第3話【5】
正式に剣聖となった私は涙が治まった後、久しぶりに師匠に稽古をつけてもらえることになった。
しかも今日は過去の稽古の大半を占めている動作の見直しではなく、師匠との本格的な一対一の試合だ。
最後に彼と本気でやり合ったのは私が11歳の時だったから、実に4年ぶりの模擬試合ということになる。
あの時は風神流剣術免許皆伝を
全ての攻撃をしなやかな動作で受け流され隙を無限に作らされるあの感覚は、今でも忘れることはない。
体格差があったとは言え、あそこまで完璧にいなされると悔しいなんて気持ちを抱くことすら
だけど、今の私なら──1分は戦える。
魔物相手が主な私の活動範囲だったけど、それでも強者相手に剣を握って幾度も勝利を手にしてきた。
特に最近は師匠の剣術とどこか似通った戦い方をする人とも戦ってきたからね。
……本当に、君は何者なの?
「どうだ、観客が居ないと寂しいだろ」
「そうだね。
「……へえ、嘘が上手くなったな。今の君は素直な戦い方じゃねえ、って思った方がよさそうだ」
「嘘じゃないんだけどなー」
いや、ホントに。
ふっつーにド緊張してるよ、私。
「ルールはいつも通り単純明快。どちらかが死ぬまで戦い、立ってた方が勝ちだ」
「相変わらず高価なやり方だね。そんなにいっぱい《仮初の束》を使っていいの?」
「
「サイッテー」
「うっせえ。ほら、手出せ」
苦笑いと共に金色の紐を差し出される。
光属性ダンジョンでごく稀に発見されるダンジョン産魔道具の《仮初の束》
致命傷となる傷を受ける際この紐が切れることで死を肩代わりしてくれるという、まさしく命綱のような魔道具だ。
本来ダンジョン産の魔道具は魔法省に提出して所有権を審議されるけど、彼はその義務を免除されているのだ。
なんでも『それがあることでより実践的な訓練を施せる』とかなんとか屁理屈を
ホント、剣以外で尊敬できるところがほとんど無い人である。
王族や上位貴族が喉から手が出るほど欲しいであろう魔道具をこうもポンポン出されちゃこっちも気が気じゃない。
「んじゃ、始めるか」
「うん──いくよ」
「嗚呼、来い」
鞘から布を剥ぎ取り、剣を抜く。
私の相棒──魔剣《
師匠の剣を造ったのと同じ鍛冶師に打ってもらった至高のひと振り。
魔力伝導率よりも切れ味と重さを重視して造られたこれは、私の振りの速さと合わせて凄まじい威力を生み出す。
だからこそ、これを真正面から受け止められる人は往々にして人外だ。
師匠やお父さん、そして──シグマくん。
ああ、しばらく会えないのは、寂しいな。
「余計なこと、考えてんな!」
「っお……!」
不可思議な足運びと共に音もなく眼前へ距離を詰めてきた師匠は、私の意識を切り替えるための一撃を振るう。
薙ぎ払いを剣を縦にして受け止め、鍔に引っ掛けながら上へ弾いた。
振り上げた勢いを利用して体を浮かせて、そのまま力強く斬り下ろす。
加減速を意識──インパクトを打ち消されないように加速を魔力と風魔法で丁寧に変え続ける。
師匠、いや、剣や槍といった武器を扱うのが上手い相手は、いつ防御すれば最も威力を殺せるかを熟知している。
だからこそ力任せに剣を振るってはこちらの体力が削れるばかり。
頭を使うのが、勝つ秘訣だ。
ガギィン!と凄まじい音が鳴り響いた。
最速の部分をしっかりと受けさせたのが感覚的にわかる。
反撃よりも私が動く方が早い。
《
鍔迫り合いはご法度だ。力で勝てる道理はないのだから。
こうして緊急脱出の手段のヒントをくれたエグゼ先輩には感謝してもし切れない。
剣を下手に地面を蹴る。
風神流剣術、一式──《疾風迅雷》!
