃって、そのままになってた。そのあと、すぐ席替えあって未来ちゃんも忘れちゃってたみたいだし、そのまま持ってた」
そんなことあったけ?まったく思い出せない。おまじない自体もこの消しゴム見るまで忘れていたもんな。随分軽い気持ちでおまじないやっていたんだな。
「なんで、こんなもの今更返しに来たの?別に捨てちゃっても良かったのに」
「なんかこういうのってなかなか捨てづらかったから。でもさーこの消しゴム持ってから俺、恋愛関係でちっともいいことないんだよね。ちょっといいなーと思った子とも付き合うまでいかなかったり、二股かけられたりしてさ、なんかおまじないなんでしょこれ。そのおまじないが上手くいかなかった呪いをかけられているような気がするんだ」
おまじないした本人が忘れてしまっている、子供が読むような本に書いてあったものにそこまでの力があるわけないと突っ込みを入れたくなった。
でも、目の前の諒一君はすがすがしそうな顔をしている。
「だから、これ返すよ。未来ちゃんに返したら俺の呪いもとけるよね。俺、今すっげー気になる子がいて、今度こそはうまくいきたいんで。じゃ、かえしたからね!」
諒一君はコーヒーを一気に飲みお金を置くとじゃあねとさっさと帰っていった。
残された私は、消しゴムを手にボーゼンとしているしかなかった。
久々の再開にちょっと期待したのだけどな。彼には気になる人がいたのか。
それにしても、諒一君は上京したときもわざわざこの消しゴムも持ってきていたのか。ほっておけないほど、この消しゴムの呪いは強力なのか?
ころころと消しゴムを手のひらでころがしながらかんがえた。
こうして返ってきたいま、その呪いとやらが私に降りかかってくるなんてことはないよね?
この消しゴムどう処分しよう。困ったものだ。
あの日の忘れ物 保科早里 @kuronekosakiri
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