第21話【4】

「ふふ。ファーストキスの味が血の味とは、なんともわたしらしいですね」

「……俺、普通に死罪モノじゃない?」

「迫ったのはわたしからですし、何も問題は無いでしょう」


 グレイシア・エルゲンノートとの死闘を終えた俺たちは地面に寝転がりながら普段と変わらない温度感の会話を交わしていた。

 夜空を見上げてアリスが吐露した『ファーストキス』という単語が俺の心を乱雑に撫で付ける。

 大切な初めてを俺に捧げてくれた。その事実が嬉しいと共に、とても苦しい。


 俺の呪いを治めるためというのはわかる。

 だが──見捨てて欲しかったのが、俺の偽りなき本音だった。

 俺に死んで欲しくないと散々言ってきた彼女ではあるが、本当に大切なモノを見紛うような人ではない。

 俺の命と自分という存在の価値を比べ、まさか俺の方に天秤が傾くとは──想像以上にシグマは気に入られているらしい。


 なんで、などと訊くのは……無粋、か。


「──ありがとう、アリス」

「ええ、どういたしまして。……もう呪いは治まったようですね。わたしの魔力が有効なことがわかったのですし、これからは定期的に魔力を譲渡しましょうか」

「やめろ。そう簡単にお前の唇は触れちゃダメだろ、どう考えても」

「バレなければいいのですよ。それにわたしが女王になる際、隣にいる男が純潔の有無で騒ぐような矮小な輩の筈ないですし」

「なにこの子、したたかすぎない?」


 何言っても言い返されそうなんだが。

 もう彼女にリスク云々で反論するのは無駄なんだろう。

 きっと、覚悟を決めているから。


 俺は、思っていたよりも弱い。

《風水の旅人》ひとりを相手するだけで、彼女──殺神さつじんの不満を煽るなんて、力の使い方が下手すぎる。

 今の魔法の出力と手数で押す戦い方を続けていれば、いつか俺を救おうとするアリスを食らい尽くしてしまいそうだ。


 技術をより洗練せねば。

 俺はもっと根本的に、人間が世界を統べると信じてやまない国の王族として、ヒトの領域である技術を磨かねばならない。

 戦争ではこれまで通りの戦い方でいいかも知れんが、今後もきっと五大影傑と相対することを考えれば、このままではいけない。


 ……丁度、夏季休暇に良いイベントもあることだしな。

 今一度、自分を見つめ直そう。


「おや、これは……手紙でしょうか」

「ん? どうした?」

「そこに落ちていたんです。グレイシア・エルゲンノートのものでしょうか」


 アリスが俺の反対に視線を移し、何かを手繰り寄せた。

 それはメビウス王国で使われる手紙よりも幾許か小さなサイズの紙──蝋封には、見覚えのある紋章が刻まれている。

 己の翼を毟り取る天翼人を模した印。

 ソレは、神との決別を意味している。


 ──ブレイズ王国の、王族の証。


「……読んでも、いいか」

「ええ、どうぞ。できれば内容の共有をお願い致します」

「……ああ」


 俺は受け取ったソレを開き、読み始めた。


*  *  *


 親愛なる我が弟へ



 元気かな、シグマ。

 まさか地下牢の封印の魔法陣を魔力量だけで打ち破るとは思わなかったよ。相変わらず馬鹿な力してるみたいだね。

 でもそのお陰で父を国の最高戦力の管理不行き届きで殺せたから、あんたには感謝しなくちゃいけないかな──なんて、流石にこれは不謹慎か。読み流していいよ。


 さて、前置きはこのくらいにしようか。

 この手紙をあんたが読んでるってことは、グレイシアは負けたんだろうね。

 わかってたことだけど、あんたにはセレスかあたしじゃなきゃ敵わなさそうだ。


 案外あたしが王になっても国民は付いてきてくれるみたいでね、順調に周辺諸国は支配下に置けてるよ。