踏み込み、逆袈裟斬り、振り切った先を振り下ろしに繋げ──一気に減速。
いつも通り受け流そうと剣を横に構えているのを確認し、思い切り回し蹴りを脇腹目掛けて打ち込む。
ドン、と砂袋でも蹴飛ばしたかのような感触が伝わってきた。
体の造りが根本的に常人と違う。
打撃でダメージは与えられなさそうだ。
「っとと……。随分変わったな、プリシラ。世間の《風凰剣》の印象とは全然違う戦い方だが……悪くない」
「私はもう良い子じゃないよ。搦め手も魔法も惜しみなく使うつもり」
「フフ、いいねえ。楽しくなってきた」
今度は私から仕掛ける。
足から力を抜いて前に倒れ込み、鼻が地面と接する直前に一気に加速。
地に足着く間もなく空気を蹴り飛ばして距離を詰め切り、すれ違いざまに足首を狙った薙ぎ払い。
軽くジャンプで躱された瞬間に左手を地面に着けて速度を反転し、斜め上方へと自分の体を弾き飛ばす。
首を狙った蹴りは空いた片手ですげなく受け流され、空中で無防備な私目掛けて必殺の突きが放たれる。
《縮地》で更に上へ昇る。
刃が届くまでの時間を延長し、
横への動きを最小限にしたことによってすぐに攻撃へ転じることができるのだ。
空中に留まったまま不可視の刃を飛ばす。
「風神流、三式──《鎌鼬》」
斬撃の抜けられる隙間を塞ぐ。
威力よりも手数を重視した技は彼に通じるものではないけれど、風魔法の斬撃となれば話は別だ。
たとえ指先だけで魔力を振るっても、鉄を断ち斬る威力で剣を振るっても生まれる斬撃の威力は変わらない。
故に隙間が無い斬撃を受けるか躱すかするには、ある程度の動作を強制できる。
……筈だったんだけど。
「甘いな」
「ッ……!? うっそ……あぐっ!」
私の飛ばした斬撃をまるで見えているかのように躱し切り、
そのまま脱臼する勢いで振り回され、床へと叩きつけられる。
肺から空気が抜けて意識が飛びかけた──だけど、私の思考はまだ回る。
すぐに体を起こして距離を取り、痛みの感覚を遮断した。
「まさか空中にあんなに留まれるとはな。プリシラは《
「ふん……弟子の成長を
「オイオイ、
「それは──どうかな!」
今度は練る魔力を最低限にし、駆ける。
先程との緩急で認識がズレることを期待していたけど、流石に彼の双眸は私の動きをしっかりと捉えていた。
所詮ダメで元々、賭けたチップなど無い。
左脇腹へ刃を向ける。
足の加速と腕の加速に強大な差を生むことで意識すべき動きを増やす。
案の定師匠の視線は私の右手の剣に集中していて、左半身のことなど気に留めてもいないであろうこの状況。
私が作り出した、次の戦局だ。
魔力の練りは最低限──魔法が上手い人は当たり前のようにやっている発動前の魔力制御に全神経を向ける。
狙いは彼の右手──剣を手放させる。
これすら予測されて魔力を練られていたとしても、風魔法が生むベクトル量は抵抗するのに苦労を強いる。
私が有利な状態なのは変わりない。
「《
「フン……ッ!」
「いだっ──!?」
ウソ、師匠の方が速い!?
魔風が私の左手から生み出されるよりも先に師匠が私の剣を迎えに行き、一瞬にして手首を返された。
人間の肩は外側に曲げることができない。
元々右から左手への斬り払いだから、軽く剣を巻き取るだけで私の姿勢を崩すことができる──咄嗟の判断が上手すぎるよ!
思わず剣を手放しそうになり、魔法の制御から意識が逸れる。
《疾風》は不発に終わり、その巨大な隙を
私の首が、バツンと飛ぶ──一瞬意識が途切れた後、私は地面に大の字になって寝転がっていた。
……勝てるとは思ってなかったけど、悔しいものは悔しい。
全部が見透かされてる感覚があった。
つまり、私はそこまで成長していない。
……あーあ、あんだけ色々やっても師匠には追いつけないかあ。
「驚いたぜ、プリシラ。随分と攻め方が多彩になったじゃねえか」
「………」
「拗ねんなって。本当に感心したんだ」
「……あっそ」
「我武者羅に剣を振ってただけの頃とは見違えたよ。今の君はやはり、剣聖の位が相応しい──いや、剣聖の中でも上位かもな」
……ふーん?
そっかー、そっかぁ。
師匠がそう言うなら、まあ?
私もそれなりに強くなってるのかもね?
「手合わせ、ありがとうございました」
「おう。
「約束だよ?」
ふふっ……楽しかった。
でも、なんだろう──違和感。
師匠は最強だ。それは名実共に。
なのにまるで……もっと強大なナニカと戦った記憶のようなものが、脳裏にこびり付いているように思えた。
しかしそんな感覚も一瞬にして過ぎ去り、戦いの後の余韻に掻き消された。
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