第5章 剣術大会編

第1話【5】

 グレイシア・エルゲンノートを退けてから約ひと月が経過し、俺たち一学年は二度目となる全校序列戦を迎えていた。

 新入生が入り乱れていた時とは違い、特に面白みは無い序列戦である。

 たった数ヶ月で大きく実力が変わるわけもなく、大きな順位変動も生じない無難な試合ばかりだ。


 この序列戦が終わると俺たちは夏期の長期休暇に入る。

 貴族が多いということもあり、この時期に大きな茶会やパーティーなどのイベントをこなすのが定番なんだとか。

 俺もアリスに付き合っていくつか茶会に出席することになっており、今からメイドさんにマナーを教わっているところだ。


 テーブルマナーは元からそこそこできた俺だが、ダンスやらの知識は皆無なので中々苦労が絶えない。

 会話は主にアリスが回す予定なのでこれでも負担は減っている方らしい。

 本来なら貴族の治める土地の名産やら派閥の流れなど、覚えることが多すぎて今からやっていたら時間が足りん。

 少しずつ大貴族の情報は学んでいるところなので、将来的には自分ひとりでも貴族らしく振る舞えるやも知れんがな。


「っと……さて、そろそろ俺の番か」


 今回俺が挑むのは序列第32位。

 現在の俺の序列は152位なので、そう考えるとかなりの下克上ということになる。

 と言っても……正直十位台に入れるくらいの実力はあると思うし、今回の序列戦も様子見の面が強いんだがな。

 今から本気を出して上級生に目を付けられるなんて御免だ。


 ……いや、よく考えたら既にゼータ先輩やリオンに目を付けられてるんだし、今さら抑えてももう遅いか?