 戦力もどんどん増えてるし、父の恐怖政治からちょっと趣向を変えたお陰で革命の頻度もぐんと減った。

 メビウス王国に攻めるのも想定より早くなりそうだから、グレイシアを戻して戦力増強に充てることにしたんだ。

 鬱憤はあんたで十分に晴らせただろうし、これから先ブレイズ王国はもっともっと強くなっていくだろうね。


 そっちのこともグレイシアからの手紙で結構知ってるよ。

 随分魔法が発展してるみたいだけど、甘ったれた平和の維持に夢中で、一部を除いて戦力は肉壁以下らしいね。

 クルヌギアやヴェネトゥーアを抑えればあたしたちの勝利は確実──あんたはそれをわかってて、学園に通ってるのかな?

 まあ、あたしからしたら好都合だけど。


 あんたが何を思って王国を捨てて、何を考えてそこに居るのかは知らないし、知りたいとも思わない。

 だけど、世界を支配して『魔法をこの世から消す』って目的に賛成してくれてたあんたが居ないのは、ちょっと寂しいな。

 もしもまだあんたにブレイズ王国への未練があるのなら、あたしは受け入れる。


 気持ちが落ち着いたら帰ってきなさい。

 一発殴った後、昔みたいに撫でてあげる。


 でも、あんたがあたしたちよりも大切な何かを見つけたって言うんなら──あたしはこの国の全てを以て、あんたを殺す。


 ヒトの王と神の傀儡の戦争ケンカだよ。


 数百年振りの大戦争、神魔大戦並みの歴史を共に創るのを楽しみにしてる。

《魔導師》──アリスはあたしが殺す。


 クロノワールによろしく伝えてね。



 ブレイズ王国国王、ルーファ・ブレイズ・エシュヴィデータより


*  *  *


「………」


 俺に文字を教えてくれた時と何も変わらない綺麗な筆捌きが見える。

 口調も極めて話し言葉っぽく纏めていて、俺に戻ってきて欲しいという気持ちが乗っているのがよくわかる。

 心の赴くまま書いたソレは、あの頃と同じ俺の尊敬すべき姉の言葉だ。


 懐かしくて、涙が溢れてくる。

 俺に唯一愛情を持って接してくれた、唯一の家族と言ってもいい存在。

 彼女は嘘をつくヤツじゃない。思ったままに物事を言い、何よりも人のことを想ってる優しい人間だ。


 ──だけど、俺は決めたのだ。


「……シグマさん」

「俺はアリスひと筋だ。絶対に、あなたを裏切ったりなんかしない」

「……ふふっ。なにそれ、プロポーズ?」

「ハッ、そんなの随分前に済んだことだろ。俺は一生を捧げて忠誠を誓った。ソレが継続してるだけだ」


 体を起こし、アリスの前に跪く。

 そっとその小さな手を取れば、彼女は優しく微笑んでふわりと浮かび上がった。

 その髪は血に塗れ、綺麗な金髪は月光すらも反射しない。


 しかしやはり、俺にとってその姿は、何よりも美しく見えた。


「では、これからもよろしくお願いします」

「エシュヴィデータ──この名に誓って」


 神の傀儡だろうと、神の器だろうと。

 彼女を幸せにできれば、それでいい。


 月明かりを失った夜、再び胸に刻んだ。


*  *  *


 第4章 《風水の旅人》編 了



 第100話にて、第4章の結びとさせていただきます。


 ここまでお付き合いいただいた皆様方、誠にありがとうございました。更新が不定期で不甲斐ない気持ちでいっぱいです。

 メビウス王国という場所が舞台な以上、シグマとアリスがメインになりましたが、次章はタイトル通りあのキャラにスポットライトが当たるかもしれません。お楽しみに。


 良ければブックマークやハート、コメント、レビューのほどよろしくお願いいたします。

 今後もご愛読いただければ幸いです。



 次章

 第五章 剣術大会編

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