 なんて、流石にひと桁台となると俺も相手の情報収集が必要な程度には強者が揃っているから、と日和っただけなんだが。

 生徒会の連中はもちろん、3学年のトップ層はそりゃあ凄いらしい。

 俺は見たことないから知らんけど。


「よろしくお願いします」


 この程度の相手ならば武器は必要ない。

 審判の合図と共に左手に青炎を宿し、一直線に相手目がけて放つ。

 ある程度の魔力量を込めているので受けるのは悪手だと思ったのか、大きなサイドステップで躱された。


 その着地点に先に置いておいた設置魔法が発動し、若干のタイムラグを伴い爆発。

 魔力障壁を下に向けて展開しているのを肌で感じ取った瞬間、距離を詰めるために足元で魔力を練り、疾走。

 あくまで人間の反応速度で間に合うスピードで距離を詰め切り、軽く魔力を込めた拳を打ち付けた。


 殺すための技ではなく、伝統ある闘拳術の記憶を思い出す。

 貴族の美形な顔を潰すわけにはいかないので胸元に右拳を二発打ち、防御を掻い潜るように脇腹へメインの左拳を一発。

 硬直した隙をいて腹、胸と順番に殴り飛ばせば、呆気なく吹っ飛んでいく。


 そこそこ痛む筈なのに彼は器用に着地してこちらに視線を向けてくる。

 ……が、そもそも吹っ飛んだ時間だけで俺が王手を掛けるには十分なのだ。

炎獄槍ヘルスピア》を担ぎ、狙いを定めて投げる。

 青い尾を引く魔力の塊は一直線に彼の学生証に向かい、瞬きする間もなくその結界を穿った。


「ありがとうございました」


 まあ、こんなものだ。

 エルゲンノートと戦った感覚も未だ手に残ってる俺が負ける筈もない。

 今ならば──ゼータ先輩にもいい勝負ができるかも知れない、という根拠の無い自信がある程度には調子が良いのだ。


 天才蔓延はびこる王立学園、この程度は朝飯前でなければアリスに置いていかれる。

 あの日のことは、胸に留めておこう。


 ステージから去った俺はそのまま神魔殿からも出ていく。

 大きく伸びをして夏季休暇に入る喜びを噛み締めていると、トントンと優しく左肩を叩かれた。

 振り返ってみれば、頬に指が突き刺さる。


「やほ、シグマくん」

「おつかれ、ソシエール」


 俺の数少ない友人──プリシラ・ソシエールがにっこり笑って立っていた。

 どこか元気が無いようにも見えるが、何かあったのだろうか。


「私は序列戦しないから疲れてないよ。君もかなり手を抜いてたし、お互い疲れてないんじゃないかな」

「まだ卒業までかなりあるだろ。今から最上位なんか目指しちゃ、学年が上がった時絶対面倒臭くなるぜ?」

「まあね。でもさ、君も消化不良気味なのは見てわかるよ?」


 ……コレは、アレか。

 一騎打ちデートのお誘いというヤツか。


 何度か彼女とは刃を交わしているが、いつまで経っても飽きが来ない。

 多彩な攻めに堅い守り、最低限の魔法しか使わないが故の技術の高さが見え隠れする風神流剣術。

 彼女という人間が、どこまでも気になる。

 光栄なことに俺をライバルだと思ってくれているらしく、こうして手合わせをすることは少なくない。


 ……が、今日は少し都合が悪いな。


「《送りし者アンダーテイカー》持ってないんだよ、今」

「ありゃ、そこまで手を抜いてたのか。君のことを嘗めすぎてたみたい」

「あと数時間は予定無いから、後で良いなら合流できるんだが……」

「いいよいいよ、そこまでしなくて。私も今日は師匠に呼ばれてるからそこまで時間取れないしね」

「……師匠?」

「聞いたことあるかな? 王国騎士団長なんだけど──《剣神》の方が聞き馴染みがあるかもしれないね」


 ……聞き覚えあるに決まっている。

 王国最強の剣士、それどころかブレイズ王国ですら剣術で太刀打ちできる者が居るかわからない、イカれた野郎だ。


 コレはかつて、姉上に聞いた話だ。 

 メビウス王国は竜族の住処に程近く、時折はぐれ竜が天来すると言う。

 しかし、当時ここへやって来たのは他のソレとは一線を画す位の存在──竜人ナヌ=エルフーガ。

 属性元素を司る竜の中でも人のかたちをとる存在にとって……国を滅ぼすなど、ひどく容易いこと。

 ソレを剣ひと振りと四肢だけで殺した逸話はブレイズ王国にまで轟いていた。


 御歳67歳と言うが、その実力は健在。

 王国騎士団の精鋭部隊を纏め上げながら着実に組織全体を上へ導く姿を見て、ある人は彼を『神』と呼んだ。

 故に付けられた二つ名が──《剣神》

《風水の旅人》と同程度……下手すれば《終末からの来訪者》と並ぶやも知れん。

 それだけ竜殺しとは難しいことなのだ。


 ソレが師匠──道理で強いわけだ。


「《剣神》は風神流じゃない筈だが、やっぱ剣術は基礎が大事ってことか」

「師匠は自分が戦う時に使ってる剣術だけは絶対に教えない、って公言してるんだ。それでも弟子を希望する人が絶たないのは、そういうことなんじゃない?」


 そりゃあいい。

 独自の剣術を持つ剣士と言うのは強い。

 竜人の魔法すらも剣で対処できるその人なら《風水の旅人》を相手取ることも可能やも知れない。

 それだけの戦力がメビウス王国に居るという事実は、国民や兵の精神的安寧に繋がる要素となるだろう。


《剣神》──俺が相見あいまみえることは、果たしてあるのだろうか。

 もしあったのなら……一度くらいは、戦ってみたいものである。

 なんて、どうせ負けるんだろうがな。

 自分の闇魔法への依存度は他ならぬ俺自身が最も理解していることだ。

 いつか教えをたまわれるのを願っておこう。


「俺も弟子入りしようかね、なんて」

「いやぁ、君が彼に剣を習ったらいよいよ追い付けなさそうだからねえ。君はそのままでいてくれると嬉しいなー」

「冗談だよ。薙刀術ならまだしも、剣術指南を乞える程俺の剣は上手くない」

「ふふ、なら好都合だ。さてと、これ以上拘束するのもアレだしお喋りはここまでにしよっかな。またね、シグマくん」

「ああ、また」


 ひらひらと手を振りながらソシエールは腰に携えた鞘を揺らして去っていった。

 小さく手を振り返した後、俺も王城へ向けて歩みを進めていく。

 今日も帰ったらマナー講座が待っている。


 憂鬱ではあるが、頑張ろう。

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